じゅーにーわめ
それからの生活は色褪せたものだった。魔力を過度に使い、己の魔力量を増やす修行を行っていた日々よりも苦痛で、寂しく、無気力なものだった。
水瓶に入った水に薬草を数束入れて、魔力を流しながらひたすらに混ぜる。
己の魔力を使い切れば布団に潜り、気絶するように眠り魔力を回復させる。
目が覚めればまた水瓶の下へ向かい、水を掻き混ぜ魔力を注ぐ。
水が少なくなれば補充し、薬草が無くなれば採って入れる。
その作業を延々と繰り返す。
魔力を注ぐほどに溢れ出る負の感情は、少女を蝕み黒く染めようと暴れ回る。
日に日に暗くなる視界。思考も段々と薄くなっていき、やがて水に魔力を注いで混ぜる、それ以外を考えられなくなっていた。
そんな日々が何日続いただろうか。少女はその繰り返しの日々にのめり込み、自我を忘れてしまっていた。周囲全てが真っ黒に染まり、自分が何をやっているのかさえ分からなくなる。
生きているのか、死んでいるのか。それさえも酷く怪しいものだ。
遂には負の感情すらも覚えなくなり、ただただ棒を動かし続ける人形に成り果てた。目には生気が宿っておらず、感情の一つも見られない。
ひたすらに、ただひたすらに。目的も持たずに少女は混ぜる。
ひたすらに、ただひたすらに。生きる意味を無くしたように。
ひたすらに、ただひたすらに。それ以外の全てが無くなったように。
ひたすらに、ただひたすらに。延々と延々と少女は混ぜる。
ひたすらに、ただひたすらに。縛り付けられたかのように。
ひたすらに、ただひたすらに。生きる価値をそこに捧げた。
ひたすらに、ただひたすらに──
カコンッ
水を混ぜているとは思えない、乾いた音に少女ははっと目を覚ます。暗闇から一気に精神が引き上げられた。
「あれ......私......あぅ......」
不意に襲う目眩。倒れそうになる体を抑えて、ギリギリ椅子からの落下を免れた。
ぜぇはぁ、と荒くなる息を整える。
「......傷だらけ......?」
少女は自身の腕を見つめた。
爪で掻き毟ったような痕が両腕にびっしりと付けられていた。執拗に、何度も何度も付けられている。痛々しい傷に少女はうっと声を漏らす。
この傷を作ったその犯人、それは言わずもがな少女自身だ。その証拠に爪には己の血肉が付着していた。認めたくないが事実である。
しかし、身を傷付けた記憶が無い。あの、真っ暗だった日々の中で、少女が無意識に自傷行為を繰り返していたのだろう。何度も何度も何度も何度も。そうしなければ発狂しそうだったのだろうか。
「......そうか」
少女は錬金術の本を思い出した。あの、特に古く汚い本。外見だけではなく中身も相当なものだった。文字とも呼べない文字が乱列している本。
思い返せば確かに常人が書いたとは思えない字だった。あれは古い言語なんかじゃない。気が狂った人間──嘗ての錬金術師が書き残した書物だったのだ。要領を得ない錬金術の説明は、確かに意味が無いものだった。
今更に思う。なぜ、あの文字とも呼べない不可思議な模様から、鍋に棒、水に薬草と言った単語を見い出せたのか。
そんな事、一言も書いていなかったと言うのに。
「くそ......」
ズキズキと痛む頭を押さえて、更に思考を巡らせる。
鍋に入った水、そこに魔力を注ぎ込む。
なぜ、少女には魔力を注ぐという感覚があったのだろうか。あの感覚は魔法を使うものでは無い。そして、魔道具を使用する時のものでもない。それらとは全く違う、別の感覚であった。
両腕で身体を抱き締め、ブルりと震わせる。
あの感覚は、錬金術の本に流していた感覚だ。
あの本を読むと何時も眠くなる。中々に読み進めることも出来ず、流れる時間は退屈だった。しかし、起きるとあの本ばかりにしか興味が湧かない。それ以外の本も読みはするが、気が付くとあの本に手を伸ばしていた。初めてあの本に触れた瞬間から、あの本の事しか考えられなくなっていた。
魅了の類だろうか。それがどんなものであれ、あの本を触れた時に自身から魔力が流れ込み、そして何かを本から流し込まれた。
少女が再現していたのは、あの本に流し込む感覚だ。魔力を捧ぐ代わりに別の何かを得る。そう言った方法があるのだろう。
「けほっけほっ......水......」
喉の乾きに咳き込んだ。目の前に小さな水球を作り出し、口に運び喉へ流し込む。冷たく美味しい水に、漸く生きた心地を感じた。
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