にっっじゅっわめ



 翌朝。ハクはゆっくりと瞼を開き、覚醒した。


「......んーっ」


 小さな腕を目一杯に伸ばし、眠気と怠さを解消させる。魔法を使ってカーテンを開けると、昇った太陽の光が差し込み、ハクの顔を明るく照らした。眩しさに目を細め、外していたフードを被り直す事で遮光した。


 昨日はレオガイアが帰宅した後、言われた通り眠る事にしたのだ。まだ少し錬金釜を練り回したいという気持ちもあったが、大人しくベッドに横たわった。


 それから熟睡し、今に至る。


 やはり眠る事は心地よい。ハクは欠伸を漏らしながら、人間の三大欲求が1つなだけはあるな、と思った。


「......よし」


 僅か数秒の朝食を終え、昨日返されたばかりのマジックバッグに目を向けた。そこには新鮮な魔物の素材が詰められている。


「......むふふふ......」


 中を覗くとレオガイアが血抜きや解体を済ませてくれたのか、非常に使い易い形で収納されていた。それを見て思わず声が漏れる。


 錬金釜の傍に設置してある椅子に登った。その上に立ち、右手を釜に翳すと中身が宙に浮かびあがった。それは青色の液体で作られた塊。完成までは程遠いものだ。


「......変質」


 ぎゅっと右手を握り締める。すると、浮かび上がった液体が徐々に収縮し、遂には拳程まで小さくなった。完全なる液体だったものは個体となり、まるで宝石のような透明感を持っている。


 その物質を右手で掴んだ。


「......うん......悪くない」


 急造の割によく出来た、と自分を褒める。


 作ったものは魔石。魔物から採れる貴重なものだ。


 魔石は小指の爪くらいの物から人の頭くらいの物まである。また、溜め込む魔力純度の割合で透明度が変わってくる。濁っているものよりも透明の魔石の方が優れている、ということだ。


 拳程の大きさで、これ程の透明感があるならば、一軒家を買えてしまう。


 ただ、ハクにとっては気まぐれ作ったもの。人工魔石という偉業に対して、間も無く興味を失った。


「......始めよ」


 真に作りたい物のアイディアを固め、杖を握った。錬金釜に新しく水を注ぎ、魔力を注ぎ始める。


 その時だった。


 ビーッビーッと警報が鳴り響いた


「......ひゃうっ!?」


 ハクは椅子の上で飛び跳ねる。これで2回目となるが、この警報はうるさすぎた。我ながら駄作だな、とため息を吐く。


 落ち着いたハクは警報機を止める。そして、この警報機の意味を理解した。


「......レア......?」


 まさか罠に掛かったのだろうか。あれ程馬鹿にしていたが、やっぱり掛かったじゃないか。


 ハクは椅子から飛び降りて、軽い足取りで警報の鳴る裏口へと向かった。口元を緩ませて、らんらんと。


 さて、どんな言葉で笑ってやろうか。


 足を動かしながらそればかりを考える。




 ※ ※ ※




 現場に辿り着いたハクは絶句した。


「くそっ!なんだこれは!?」

「力が出ねぇ......この鎖を切ってくれ!」

「ぐぉぉぉっ!?」

「あぁ!なんでこんな所に......!」


「......えぇぇ......」


 一種の地獄絵図がそこに作られていた。


 ハクにとっても驚きだっただろう。レオガイアが居ると思ってやって来たのに、そこに居たのは4人の汚らしい、浮浪者に等しい男達。それらが鎖で拘束されたり、吊るされたり、檻に閉じこめられたりしているのだ。


