にっっじゅっよっんわめ



 日が昇るより少し早い時間。まだ活動が始まっていない街道。酒臭い酔い倒れて転がる男達を後目に、その足で街を出る。


 街を出て、草原に出ると足を速めた。駆け足で進みながら見掛けた魔物を仕留め、その死骸をハク特製の魔法袋に放り込み、また足を動かして次の獲物を探す。


 それを数回繰り返し、満足したところで更に足を速めた。風のように草原を疾駆する。途中に見掛けた魔物達はレオガイアの存在に気付かない。お互いに干渉する事無く通り抜け、過ぎ去った。


 身体能力にものを言わせ比較的短い時間で隣街に辿り着いた。ここ1週間近く通っているため、門番とも顔見知りとなっていた。簡単な挨拶をして門を潜る。


 街に入り、商店街を進んでいく。まだ朝だがいい時間となっており、街は活発になっていた。行き交う人を躱しながら露店を物色する。


 見かけた屋台で軽い朝食を購入した。肉が挟んであるサンドイッチだ。それを胃に収め、さらに商店街を進んでいく。


 気分良く歩き、連日訪れているケーキ屋に辿り着いた。直ぐに店員であるリーンと目が合った。


「おはようございます、レオさん!」

「おはよう、リーンさん」


 開店時間とほぼ同時に入店し、作り立てのケーキを一通り眺める。


 昨日はアップルパイ、一昨日はパウンドケーキを購入した。今日は何を買おうかと悩み、最終的にハクの好物であるショートケーキに決めた。


 ハクの喜ぶ顔を想像して口角を緩ませる。そんなレオガイアを見てリーンは顔を赤らめていたが、レオガイアは全く気付いていなかった。


「じゃあ、ショートケーキを2つ頼めるかな」

「はい、ありがとうございます!」


 レオガイアの注文にリーンは笑顔で答えた。


 それから日常会話を少し弾ませ、会計を済ませてケーキを受け取る。


 ハクへの土産を整えると、直ぐにその街を後にした。来た道を引き返すように草原を駆ける。ハク特性の魔法袋には時間経過を緩めるという特性があり、急ぐ必要はあまりない。しかし、レオガイアは速度を全く落とすこと無く草原を疾駆した。



 そして、住み慣れた街が視界に入った。


「あれはなんだ......」


 レオガイアの目に映ったのは、長閑な草原──ではなく大量の砂埃であった。


 そして、その砂埃を作った要因が目に映る。それは魔物の大群だった。魔物の大群が街へと向かう。その光景を見て、先ず自分の目を疑った。


 なにせ数刻前までは無かったものである。少なくとも、レオガイアが街を出た時間は大群の気配は無かった。それが、今はこれほどの魔物が街を襲っている。現実を否定してしまったのも無理はない。


「まさか森から溢れ出たのかな?」


 木に登り、高い位置から魔物の群れを見渡した。魔物の群れは街の森側に固まっている。有数の魔物群生地であるあの森から湧いてきた、と言われれば素直に頷けてしまう。


 こういった事もあるようだ。スタンピードと呼ばれる現象らしい。レオガイアは初めて目にするものだった。


 大群の数は凡そ5000。見渡した限りゴブリンやオークなどの人型に近い魔物だけで構成されている。


 どうやら街には侵入していないようだ。冒険者や騎士達が迎撃し、魔物達の侵攻を防いでいる。


 しかし、その均衡が崩れるのも時間の問題だ。街側に加勢があれば話は別だが、そうでなければ次から次へと迫ってくる魔物達を捌き切ることは出来ないだろう。


 レオガイアなら、あの大群の中をすり抜けるように移動することは出来る。誰にも気づかれることなく、触れること無く街へ入る事は出来る。


 それに、そもそも近付かないで離れるという選択肢もある。


 ただ、このままあの魔物達を放置することは得策だろうか。


 レオガイアは先ずハクの事を考えていた。何かしらの理由によって、屋敷の外へと出られないハク。もし魔物の群れが街へと入り、蹂躙しようものなら避難出来ないハクはどうなるだろうか。


 ハクならば、魔道具などを使って切り抜けられるかもしれない。平気な顔で居るかもしれない。


 そうだとしても、例えハクが無事だとしても。不快である事に変わりはない。


 レオガイアは小さく息を吸い、とる行動を決めた。


 両手それぞれに得物を持ち、静かに木から地面に降り立った。そして静かに、されども素早く魔物の群れへと近付いた。


 一番後ろ、つまり街から離れた、レオガイアの近くに居るゴブリンを視界に捉えた。そのゴブリンは何もすることがないのか、周囲を警戒することも無く欠伸を漏らしていた。


 その背後に接近して項を切り付ける。他の魔物に気づかれることなくその場を離れ、次の標的を狙って接近。同じように一撃でその命を刈り取り、次なる獲物に近づいていく。


 ゴブリンやオークは声を発することなく倒れた。倒れたゴブリン達を見た他のゴブリン達は、笑う事はするが警戒はしない。どうやら、殺されたとは考えていないようだ。


 レオガイアは無感情に動き続けた。目を動かし、足を動かし、腕を振るい、剣を振るい。淡々と魔物を狩り続ける。


 こういった大群が動く時、それを指揮する頭が居る場合と居ない場合がある。基本的には居るが、稀に頭もなく突発的に大移動することもあるのだ。


 頭が居る場合、その頭を潰す事で撃退出来る可能性がある。指揮を失い、統率が執れなくなり、退散するケースがあるのだ。


 そうならない時もある。頭を失い我武者羅に突撃する事もあるのだ。頭を討ったからと油断し、群れに滅ぼされた事例もある。


 頭が無い場合、魔物の数をひたすらに減らし、相手の優位を無くす事で撃退を狙える。最悪は殲滅するしかない。


 どちらにしろ数を減らす必要がある。たった1人で何が出来るか、そんな疑問が頭を過るも振り払い、ひたすらに体を動かし続けた。


 街を護ろうとする思いではない。ハクを、たった一人の少女を護りたいと思う気持ちだった。

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