はっちわめ

 翌朝。日が昇り、朝日がハクの顔を照らす。その眩しさに夢から引き上げられた。


「......んひゅぅ......」


 抜けた声を漏らして目を擦る。いつの間にベッドへ移動したのだろう、それを思い返すも記憶が無い。きっと寝惚けた状態で飛び込んだのだ、と思う事にした。


 ベッドの上で起き上がり、小さく伸びをして体を解す。


 久々に快眠出来た。その明確な理由は分からないが、恐らく魔法を使わずに寝たからだ。何時もは限界超過の魔法行使後に眠る為、睡眠と言うよりも気絶であった。それが、今回はしっかりと魔力を残したまま寝落ちた。妙に温かさを感じたのも魔力が残っていたからか、と納得した。


 それから欠伸を殺さずに漏らし、ベッドから降りる。そして、何故か椅子が2つ付けられた机に目を向けた。


「......メモ......?」


 紫色の液体、身長を伸ばす薬品が入ったガラス瓶の下に、1枚の紙が置かれていた。それを手に取り読んでみる。


「......あぁ、強盗さん......」


 そこには幾つかのハクに関する情報が綺麗な文字で書かれていた。これらを話した記憶は無い。そして、ここに書かれている情報は確かなもの。つまり自白薬に効果があった、という事だ。


 ハクにとって薬は我が子のような存在だ。それが完成した、という喜びは大きかった。にまにまと口角を緩ませて、そのメモ用紙をポッケにしまった。


「......朝食......食べよ」


 椅子に座り、机にコップを出す。そのコップに水を注ぎ、栄養キューブを1粒取り出した。


「......もきゅもきゅもきゅもきゅ......」


 慣れ親しんだ食事を済ませ、昨晩から放置し続けた薬品に目を向けた。


「......飲むか......」


 水を飲み干したハクがガラス瓶に手を伸ばした。


 その途中でピタリと手を止める。何かを思い出してしまったようだ。


「......身長.........記録しないと......」


 昨晩の失敗から元データを取るという事を学習したハク。どうやって身長を測ろうか、と思案する。


 壁、水平な板、ペンさえあれば簡単な計測なら可能だ。それらはこの場に揃っており、魔法を駆使すれば容易に行える。


「......後でで......良いか......」


 しかし、それをする気が起きず、身長の計測も新薬の試飲も後回しにすると決めた。以前なら何よりも優先して行っていた事に対して、重要性を感じられなくなってしまった。


 静寂な部屋の中、ハクは静かに動き出す。


 いつの間に脱げていたフードを被り直し、廊下へと足を運んだ。


 閑散とした、薄暗い廊下をゆっくりと歩く。てくてくと歩き、開きっぱなしの古びたドアから庭へと出た。


 数度の深呼吸で外気を取り込み気分を変える。


 伸ばしっぱなし草木で覆われて目も当てられない庭。その一角にハクは降り立ち、天に向かって指を立てた。


「......火、土、雷、風、水、闇、毒......光」


 そして言葉を紡ぐと、ハクの周囲に8つの玉が作り出される。それら全てがハクの使用可能な魔法。検証に次ぐ検証の末、このような属性魔法が使えると判明した。


「......よっ」


 それらを巧に操り、日課となっている魔法連絡を始めた。



 小一時間経った頃、魔法の練習を辞めた。まだまだ魔力は有り余っているものの、やる気が起きなくなってしまったのだ。


 重たい足を動かして屋敷内に戻り、自室を目指して歩いて行く。


 その途中、遠回りをして昨晩レオガイアと出会った場所にやって来た。


「......再起動」


 停止させていた罠を目覚めさせる。魔力を注げば起動し、そして待機状態に移行した。


「......これで良し」


 それを確認して満足すると、また足を動かして廊下を歩き始めた。


 ドアの閉まらない自室に戻ると、机に寄せられた椅子に腰掛ける。運動という運動は廊下の散歩しかしていないのだが、ハクの両足は悲鳴を上げていた。 


「......」


 グラスに水を入れ、一口飲む。


「......はぁ」


 対面の空いた椅子を見つめる。


「......」


 空虚な時間だ。この8年間、特に感じてこなかった孤独感が、今になってどうして襲ってくるのだろうか。


 昨日まで自分がどのように時間を潰していたか分からなくなる。どんな風に生活していたのか。どんな風に、この孤独を耐えていたのか。それらがさっぱりと分からなくなった。


 何もする気が起きなくなり、椅子に座ったまま動かない。



 無為な時間だけが過ぎていく。



 眠ってしまったかのようにぼんやりと佇み、過ぎ行く時間を無駄にする。



 太陽が真上に昇りきり、降り始めて暫く経った頃。


 コンコンコン、とドアをノックする音が響いた。


 その音に気付いたハクは、ゆっくりとした動きで音がしたドアの方へと振り返る。


「やぁ、ハクちゃん。昨日ぶり」


 そこには、何かが入っていそうな膨らみのある布袋と、紙箱を持ったレオガイアが居た。そして、ハクが振り返った事を確認し、笑顔を作ってそう言った。


 不法侵入め、女子の部屋を覗くなんて失礼な男だ、音も無くやって来るな。


 様々な言葉が頭を過る。どれを口にしようかと悩んでいると、無意識に口角が緩んでしまった。


「......いらっしゃい、強盗さん」


 そして選択肢には無かった言葉がすんなりと喉から出てしまう。


 そんなハクの声は少し明るかった。

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