じゅっさっんわめ

 それから他愛も無い話をすること数時間。日が暮れ、空は茜色に染まり始めていた。カァカァ、と黒い鳥が鳴き喚き、会話に花を咲かせていた2人に夕方を報せた。


「おっと、もうこんな時間なのか......そろそろ帰ろうかな」

「......そう......」


 窓の外を見たレオガイアが呟く。その言葉でハクが明らかに肩を落とした。その姿からは「もう帰るの、まだ居てよ」という訴えがよく伝わった。


「何か欲しいものとかあるかい?要望があれば次に来る時買ってくるけど」

「......いつ、来るの......?」


 弱々しく、悲しげに聞いてくるハクに対し、レオガイアは言葉を詰まらせた。


 様々な感情を見せてきたハクだが、その根本には誰かを待ち続ける幼なく弱い心があるのではないか。とレオガイアは考えた。


 軟禁されてから8年間、ハクは孤独に暮らしてきた。そんなハクにとって、レオガイアは唯一の他者であり唯一の知り合いであり、唯一の拠り所であった。


「ハクが良ければ、また明日来るつもりだよ」

「......じゃあ......明日、来て......」

「分かった」


 明日来る、と聞いてハクの表情は明るくなった。フードのせいで顔が見えない筈なのだが、ハクの表情は非常に分かり易かった。


「それで、欲しいものはある?」

「......ケーキ......また食べたい......」


 と、小さく呟いた。


「分かった。次は違うものを買ってくるよ」

「......ありがと......」


 パタパタと足を揺らして喜んだ。


 ケーキで喜んでくれるなんて、なんだかんだ女の子なんだな、とレオガイアは嬉しくなった。


「......あと、魔物の臓物」

「臓物......それは承諾しにくいな」


 そう思ったのも束の間。ハクから求められたのは魔物の素材であった。やっぱりハクだなぁ、とレオガイアは苦笑した。


「......なんで」

「なんでって、狩猟に関しては問題無いんだけど、それらを持ってくるのがね。臭いし、血とか大変なんだよ?」


 頬を膨らませるハクを説得するように、優しく答えた。


「......なら......ちょっと、待ってて」


 ハクは立ち上がりベッドの側まで寄ると、そこに作られた魔道具の山を漁り始めた。乱雑に積まれたそれらの中から目当てのものを手に取り、引き抜く。その反動でよろめき倒れそうになったが、後ろからレオガイアに支えられ事なきを得た。


「......ありがと」

「どういたしまして。それで、それはバッグかな?」

「......うん」


 付着していたホコリを払い落としながら、ハクは小さく頷いた。


 ハクが手にしたのは1つの古びたバッグ。これを臓物を仕舞う袋にしてくれ、と言うことだろうか。嵩張り易い魔物の素材を入れるには少し心許なさそうな大きさだ。


そのバッグを逆さにして縦に振ると、音を立てて魔道具やら瓶やらが床に落下した。ただ、1つや2つでは無い。流れ落ちるように出てくる出てくる。全部で50近くの物品がそのバッグから現れた。容量が可笑しいのは明らかだ。


「......ん」


 物が出なくなることを確認して、それをレオガイアに差し出した。躊躇いながらも受け取ると、恐る恐る観察していく。見た目は普通のバッグであり、触れても特別変わりない。ただ、これが普通のものではないと理解している為に、変哲もない事すら違和感になる。


「ハク......このバッグってさ......」

「......マジックバッグ......容量は、分からないけど......そこそこ入る」


 レオガイアは新たに作られた小山に目線を向ける。あの全てがこのバッグに入っていた、と考えればその容量が掴めるだろう。それは少なくない容量に違い無かった。


「凄いな......これもハクが?」

「......うん......すごいの......?」

「あぁ。魔道具を作れる人の中でも、特に優れた人じゃないと作れないと聞くね。マジックバッグを作れるのは、世界でも数人だって言われているのかな」


 レオガイアの言う通り、マジックバッグは非常に珍しい魔道具だった。古い時代にはかなり普及していたらしいが、その技が廃れたのか市場にある数は少ない。


 素材運びに頭を悩ます冒険者にとって、マジックバッグは垂涎ものだ。レオガイアの手にある、ボロボロのマジックバッグでさえ、大金を積んで買おうとする者も居るだろう。ハクにはその価値観が分かっておらず、臓物を運ぶ為にと渡してきたが。


「とにかく、凄いことだよ」

「......それくらいなら......簡単に作れる......けど」

「それは......錬金術を使って、かい?」

「......うん」


 あっさりと答えたハクだが、やはりその重大性を理解していない。こんな力が知られれば、どうなるか。それがどれほど常識を逸したものなのか、全く理解していない。


 ハクは金の卵を産むガチョウだ。世間知らずで、隙が大きく、か弱い少女。少し知恵がある者ならハクの利用価値を大いに知ることが出来る。絶大な回復効果を齎す薬を作れるのだ。大量殺戮を行える毒も作れるだろう。悪意ある者にハクの力が知られれば、どのように使われるか分かったものじゃなかった。


「......あと......これも」


 そう言ってハクが机に並べたのは、3本のガラス瓶。中には緑色液体が入っているものだ。


「まさか」

「......回復薬......レアが、狩るのでしょ......?危険、だから......」


 レオガイアの予想通りだった。昨晩見た、使ってもらった回復薬。ハクの好意だろう。傷ついて欲しくない、死んで欲しくないという思いがあった。


「まぁ、確かに。これからは1人で動こうと思っていたから、有難く頂こうかな」

「......うん......沢山あるから......沢山使って」


 と言いながらじゃんじゃん机に置いていく。


「そんなには持てないかな......」

「......それに入れれば、いい」


 なるほど、とレオガイアはハクが用意してくれた30本の回復薬をマジックバッグにしまった。


 因みに、それら全てハクのローブに付いているポッケから取り出されたもの。そのポッケもマジックバッグと同じ効果を持っているのだ。


 容量を無視して、質量をも無視したマジックバッグを持った。これが錬金術で作られたと聞くと、錬金術に対する興味がより一層強くなる。


(錬金術。効力の強い薬も作れて、複雑な魔道具をも作れてしまう。確かに、あまりに優れた技だ。聞かれたくないのも無理はない。......けど、ハクが隠す理由はそれじゃない気がするんだよね)


 聞きたい。錬金術とはどのような技術なのか。錬金術で何を作れるのか。


「じゃあ、また明日来るよ」

「......うん......またね」


 直接聞くのは、やはり無理だった。ハクとの関係を壊したくない、とレオガイアは踏みとどまった。


 別れを告げ、ハクの部屋から、屋敷から出ていった。

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