にわめ


 目を覚まし、打ち付けるような頭痛を堪えて体を持ち上げる。地面に手を付けると朝露で湿った草に触れた。


「......んぅ......」


 朦朧とする意識を正し、現状の確認に勤しむ。


 暖かな木漏れ日。吹き抜けるそよ風。遠方から聞こえてくる鳥の囀り。何もかもが平穏で、自然に満ち溢れている。先程までの地獄を連想させる炎海に包まれた屋敷とは大違いな空間だ。


 熱気が無い。むしろ吹く風は涼しい。


 煙が無い。むしろ空気は清らかだ。


 閉鎖空間から出られた、と言うだけでも肉体にとっては安らぎとなる。やはり軟禁と言うのは肉体に様々な悪影響を及ぼすのだ。そんな生活とはおさらばとなり、果てしない開放感がハクの感情を取り占めていた。


「......すーっ、はーっ......」


 火災が発生した屋敷から逃げる為に転位魔法を使用したハク。不慣れな魔法故に怠さを覚えるも、使えない事は無いと確認した。その事に対しては満足そうに頷く。転移は浮遊に続く夢の1つ。その成功に素直な気持ちで喜んでいた。


 長年の夢、という程でも無いが、闇魔法の才を開花させた時から考えていたものだった。ただ、室内で使うには中々危険な代物であり、庭で行おうにも距離が無く物足りなかった。故に、ほぼ初めて使用する魔法をだったのだ。


「......すーっ、はーっ......」


 埃まみれの激悪環境での生活に慣れていたハクにとって、このような外気は美味いと感じられる。深呼吸を数回行い、そんな空気をめいっぱいに取り込んだ。肺の中を新鮮な空気で満たす。


「......ふぅ......」


 更に、辺りを見渡して心を穏やかに保とうとする。特有の涼しさが火照った肉体を冷まし、次いでに頭を冷やしてくれた。高揚していた気分が少しずつ落ち着いていく。


 そして冷静になった。冷静になって考えてみた。現状について冷静に分析してみた。


「......どこだ、ここ......?」


 ハクはぽつりと呟いた。それは心の中で処理出来なかった大きな疑問だ。


 今、ハクが立っている場所は森。辺り一面に木々が生えている森である。何処だよ、という疑念がハクの胸中に取り巻いている。


 ハイテンションで使ったこともない転移魔法を行使。座標設定も怠り、よく分からない場所に飛んでしまったのである。どれ程の距離を飛んだのか分からない。元居た屋敷から少し離れた場所にあると言う森か、それとも別の森なのか。国内か、国外か。全く情報が無かった。


 本来なら屋敷の外へと出るだけで良かった。なんなら転位さえ使わずに、空中移動で脱出することは出来た。しかし、あまりにも気分がノッてしまい、無駄に魔法を使ってしまった。


 成功自体は喜べる。ただ、その結果に対しては喜べなかった。


 ハクの頬を冷や汗が流れる。


 よりによって、どうして森の真ん中に降り立ってしまったのか。せめて人里の近くに飛んでいてくれれば、もしくは平原に落としてくれれば。


 そんな思いが込み上げてくる。これも全て魔法に夢見た自分が悪い。そう分かっているものの、


「......まずいな......」


 ハクな自身の荷物を確認してみた。あまりに唐突な脱出の為、荷物を殆ど持ってこれていない。特製の白ローブと愛用している杖以外は何も無かった。


 屋敷に残された数多の魔道具を思い出す。どれもハク自身の手で作り上げた傑作品。愛着こそ無かったが、惜しいことをしたとは思っていた。


 次いで他の荷物を確認する。ハクには魔法袋という計り知れない収納能力を誇る魔道具を作る事が出来る。それを生かし、自身のローブのポッケにその収納能力を組み込んでいた。


 ポッケに手を入れる。ゴソゴソと漁り、その中身を確認し始めた。


 回復薬数十本、ハク特製のお薬たくさん、未治験薬八種、例の本、栄養キューブ数百個、ちょっとした魔道具十数個。以上である。


「......はぁ、無いよりはマシか......」


 ハクは溜息混じりに呟いた。

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