じゅーよーんわー


「......私は......生きて......る......?」


 最後の記憶から一体どれ程の時間が経過しただろうか。少女のお腹はとうに限界を超え、空く事を忘れてしまっていた為に体内時計は使えない。


 虚ろな目で天井を見つめる。なぜ、これ程までに死ぬ思いをしなければならないのか。少女はその生気のない目の奥に憎悪の炎を燃やしていた。


「......ぜったい、ころす......」


 誰に対しての呟きか。それは少女にしか分からない。


 あれからどうなったのだろうか。椅子から落下して、その後。後頭部を強打したはずだ。幼い肉体ではあの高さから落下しただけでも命に関わる。それも、頭からとなれば大人でも危険だろう。


(奇跡的に助かった、とでも言わせていただこうか)


 運が良かった、神様ありがとうなんて言わない。これまでの不幸と比べればまだまだ足りないのだ。少女はやはり神へ対する憎しみを抱いていた。


 ぐぐっ、と腕に力を入れて宙に持ち上げる。中々に力が入らない。腕を持ち上げることが限界であった。


「水よ」


 一言呟くと虚空にソフトボール程の水球が作り出される。魔法はもう使えるな、と少女は安心した。


 あの時に感じた魔法が使えないという感覚は、親友に背中からナイフで刺されたかのようなものだった。この孤独生活における唯一の味方。そんな存在である魔法には裏切られたくなかった。


「変質」


 次に少女が言葉を発すると、その水球の一部に緑色が落とされた。その緑色はじわっ、と広がり水球全体をその色に染める。


「──完成。回復薬......なーんつって......」


 くすくすと少女は笑い、そして力尽きたかのように腕を床に降ろした。それと同時に水球は消え──ずに落下。少女の顔面に落ちた。


「うわっ、ぺっぺっ!」


 器官に入ったその水を吐き出す。少女にとって予想外だった。何時もの水球なら魔力を解けば霧散するはず。残れ、という意思があれば形を失ってもその場に残るが、今は寧ろ消えてしまえ、と命じていた。


「ん?......あれ、頭痛くない......」


 先程まで続いていたズキズキと杭を打たれたかのような頭痛がすーっと消えていた。それだけではない。以前から慢性的に感じていた偏頭痛も消えている。思考もモヤがかかったような感覚だったが今ではクリア。まるで台風一過の快晴が如く清々しい気分だった。


 ムクリと起き上がり、もう一度水を作り出す。


「変質、回復薬」


 それから先程と同じように言葉を呟き水球を緑色に染めた。頭に浮かぶイメージ通りにそれは出来上がる。


 少女は両腕を前に出した。自傷行為で傷だらけになってしまった細い腕。そこに緑色の水を掛けた。


 液体の掛かった箇所からジュゥという音と煙が立ち込めた。そして傷付いていた肉や皮膚が忽ち再生する。そんな異様な光景に少女は目を逸らすが、次に腕を視界に収めるとそこにあった傷は綺麗に消えていた。


 ぐっ、ぱー、と何回か手を握ったり閉じたりを繰り返したり、腕をブンブンと回したりして状態を確認する。最後に触れて確認すると、痩せ気味で不健康だが元の腕に戻っていた。


「......ふ、ふふっ、ふははははっ!私は錬金術師になったぞ!」


 少女は叫ぶ。


 あの黒い石を取り込んだ時に得た、と言うよりも捩じ込まれた知識。あれこそが錬金術師の知識だった。最初は朧気な意識で作ってしまったが、あの緑色の液体は錬金術で作り上げた魔法薬ポーション


 二度目は自覚して作ることが出来た。その事からこれが夢でもまぐれでも無い、少女の力なのだと確信した。


「私が今代の錬金術師だぁぁっ!!」


 立ち上がり、両手を天に上げた少女は高らかに叫んだ。その動きに合わせてボサボサの銀髪か揺れ動く。めいっぱいに叫んだつもりだったが、肉体的疲労によりあまり大きな声とはならなかった。


 その声は誰も居ない屋敷にあまり響き渡らなかった。

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