にっっじゅっなっなわめ


 昼過ぎになってもレオガイアが来ず、暇を持て余したハクは昼寝をしていた。小柄に合わぬ馬鹿デカいベッドに身を預け、すやすやと気持ち良く眠っていた。


「......あつい......なに......?」


 周囲が異様に暑く、寝苦しさを感じて目を覚ました。重たい瞼をゆっくりと開き、周囲の状況を視界に入れる。


「......え......?」


 ハクの視界に映ったのは真っ赤な炎。それが廊下を包み込み、ハクの部屋にも侵入していた。


「......う、え......火事......?なんで......?」


 あまりに非現実的な光景を前にしてハクは慌てた。そして理解し、更に慌てた。このままでは火に飲まれて死んでしまう。


 外に逃げないと。


 その思考に至った。


「......だ、駄目......屋敷の外に、出ちゃ......」


 屋敷を出る。そう思考しただけで頭が痛くなった。針を刺されたような激痛が頭を襲う。ベッドの上で頭を押えてのたうち回った。


「......けほっかほっ......だめ......」


 煙を吸い込み咳き込んだ。元々肉体が脆弱なハク。この場に居る事は人一倍危険であった。意識を留めていられるのも長くはないだろう。


 なんで屋敷を出ちゃ駄目なのか。ハクは何時もその思考を辞めていた。そう考えるだけで頭が痛くなり、行動が制限される。


 考えたくなかった。しかし、今は考えざるを得ない。屋敷を出なければ死ぬのだ。考えなければ死ぬ。とても簡単な結論だった。


 頭にこびり付くのは父親の、国王の言葉だった。


『お前はあの屋敷から出てはならない』


 その言葉が全ての元凶だと判断した。あの言葉には何かしらの拘束があるのだ。それにより、ハクは屋敷から出ることが出来ない。


 なら、どうする。


 ハクは頭を抱えた。



 ──もう火は目の前だ。息も苦しい。まともな思考も出来ない。このまま死んでしまうのか。嫌だ。まだ何も達成してないじゃないか。死んでなるものか。せめて1つ。けど、諦めて意識を手放した方が早いし楽だ。



 視線を自身の手に落とした。



 ──そう言えば、他にも色々と命じられていたが、どうして屋敷の外へ出ては行けない、というものだけが発揮されているのだろうか。


 ──記憶にあるのは『他者との会話禁止』だ。ここで言う他者とは誰を指す?己以外の全てか?なら、メイド達はどうした。少なかったが一言二言の話はしていた。


 ──レアとだって会話をしていた。間違いなく禁止であるそれを、間違いなく犯している。何度も何度も侵犯したでは無いか。


 ──つまり、そんな制約はなされていなかった、と考えるのが道理だろう。他者との会話は制限が大き過ぎた。故に、掛けることが出来なかった。



 そこまでの思考を終え、ハクは静かに息を吸った。



 ──この拘束には欠点が存在する。ルールを狭めなければ発揮しないんだ。人一人の動きを制限する縛り。そこには細かなルールが必要。


 ──今、効果が発揮している『屋敷の外へ出るな』これは実に良い制限だ。『屋敷から』『出るな』という2つに分けて考えよう。『屋敷から』で酷く狭い範囲を断定。『出るな』という一言で行動を制限。単純だからこそ効果が強く発揮された。


 ──弱点はルール。あまりに限定させなければ発揮でないという、実に未熟な魔法じゃないか。



 ハクは息を吐いた。


「......ふふふ......ふふははははっ!」


 燃え盛る炎を前に、崩れゆく屋敷の中で。ハクは高らかに笑った。


 迫り来る死に絶望したのか。逃げ延びることを諦めたのか。


「......はぁ......なんだ......そうだったのか......」


 両手を使ってフードを被り直す。目元までしっかりと覆い隠すと、僅かに熱気を遮った。そして口角をニヤリと上げる。


「......屋敷を出ちゃダメなら......屋敷を壊せば良かったのか......」


 原型を無くしつつある屋敷を見つめ、そう呟いた。


「......これはもう、屋敷ではない」


 という認識を持った上で、外へ出ようと意識する。


 頭痛は襲って来なかった。熱さと煙たさによる息苦しさはあるが、特有の頭痛は無かった。


 ハクが再び笑う。なぜ、これ程簡単な事に気づかなかったのだろうか。なぜ、これ程下らぬ拘束に縛られ続けたのだろうか。それがあまりに可笑しく、滑稽だった。


「......ふぅ......随分、長い間縛られた......」


 この屋敷に軟禁されてからの日々を思い返す。充実してはいたが、何かと不便を感じる生活だった。それが8年以上続いた。


 出る事は容易かった。それに気付かなかった自分が愚かで仕方がない。


「......私は......自由だ......」


 呟きながら、右手を天に掲げた。


「......鳥籠は壊された......今、鳥は羽ばたく」


 ニヤリと笑う。その笑みには歓喜よりも狂気の方が大きかった。


「......私の翼は......そう簡単に、溶けないよ?」


 そして黒魔法を発動させた。求めるは移動。"転移"と呼ばれる瞬間移動魔法である。


 ハクの姿が瞬時に消えた。その直後に屋敷が完全に崩壊する。ハクの部屋は炎に包まれ崩れ落ちた。


 

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