にっっじゅっろっくわめ

 


 暴れたレオガイアは身柄を拘束された。容疑者として連行されたのである。少なくとも何かしらの関係があるとして騎士達に連れて行かれた。


 しかし、廃れているとはいえ王族所有の屋敷である。簡単に燃えないような加工が成されており、ちょっとした放火ではここまで燃え広がることはないと判断され、魔術師による火魔法が放たれたのだと考えられた。


 火魔法の魔力適正が無いレオガイアの無実は証明され、事情聴取の後直ぐに釈放される事となった。


 事情聴取では騎士達の質問に対して覇気のない声で応えた。冒険者の証明、今日何をやっていたか、例の屋敷との関係性は。レオガイアはそれらを無気力に応えた。


 その途中、屋敷の中に少女が居ると訴えると、1つの死体も見つからなかったと返された。もう何十年も使われてない屋敷である為、人が居るはずが無いとも言われた。


 それを聞き、ハクが生きているのではないか、という希望が浮かんだ。しかし、ハクには屋敷から出られない理由がある。あの異常な反応を見れば、火事であろうと屋敷の外へ逃げ出せるとは思えない。高い確率でハクは屋敷の中に居たはずのなのだ。


 炎が迫って来ているのに外へ出られない。どれ程の恐怖であろうか。逃げ場も無く、無抵抗に燃やされるのを待つ気分は、どれ程苦しいものだろうか。


 騎士団の詰所から出たレオガイアは無気力な表情のまま足を動かし、ハクの屋敷へと目指した。


 一歩一歩が重たい。昨日の疲労も大きいが、何よりも胸が苦しかった。受け入れればならない現実と向き合う事が何よりも苦しかった。


 人集りも無くなり、何時ものような閑散とした道を進む。そしてハクの屋敷があった場所に辿り着いた。


 屋敷は劣化と燃焼により崩壊している。真っ黒く焦げた残骸だけが散乱していた。乾いた風が吹き抜け、焦げ跡の匂いが鼻腔を突き刺す。


 古びていたが立派な屋敷だった。敷地面積もそうだが、二階建てでその大きさも中々のものだった。そんな屋敷がたった1日で消滅した。


 死体は見つからなかったらしい。大きな水瓶が置いてあった部屋。そこにも死体は見つからず、ましてや生活していたらしい痕跡も無かった。


 今思えば、ハクはどうやって生きていたのだろうか。レオガイアは一度も触れなかった疑問に触れた。屋敷を出られないハクが食材を手に入れられるのだろうか。


 ハクは居ない。元から居なかったのではないか。そう思った方が納得出来た。



 いや、そう思えた方が楽だった。



 ハクは居た。間違いなく存在していた。そこに偽りは無く、幻想なんかでもない。レオガイアの脳内にはハクの声や素顔、感触、匂いがハッキリと残っていた。それら全てがハクの存在を裏付ける。


「ハク......」


 レオガイアの呟きは風に乗って消えた。


 もう二度とあの少女と会う事が出来ない。不可思議な力を持ち、常識の欠損した、心優しき少女。見目麗しい外見を持ちながら恥ずかしがり屋で、人と話す事が苦手なのに誰かと居る事を好む少女。


 ハクの事を思い浮かべ、レオガイアは涙を零した。


「レオ〜?」


 その時、レオガイアの後ろから名を呼ぶ声が聞こえた。その猫撫で声は聞き覚えのあるものだった。


 レオガイアは重たい体を動かし、声のした方に振り向いた。


「ローゼンティ......なんの用かな。僕に関わるなって言ったよね」


 そこに居たのは、やはり元パーティメンバーのローゼンティだ。


「レオ〜。そろそろ一緒に仕事しましょう?ねぇ?」

「僕はそんな気分じゃないんだ。帰ってくれ」

「なぁに、レオ。死んだ人間の事を気にしてるのぉ?」


 ローゼンティの言葉にレオガイアがピクリと反応する。


「誰の事を言ってるんだい」

「知らないわよぉ。けど、最近会っていたそうねぇ?私とは離れるのに、可笑しくなぁい?」

「何を言ってるんだ」


 発言の意味が分からず、レオガイアが訝しげな目でローゼンティを見る。


「だから、私が燃やしてあげたわぁ」


 口角を釣りあげたローゼンティの自供にレオガイアは目を見開いた。ローゼンティ自身が言った。自分が放火したのだ、と。


「ローゼン、ティ......君がやったのか......?」


 レオガイアは声を震わして訊ねた。


「えぇ。私がやったわ。けど、全て全て貴方のせいよ!」

「僕の、せい......?」

「そうよ!私に構わない貴方のせいでソイツは死んだ!レオ。貴方が殺したのよ」


 ローゼンティがニタリと笑う。彼女の目的はレオガイアの心を折るというものだ。彼女はレオガイアの外見しか見ておらず、心の折れたレオガイアを自分の物にしたかった。


 レオガイアは俯いた。そして小声で言葉を繰り返す。


「......僕が殺した。それは、否定しない。確かに僕が悪かった。油断して君に見られて、この屋敷を燃やされた。確かに僕のせいだろう」

「そ、そうよ!」


 レオガイアの目はやはり無気力なものだ。生きる意味を失った、空虚な目をしている。しかし、心が折れて放心しているわけじゃなかった。それに気づいたローゼンティが慌てる。


「でも、ね。君が放火したという事実は揺らがない。その罪は償わなければならないんだよ」

「な、何を言って──」


 ローゼンティが言葉を言い切るより早く、体を地面に押さえつけられた。身柄を押えたのは騎士達だった。


 レオガイアは騎士達が後を付けている事に気付いていた。釈放したものの、やはり怪しいと見なされ尾行されていたのだ。


 それを利用した。魔術師による放火と聞いた時、レオガイアは犯人がローゼンティだと気付いていた。そして、嫌な事にローゼンティの行動が読めてしまった。


「なっ、離して!離しなさいよ!レオ!助けて!レオ!!」


 騎士達に身柄を拘束され連れて行かれる。その間、ローゼンティはずっと叫び続けた。そのヒステリックに騎士達は顔を顰める。


「ハク。これでとりあえずは良いかな?」


 崩れた屋敷に視線を戻し、小さく呟いた。


 レオガイアは静かに目を閉じてハクを想った。これで許してくれるだろうか、と。


「あれ?さっきの男、どこにいった?」


 騎士の一人が振り向いた時、レオガイアは姿を消していた。忽然と姿を消したレオガイアを不審に思うも、犯人であるローゼンティの方が優先かと気に留めなかった。



 そしてその日、レオガイアは街を去った。

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