幼少期編

いーちわめ

 むちゃり。



 長くボサボサになった銀髪を真っ直ぐに下ろし、やる気のない目をした少女は、何時ものように朝食として食卓に用意した黒パンに齧り付いた。


 その黒パン、安さと保存性が売りの、拳程の大きさでかなり固いものである。まだ5年しか生きていない少女にとって、この食事はするだけで一苦労。なにせ顎が出来上がっていない。大人でさえ、この黒パンはむしって食べることを選ぶと言うのに、少女にはむしる力も無い。その上、むしったとしても対して変わらない。ならば、硬いパンを己が持つ歯と顎で打ち破るしかないのだが......これには諦めざるを得ない。最悪顎を壊すかもしれない、とそれほどまでに無力を感じた。


 また、味も素っ気ないもので、何か塩気のある料理と合わせたり、塩バターを少し塗ったりして食べる事が通例だ。いくら貧乏な家と言えど、最低限の塩はある。しかし、少女に与えられる食糧内に、塩分がかなり少ない。手のひらサイズの干し肉を1切れ。それが唯一と言っていい塩分だ。故に干し肉を1口分、それが1食に出せる量である。


 硬い、更に味が悪い。


 しかし、食事を取らねば生死に関わる。やむを得ず水に浸して、干し肉を噛んで噛みきらずに口に塩分を入れて食す、という行儀の悪い方法を取って食べることにした。咀嚼さえできれば空腹感も満たされる。飲み込めばお腹の中では同じもの。


 また、干し肉を噛みきらない理由は噛み切れないからであった。干し肉も硬かったのだ。



 むちゃ、むちゃ。



 水で浸されふやけた黒パンを、丁寧に1口ずつよく噛んで飲み込む。5歳児の胃袋であるため、それ程の量を必要としている訳では無い。が、食糧がかなり限られている。この黒パンでさえ、1日2つに留めておかねば、次の食糧配達まで耐えることが出来ないだろう。5歳児にして質素な食生活を考えてやりくりしなければならないのだ。


 因みに食料配達というものは、彼女が軟禁されている街<<の領主が食料を届けてくれることである。王族も流石に見殺しをすることには抵抗があったようで、最低限の食料──と言っても一般家庭の子供が食べている量より少ない──が週に一度配達される。彼女はその食料をやりくりして、なんとか生活を続けている。



 さて、ここまで来て本当に5歳児かと怪しくなってくる。



 が、しっかりと5歳児である。母親譲りの長く腰付近まで伸ばした銀髪。残念ながら父親譲りの金瞳。どこか眠たげに半開きした瞼。身長は120足らずといった、とても可愛らしい少女である。彼女自身、自惚れであるが、美少女と呼んでも良いレベルだ。


 しかし内面、精神面は17そこらを過ぎた、青年に属する女性である。確か、彼女の消え掛けの記憶を頼りにすれば、何かのアニメを追っ掛けていたごくごく普通のオタクだったはず。


 俗に言う『転生』を果たした彼女は、王族の娘としてこの世界に新たな生を持った。5歳になるまではこの王家の1人として、順風満帆なリッチ生活に身を浸らせていたのだが、悲劇は唐突に訪れる。


 この国では通例、5歳となった子の才能を教会で見ることになっている。子の成長を確認するための、通過儀礼とも言える行事なのだ。


 この行事──"才覚の儀"は、その子が持つ才能

主に魔法技能について調べることが出来る。他に、神より与えられたスキルも見ることは出来るのだが、大抵の者はその時点でスキルを持っていない。故に、確認するものはあくまで魔法適性だけとなっている。


 魔法適性は、現在確認されている中で、「赤」「青」「緑」「黄」「黒」の色に分けられている。過去に何度か適性無し、ではなく「無」色の適性があったそうだが、今は関係のないことだ。


 魔法適性は言わば才能である。平民ならば1色が殆どであり、2色3色持ちは珍しい。更に、「黄」と「黒」の色持ちも稀有な存在である。


 貴族ともなれば2色3色持ちがざらに居るので、「黄」や「黒」という希少な適性が求められる。


 王族の場合は「黄」の適性が最低条件となっていた。国王に嫁ぎたければ「黄」の適性を持つ必要がある、という訳だ。そしてその間から産まれる子共達は皆「黄」の適性を持ち、王族の血を絶やさないようにしていた。


 そう。軟禁されるまでに至った彼女には、「黄」の適性が存在しなかった。代わりに彼女が宿した適性は「白」。未曾有の出来事に王家は混乱し、そして隠蔽することに決めたようだ。王女の誕生は大々的に報じてしまっていたので、中々に大変な工作であろう。一体自分はどのような突然死を迎え、王宮から消されたと国民に知らされたのだろうか。知りたくは無いが気になるな、と少女は思う。

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