じゅっはっちわめ


 それからハクは無言でタルトを食べ進める。カチャカチャと、態とらしく音を立てながら黙々と。少し不機嫌なハクとは対照的に、レオガイアの機嫌は非常に良かった。いつにも増してニコニコ笑顔でハクを見つめる。それが余計にハクの機嫌を悪くさせる。


「......ごちそうさま」

「どういたしまして。そう言えば、昨日のショートケーキと比べてどうだった?」

「......美味しかった......けど、ショートケーキの方が、好き......」


 レオガイアの質問に対し、目線を合わせることなく、ハクはボソボソと呟いた。どうやら相当ご立腹らしい。


 それでも聞かれた事には答えるのだから素直だよね、とレオガイアは微笑む。


 やはり好物と謳っていたショートケーキには適わなかったようだ。


「他にもショコラケーキやティラミス、チーズケーキとかもあったなぁ」


 と、お店に並んであったケーキを口にしていく。するとハクの表情が段々と緩んでいくのが見えた。挙げられたケーキを想像したのだろうか。涎まで垂らしかけていた。


「......見ないでよ......」

「嫌だ」

「......見るな」

「無理かなぁ」


 見られていると気付いたら直ぐに顔を強ばらせた。しかし、それが照れ隠しである事を見抜いており、レオガイアは余計にハクから目線を逸らさない。


 このやり取りはハクがフードを被るまで続いた。


 それからまた暫く談笑を続けた。


「ハク。提案があるんだけど、良いかな」

「......なに......話による」


 紅茶を啜りながらハクは首を傾げた。レオガイアが改まってそう言い出した為だ。


「僕とこの街を出ないか」


 この街で冒険者業を続けるのは困難だと痛感していた。今は貯金で何とかなるが、この先も同じような状況が続けば貯金なんて直ぐに無くなる。その前に、他の町へと拠点を移そうと考えていた。


 ハクを誘う理由は、レオガイアがハクの事を気に入っている、心配しているのが1つ。もう1つは、ハクが此処に居続ける理由が無いと思った事だ。軟禁された、とは言っていたが、外から鍵をかけられた訳でもない、結界を張られている訳でもない。出入りだって出来る。監視の目すらないのなら、外に出たってバレる筈がない。


「......街を、出る......?」

「あぁ」


 ハクは驚いていた。オウム返しで言葉を口にし、頭の中で反芻させる。


 街を出る。その意味はわかる。この街を出て、他の街へ行こうという事だろう。一緒に、と言うのは旅でもしようということだろうか。


 そんなことを考えながらも、また別の思考も行われていた。


 街を出るという事は、ハクの頭でそこに結びついた。


「......屋敷を、出る、の......?」

「そう、だね。屋敷を出ることになる」


 街を出る為にはこの屋敷を出なければならない。それは当然の事ではある。屋敷を出なければ何処にも行けないのだから。レオガイア自身もそう言っている。



 屋敷を出る。



 そう理解した途端、ハクの肉体が反応を起こした。


「......だめ」

「え......どうして?」

「......ダメなの!」


 ハクは叫んだ。


 席を立ち、覚束無い脚で後ろに下がる。


「......屋敷を出ちゃ、ダメなの......」


 そう呟いたハクの体は震えていた。震える体を両手で抱え、抑えようと力を加える。しかし震えは止まらない。むしろ、思考をする毎に震えは強くなった。


「......私にも......理由は分からない......けど、外に出ちゃ、ダメなの......」

「ハク......」


 ハクはあまりにも悲痛な表情だった。声は掠れ、震え、泣きそうで。


 弱々しく縮こまったハクにレオガイアは近付いた。


「ごめんね、ハク。変なことを言ってしまった」

「......ううん......だい、じょうぶ......」


 大丈夫。そう呟くも、肉体は言うことを聞かないらしい。痩せ細った、年令不相応の小さな体を小刻みに揺らす。


 レオガイアはハクを抱き締めた。力を入れれば簡単に折れてしまいそうな細い体だ。


 屋敷の外へ出られない事に、何かしらの理由がある事は明白。その理由をハクが知らない、という事も嘘では無さそうだった。


 そして分かった。監視も何も必要が無いのは、ハク自身に仕掛けを施してあるからだ。それにより軟禁を成立させている。門が開いていようが、ハクは出る事が出来ないのだ。

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