ごわめ

※前書き

教習所行ってました。失踪じゃないんですよ。無事に卒業したので投稿再開します。




 ※ ※ ※



 あれから4時間ほどが経過した。ハクとセイは未だに森の中。これも全て、ハクの所望により低速で移動している事が原因だ。幾ら狼とはいえのんびりゆったりと歩いていれば距離も出ない。


 ハクは一向に変わらない景色に飽きていた。閉鎖空間から出られたという喜びはとうに失せ、一分一秒でも早い変化を求めていた。


 初めの頃は辺りに生える植物に目を輝かせていたが、それも直ぐに見慣れ見飽き。素材の回収も済ませたので興味を失せてしまっていた。


 次に他の魔物との戦闘に期待する。今度こそは素材にしてやろう、と意気込んでいた。しかし、出会う魔物達は何かに怯えているのか逃げ去るものばかり。遂には死んだふりをする者まで現れ、ハクは素材狩りを諦めた。


 そして現在。長時間の移動に耐えかねたハクが音を上げ、丁度よく小川を見つけたので休憩をとることにした。


 ハクは空中に腰かける。浮遊の要領で空中に力場を作り出し、そこに乗っかっているのだ。


 セイは小川に飛び込んだ。そしてバチャバチャと水遊びに興じ始める。どうやらセイは水が好きなようだ。


 おいおいその背に私が乗るんだぞ、と言う言葉を飲み込み、ハクは天を仰ぐ。声を出す気力すら湧かなかったようだ。


 生い茂る木々。その葉から盛れる陽の光が心地好い。フードを外して風を直に浴びた。おかげで乗り物酔いが幾分かマシになっていく。


 遠くの方から聞こえる鳥の囀り。付近で聞こえる水遊びの音。ハクは目を瞑って森という自然を体全身で味わい、堪能した。見飽きていたがこの空間は嫌いじゃない。


 それから暫く長閑な時間を過ごす。すっかりと酔いも覚め、フードを深く被り直していた。


 セイも水浴びを終えたのかハクの横に座している。そしてじっと主人ハクを見つめ、次なる指示を待っていた。まさに忠犬、いや忠狼。そんな顔付きだ。


「......濡れてんじゃん......」

「くぅぅん......」


 セイへと目を向けたハクが呆れの混じった声で呟く。


 事実セイはびしょ濡れだった。川から上がり、多少水気を飛ばしていたものの、水を吸った毛はしっとりと纏まっており、少しずつ地面に滴らせている。明らかにびしょ濡れ。その様で良く指示を待っていたな、とハクは呆れたのだ。


「......ねぇ、セイ.....」

『くぅぅん?』

「......あとどれくらい?」

『わふっ!わふわふっ!』

「......うん、そっか......」


 ハクの質問に対してセイは元気よく答えた。


 遠くを見つめながら頷くハク。因みに理解していない。狼の吠え声で何が分かるか、という話だ。答えてくれるとも思っておらず、何も期待せず口にしただけである。孤独を払おうとしたのだろう。反応してくれただけで満足そうだった。


「......おいで」

『くぅぅん?』


 ハクに呼ばれたセイが傍に寄る。首を傾げてハクを見上げ、何をするのかと待ち構えた。


 足元に近付いてきたセイの頭にハクは触れる。そして口を開いた。


「......風よ」


 その呟きと共に魔力で作られた風が起こった。その風はセイの体に纏わり、その水気を払っていく。頭部から首へ、首から胴体へ、四肢へ、尻尾へ。セイの全身を風が駆け抜けた。


 数秒間風を吹き続ければ、セイの毛皮に付着していた水分は除かれる。これで乗っかれるな、とハクは満足気にセイの頭を撫でた。


「......え......?お前、こんなにふさふさしてたの......?」

『わふっ?』


 驚愕に満ちた声を漏らす。少し前までのセイはゴワゴワでボサボサで、ふわふわふさふさとは対極にあるような触り心地であった。それが今覆されたのである。


 ハクは首を傾げたセイに抱き着いた。そして顔をその毛皮に埋め込む。スリスリと顔を擦り付けて、毛皮のふわふわを味わった。


「......もふもふで、きもちぃ......」


 呆けたような声を漏らす。フードの隙間から覗かせた顔は、至福に包まれた表情だった。クッションよりも柔らかく、触り心地が良く、生物特有の温かさがある。


 セイはされるがままにされていた。主人の突飛な行動も受け止める。まさに忠犬、いや忠狼の鑑。


「......んぅ......」


 ハクには疲労が溜まっていた。長らく軟禁された事も、火事も、それから脱する為に使った魔法も、慣れない狼による移動も。全てが疲労を作っていた。


 疲労を抱えていた肉体は安らぎを求めていた。セイという至高の抱き枕があれば、身体の反応は容易く予想できる。


 ハクはすやすやと小さく寝息を立て始めた。抵抗も無く、無防備にハクは寝始めたのだ。


 セイは眠りに落ちたハクの頬を舐め、守護するべく包むように丸くなった。


 青き獣に護られた少女を襲う愚者は居なかった。

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