じゅっわめ

 泣き嘔吐きながらケーキを一所懸命に頬張るハクを見て、レオガイアの胸が痛んだ。


 少し高めとは言えたかがケーキでこれ程の感動を覚えるなんて。それ程に苦しい生活だったという事か。


 ケーキと言えば、孤児院ですら年に一度は食せる機会がある。ハクの送る生活はそれ以下という事なのだろう。


 フードの下にあるハクの顔を想像しながら、意外と美味しかったコーヒーを啜る。


 それから数分後、ハクはケーキを完食した。何も無くなってしまった皿を見つめてしょんぼりするも、お腹の許容量的にもこれ以上は食べられない。自身で用意したお茶を飲み、ほっと一息吐いた。


「そうだ。これは何処に置けばいいかな?」


 ハクが食べ終わった事を確認してから、レオガイアは布袋を掲げた。何か入っていそうな布袋。中身はなんだろう、とハクは首を傾げる。


「......それは......?」

「魔物の素材」


 レオガイアの口から出た単語を聞いたハクは立ち上がる。


「......くれるの......?」

「あ、あぁ」


 ハクの喜び様は先程のケーキを目の当たりにした反応を上回る。


 この数年間、錬金術を行う上で使いたいなと考えていた魔物の素材。それはハクにとって何よりも嬉しいプレゼントであった。


(そんなに嬉しいものかな......?)


 頭の中で何に使おうかと考え始めたハク。表情こそ見えないが、とても喜んでいる事だけはよく分かる。


 やはり変わった子だ、とレオガイアは思った。


「欲しかったんだろう?」

「......うん......いいの......?」

「もちろん」

「......えへへ......ありがと」


 レオガイアから布袋を受け取ったハクは、それを小さな体で抱き締めた。誰にも渡さないぞ、という感情を表しているのだろう。


 中身は魔物の角や皮。まだ血肉の含まれないマシな部位ではあるが、女子受けするものでは無い。嬉しそうに抱くハクは異常だ。


「まぁ、ハクちゃんが喜んでくれたのなら良かったよ」


 喜ぶものは人それぞれ。ケーキにしろ魔物の素材にしろ、良い反応を見れたのだ。対価としては十分だったな、とレオガイアは満足気だった。


「そういえばハクちゃん──」

「......それ」

「──ん?」


 レオガイアから受け取った布袋の中身を確認していたハクだが、手を止めてレオガイアに視線を向けた。


「......ちゃん付け......辞めて......気持ち悪い」

「ひ、酷くないかな......?僕の方が年上だし、ちゃん付けは可笑しくないと思うけど」


 それに外見が外見だ。ハクの見た目は13に見えない幼女。ちゃん付けは妥当な呼び方であった。


「......ハク、で......良い」


 ハクは小さく呟いた。か細い声だが譲る気は無い、という意思も見える。 


「分かったよ、ハク。でもその代わり、僕の事も名前で呼んで欲しいな」

「......強盗さんじゃ、ダメ......?」

「強盗さん呼びで喜ぶ人はそう居ないよ......」


 何故、自分の名を呼び捨てにさせたのに、人を呼ぶ名はそれなのか。レオガイアはため息を吐いた。


 確かに、第一印象は悪かった。理由はどうであれレオガイアはハクの住む屋敷に不法侵入したのだ。強盗、そう思われるのも無理はない。


 しかし、こうして席に着いて話し合えているのだから、その認識を改めてくれてもいいのではなかろうか。とレオガイアは苦笑する。


 レオガイアの言葉で少し悩んだハクは、ゆっくりと口を開いた。


「......盗賊さん、は......?」

「もっと嫌だから!」


 変化しないハクの認識に、レオガイアは声を荒らげて溜息を吐いたのであった。

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