じゅっろっくわめ



 ケーキを購入したレオガイアは足早に草原を抜け、慣れ親しんだ街に戻った。気配を殺して街中を進み、人気の無い道を選び進む。


 古びた屋敷の付近で更に周囲の探知を行い、誰も居ないことを確認してから屋敷の裏口から侵入した。


「やっぱり、ハクは素直だなぁ」


 裏口から入って数歩進んだ先に、新しく設置されたと思われる罠を発見した。視線を奥へと向ければチラホラと他の罠も伺える。


 仕掛けられている罠は、確かに掛かれば逃れる事が出来ない代物だろう。その1つに掛かったレオガイアだからこそ分かる。ハクの作り出した魔道具は効果的に対象を拘束出来る。捕らえれば逃がさない、そんな罠であった。


 しかし、設置されている場所があまりにも露骨である。例えば床の窪みに置いてある地雷式の物、壁に嵌められたセンサー式の物、など怪しいと思った箇所にそのまま設置されてあった。


 その怪しさを引き立てているのは、必死に隠した痕だ。


 壁なら無意味に貼り付けられた布、床なら敷かれた真新しいカーペット。と言うふうに、罠本体を隠す為の工夫が場に溶け込んでいないのだ。罠があると警戒し、多少の注意力があれば引っ掛かるものじゃなかった。


 これで完璧だと胸を張るハクを想像し、レオガイアは微笑んだ。ずば抜けた才能を持っている反面、色々と間抜けなところがある。何処かチグハグなのに、それがハクらしかった。


「防犯面として心配だから、直させようかな......」


 するすると罠を避けて廊下を進んだ。


 特別な技法が無くともここの罠には掛からない。本物の強盗に入られた時、このままでは不安しかなかった。


 ハクには魔法による自衛手段があるのだが、レオガイアはハクを無力な少女としか見ていない為その不安を抱いた。


 屋敷の防犯強化を考えながら屋敷を歩き、ハクの部屋に辿り着いた。開きっぱなしの扉を3回ノックする。


 しかし、返事は無かった。


「ハク、入るよ?」 


 疑問を抱きながらも声を掛けて入室した。

 

 ハクは居た。椅子の上に立って例の水瓶──錬金釜を掻き混ぜていた。非常に集中しており、レオガイアが入室した事に気付かないようだ。


 レオガイアは声を掛けず、静かにその場に立ち止まった。


 声を殺したのはハクの邪魔をしない為、では無い。


 流石のハクも1人で居る時はフードを被らないのだろう。それも、椅子に座って考え事をしている時ではなく、集中して作業を行う時は。フードを被っている際も何かしらの方法で視界を確保しているとはいえ、その方が見易いと言う事でもない。少なからず視界の妨げとなり、邪魔となっているのだろう。



 錬金釜を掻き回すハクは素顔を晒していた。



 同じ世界に生きる者とは思えない、天上人のような神秘的な銀髪。手入れを怠っているのかボサボサ。しかし透き通るように美しく、窓から差し込む陽の光で煌めく。


 熱心に錬金釜を見つめる金色の瞳。美しいと思う一方で、その輝きは儚げで脆く、触れれば消えてしまいそうな光を宿す。


 整った顔を見れば見るほどに吸い込まれそうになる。小さな鼻や口、目、耳。その全てに人を惹く魅力が込められていた。


 レオガイアがハクの寝顔を見ていなければ、その少女の正体がハクたと理解出来ず、降臨した天使やその類の存在だと勘違いしていたことだろう。


 傾国の美女、という言葉がある。その言葉が万人を虜にする美しさを持った女性を指すならば、ハクは正しくそれにあたる。多種多様な美しさの中でも、端麗や可憐という表現が適切だ。


 そんな少女が誰も知らない、誰も寄り付かない寂れ廃れた屋敷の一角で、人知れず孤独に釜を混ぜる。現世離れした光景はレオガイアの目に脳に焼き付けられた。


 声を殺した、と言うよりも、あまりの美しさに息を飲み沈黙してしまったのだ。


 レオガイアが入室してから十数分が経過した。その間、この部屋にはハクが錬金釜を混ぜる小さな音しか存在しなかった。ハクは集中して錬金術と向き合い、レオガイアはただただ立ち惚けていた。


「......ふぅ......」


 長時間の集中で疲れたのか、ハクは吐息を零して額を腕で擦った。そして徐に部屋を見回し、入口に立つレオガイアを視界に捉えた。


「......ん?......んっ!?......うわっ......!」


 レオガイアと目が合い、漸くその存在を認知した。思考が遅れたのは多分の疲労故だろう。


 驚き、慌て、身体をのけ反り、不安定な椅子の上でバランスを崩した。


「ハクっ!?」

「......だ、だいじょうぶ......」


 椅子から落下しかけるも、魔法を駆使して身体を止めた。そして起き上がり、レオガイアと向かい合う。


「......いらっしゃい......レア」

「お邪魔してるよ、ハク」 


 微笑みながらハクは呟いた。


 何時もはフードで隠された笑顔。それが今、レオガイアに向けられていた。コロリと笑ったその顔は、より一層あどけなく幼い。


 この笑顔は、他の誰にも向けられることは無い。そう思うと、レオガイアの胸中でハクに対しての感情が色付き始めた。

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