じゅっきゅっわめ
床で蹲ったまま動けなくなったハクをベッドに運んだ。やはりハクの体は非常に軽く、心許ない程肉が着いていなかった。
そんなハクをふかふかなベッドに腰掛けさせる。
「......ありがと」
「いいや、僕のせいだからね」
レオガイアはハクの隣に腰掛けた。その時、ベッドがあまりにも柔らかく、深く沈み込んでしまった。初めての感触にレオガイアは狼狽した。
「うわっ!?」
「......ふふ」
「笑ったなー?」
その慌て様に思わずハクが笑いを零した。
漸く明るい雰囲気となったハクを見てレオガイアは安堵した。
「......そうだ......これ、あげる」
「これは......?」
ハクが思い出したかのように呟き、ポケットから何かを取り出した。そしてレオガイアに渡した物は1つのネックレスだった。装飾はされておらず、宝石すら着いていない質素なネックレス。
中古品としても価値がないような代物だが、ハクが渡してきた物となると話は変わってくる。このネックレスは魔道具だ。マジックバッグを作れるハクが仕掛けを施した魔道具。それはダイヤモンドのネックレスが可愛く見える価値を持っているだろう。
「......1度だけ......致命傷を防ぐ......」
「うわ、国宝級の魔道具じゃないか......これは貰えないよ」
ハクの口から告げられた効果はまさに国宝級の魔道具が有するもの。マジックバッグよりも希少で、その効果の程度にもバラつきが発生してしまうものだった。
例えば、かすり傷で反応してしまうものから、致命傷で反応しても間に合わないものまである。つまり、欠陥品が多い魔道具なのだ。最高難易度と言われるだけはある。
ハクは「致命傷を防ぐ」と断言した。なら、それが可能なのだろう。確実に致命傷だけを防ぐ事が出来るのなら、死の危険と隣り合わせである冒険者は勿論、命を狙われ易い王族や貴族も喉から手が出るだろう。
「......貰って......じゃなきゃ、壊す」
「わかった、分かったよ。そんな勿体ない事はさせないから」
こういう場面では頑固になるハク。脅迫気味にネックレスを押し付けた。
「......これは......致命傷を受けたら......自動的に回復してくれる、から......普通に痛いよ......?」
「それは大丈夫。痛みなら慣れているからね......って、待ってよ。ハク、もしかして試したの?」
「......うん......麻酔薬を、飲めば良かった......」
問題はそこじゃない、とレオガイアは頭を抱える。魔道具が効果を発揮しなかったらどうするつもりだ、とレオガイアは叫びたくなる。
「もしかしてだけどさ。ハク、寝てないでしょ?」
「......寝てないけど......なんで......?」
ハクは昨日貰った魔物の素材を錬金術に掛けていた。一睡もしないで、一心不乱に錬金釜を掻き回していた。それを見破られたらしい。
不眠薬を飲んだので眠くは無い。そんな素振りも見せなかった。何故バレたのだろう、とハクは首を傾げる。
「やっぱり。寝なきゃ育たないよ」
魔道具の性能チェックに自身の身を危険に晒す狂人だ。欲しがっていた魔物の素材を手に入れたら、どうなるのかなんて想像できた。
「......そう......?」
「僕も今日は早く帰るから、ハクはもう寝なよ」
レオガイアはハクの頭を優しく撫でた。前のような反応は無かったが、代わりに肩を落とされた。
「......帰るの......?」
頭を撫でられるハクが見上げた。まだ居てよ、と求めるか弱い声には、庇護欲を掻き立てる何かが含まれていた。
やっぱりまだ居る、という言葉を飲み込む。ハクがフードを外し、目を合わせて言われていたら確実に堕ちていただろう。レオガイアは気を強くして口を開いた。
「あぁ......とにかく今はゆっくり休んだ方がいいよ」
「......分かった......また、明日......来てね」
「うん。また明日来るよ」
もう一度ハクの頭をゆっくりと撫で、それから立ち上がった。小さく手を振ってくれたハクに手を振り返し、ハクの部屋を後にした。
その足で屋敷から出たレオガイアはため息を吐いた。
自分がハクとは釣り合わないと理解していた。何かしらの理由で軟禁されているとはいえ、ハクは貴族の令嬢なのだ。それだけでも平民であるレオガイアは釣り合わない。
そこに加えてあの薬や魔道具を作る才能。
そして何より、あの美しき外見。栄養失調や不摂生な生活故に痩せ気味なのだ。それなのに、あれほど人の目を、心を奪う美貌を宿している。別世界の人間なのだと酷く理解させられた。
凡人である自分とは、決して釣り合うことの無い少女。
しかし、その少女は自分以外の誰からも認知されていない。あの寂れた屋敷でずっと1人で暮らしている。恐らく、軟禁したであろうハクの家族もまだ生存しているとは思っていない。
レオガイアだけがハクを知っている。
レオガイアだけがハクと話している。
レオガイアだけがハクを見ている。
そこには少なくない独占欲が存在した。
「駄目だな......僕は」
ハクを自分のものにしたいと考えた。そんな自分が嫌になった。
ふぅ、と息を吐き、気を引き締めて屋敷から離れた。
「みぃつけたぁ」
物陰に潜み、レオガイアを見つめていた人物──ローゼンティの存在に気付かなかった。
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