「ちくしょう!レオガイアの野郎!こんなものを仕掛けていやがったのか!」


 1人の男が腹立たしげに叫ぶ。


「......レア......?」


 レオガイア、という言葉を聞いてハクは反応した。ハクにとっては唯一の知り合いの名前だ。反応しない訳がなかった。


「......レアの知り合い......?」

「うわっ!?だ、誰だテメェ!?......ガキか?」

「なんでこんな所にガキが居んだ?」


 ハクが近づき、話し掛けると彼らは一斉に警戒した。しかし、その姿を見て警戒を和らげた。と言うよりも、侮ったという方が近いだろう。


「......レアの......知り合い......?」

「レアって、レオガイアの事か?」

「......そう......知り合いさん......?」


 ハクが首を傾げて問うと、男達は顔を見合せる。そしてニタリと笑った。


「あぁ、お嬢ちゃん。俺達はレオガイアの知り合いでねぇ。頼み事をされてやってきたんだ」

「......そうなの......?」

「そしたらこの有様よ。お嬢ちゃん、どうにか出来ないかねぇ?」


 男達はハクを言いくるめられると判断したようだ。事実、ハクにとってレオガイアは信頼に値する人物であり、その知人なら同じく心を許してしまっていた。


「......分かった......」


 手を叩くと全ての罠は解除され、男達を捉えていた拘束は無くなった。


 拘束具が無くなると男達は体を起こし、自由になった事を確かめるように体を解した。


「お、おぉ!ありがとうな、お嬢ちゃん。これで目的は達成出来るよ」

「ついでだが、レオガイアが出入りする部屋を教えてくれないかなぁ?俺達はそこに用があるんだよ」


 ハクは少し考え、彼等の言う場所が自分の部屋であると思い付いた。レオガイアが出入りする、というのならそこしかないだろう。


「......うん......こっち......」


 そしてハクは彼等を部屋へと導いた。




「......ここ」


 部屋の前に辿り着く。そこは唯一明かりが漏れる部屋だ。レオガイアが訪れることを考慮し、常に灯りとなる魔道具を起動させている。


「ありがとよ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんには感謝してもしきれねぇなぁ」


 男達はニヤニヤと笑う。


 彼等はレオガイアに対して少なくない敵意を抱いていた。その知り合いと思われる少女に対しこのまま何もしない、なんて事は無かった。


 ここまで簡単に騙され、利用出来た少女だ。組み伏せやすいと踏んだのだろう。


 ハクの近くに立つ男がゆっくりと腕を持ち上げる。そして、ハクの後頭部目掛けてその拳を振り下ろした。


 ガンッという音が広い屋敷に虚しく響いた。


「いってぇぇっ!?」

「......なに......?」


 殴った男が右手を押さえて悶絶した。


 ハクの頭には当たっていない。その直前に張られた障壁に阻まれたのだ。


「......うん......?」


 ハク自身は何が起きたのか理解出来ていないようだった。振り返り、床に転がって悶絶する男を見下ろし首を傾げた。


「て、テメェ......!ガキが何してくれる......!」

「......待って......レアの、知り合いさん......」

「うっせぇぇ!!」


 次の男は武器を手にしてハクに襲いかかった。刃こぼれの目立つ片手剣だ。どちらかと言うと鈍器に近い。


 その剣はハクの頭上から振り下ろされ、当たることなく弾かれた。


「なぁッ!?」

「......何してるの......?」


 制止を聞かずに攻撃を仕掛けてくる男に対し、ハクは動揺した声を漏らす。


 ハクは自身が危険に対する察知能力に秀でていないと、むしろ愚鈍であると自覚していた。魔力探知なら出来るがそれも鋭敏なものでは無い。奇襲、暗殺に対しては完全なる無力であった。


 だから作った。身を守る魔道具を。この白きローブがその1つ。端的に言えば自動防御を成してくれる珠玉の一品。


「......レアの......知り合い、じゃないの......?」

「ハッ!誰があのクソ野郎の知り合いなもんか!」

「......くそ、やろう......」


 男が吐いた言葉を聞き取り、口にする。そして、漸く彼等がレオガイアの知り合いでは無いと理解した。


「......レアを、クソ野郎、か......」

「何をブツブツ言ってやがる......!おいお前ら!一斉にやるぞ!」

「おう!」


 初めに拳を負傷した男も含めて、4人で一斉にハクへと飛び掛かろうと動いた。いや、動こうとした。


「な、なんだ......何が起きてやがる......!?」

「動けねぇ......!?なんでぇ!?」

「痛てぇ!ぐるじぃ......!」

「助け、助けてくれぇ......!」


 彼等は自身等の体が動かない事に気が付いた。足下から黒い何かが巻き付き、肉体を拘束していたのだ。その黒い何かは彼等を拘束するだけでは飽き足らず、少しずつ締め上げていた。



「......私を......舐めないで......殺すよ......?」



「ヒィィッ!?な、なんだこのガキ......!?」

「あ、有り得ねぇ......!なんて魔力をしてやがる......!」


 ハクから溢れ出た魔力を前に、男達は震え上がった。


 何せハクは王族エリートなのだ。生まれ持った才能から平民である男達とはかけ離れたもの。そこに加え、幼齢の頃から身を削る魔力増幅の鍛錬を行い続けた。


 ハクが有する魔力。それは計り知れないものだった。


「......実験の、お時間です......私の魔法実験です」


 フードを被った白魔女は嗤う。


 動きを封じられた男達モルモットは震えることしか出来なかった。

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