にっっじゅっごっっわめ

 あれから3時間。レオガイアは休むこと無くゴブリン達を狩り続けた。そこら中にレオガイアが作り出した死骸が散乱している。ゴブリンやオークは暗殺者の存在に警戒し始め、逃げ出す者も存在した。


 逃げた魔物はそのまま逃がし、逃げられるという思考を魔物に与える。そうする事で、恐怖を覚えた魔物は逃走を躊躇なく選べるのだ。


「と思っていたのに、割と逃げないな」


 大半の魔物は逃げない。周囲を警戒し、暗殺を対処しようと試みている。


 また一体の魔物を狩ったレオガイアは息を吐き、街の方へと視線を向けた。まだまだ魔物は多くいる。全て狩ることを考えると、途方も無い作業に思えた。


 その先に1つ大柄な魔物の存在を捉えた。体躯がオークより一回り大きい。あれがこの大群の頭であろう。


 そして魔物達が中々逃走しない理由に気が付いた。


 魔物達は暗殺者たるレオガイアよりも、頭の方を恐れている。ここで逃げて頭に歯向かうよりも、姿を見せない暗殺者に立ち向かう方が怖くない。そう考えているのだ。


 実に魔物らしい思考である。この思考が大群を作る要因の1つだ。


「頭を獲れば逃げるかな」


 レオガイアはボソリと呟き、魔物達の間をすり抜けながら交戦中の頭へと接近した。


 移動しながらも手近なゴブリンの首裏を掻き、その息を止めていく。数体のゴブリンとオークを仕留めた時には頭まで10メートルとなっていた。


 冒険者達と頭──大柄なオークが闘っている。その周囲でも冒険者達とオークやゴブリンとの戦いが起こっており、ゴブリンだけでなく冒険者の死体も幾つか転がっていた。


 噎せ返るような血の匂い。それもレオガイアは慣れたもので、離れた場所から冷静に冒険者と頭との闘いを眺めていた。


 頭はオークの上位種である。3メートル近い巨体から繰り出される怪力は街の壁を容易く崩す。実際に整備された道路を打ち砕いていた。まともに喰らえば一溜りも無い。


 レオガイアは息を潜め、機会を伺った。確実に殺せるというタイミングまで待つ。その間気配や存在をその場から消しておく。


 レオガイアが待機してから数分が経過した。冒険者側が劣勢にある。頭は非常に高い攻撃力を持ちながら、鋼のような硬い肉体も持ち合わせている。どちらとも厄介なもので、闘っている優秀な冒険者パーティも押されていた。


 その時、剣士の1人に棍棒が直撃した。横殴りの棍棒を避けきれず、吹き飛ばされた剣士は壁に当たって転がる。


 彼こそがその冒険者パーティのリーダーであり要であった。彼が倒れた事で他のメンバーは狼狽し、表情に絶望の文字が浮かばせた。


 まだ動かない。


 頭が倒れて呻き声を漏らす剣士に近付いた。ニヤリと口角を緩ませ、勝利を確信している。そして、トドメと言わんばかりに棍棒を掲げた。


 高く持ち上げられた棍棒。その威力は風前の灯である彼の命を容易く消し飛ばすだろう。もうダメだ、と誰もが絶望ひた。


 そのタイミングでレオガイアは動き出した。頭だけでなく、その他全員がが剣士のみに意識を向けている瞬間だった。


 気配を殺し、音を殺し、レオガイアは瞬足で頭に肉薄すると、その首に飛び掛った。


 そして、首裏に左手の短剣を突き刺す。鋭利な刃は容易く皮膚を突破し、その首に深々と突き刺さった。


『グォォォォッ!?』


 不意に襲った激痛に頭は身を捩らせた。そして棍棒を手放し、首裏に刺さる短剣を抜こうと手を伸ばした。


 それをレオガイアは許さず、今度は左手の短剣を首の横に突き付けた。その一撃で頸動脈が切れ、勢いよく鮮血が舞った。


 飛び降りて離れたレオガイアは悶え苦しむ頭を眺めた。その後間もなくピクリとも動かなくなる。絶命したのだ。


 あっという間に起きた出来事に、誰一人として反応出来ない。


 まず、気付いたのは近くにいたゴブリンだった。それが叫び声を上げ、次にオークが雄叫びを上げる。次々に叫び声は恐怖となって広がり、一目散に逃げ出し始めた。


 彼等にとって絶対的強者である頭が倒された。その事実だけで大群は崩壊。撤退を開始したのである。


 大群が去ったことを確認し、レオガイアは一息吐いた。そして未だに倒れている剣士の下へと寄る。


「これ、回復薬だから飲むといいよ」


 魔法袋から取り出した回復薬をその剣士に放り投げた。ハク特製の回復薬。剣士が負った傷も瞬く間に癒せるだろう。


 その要件だけを済まし、直ぐにその場を後にした。気配を消して、盛り上がる冒険者達の間を縫って街へと潜る。


「レオ!助かった!」


 剣士の声はレオガイアに届いた。しかし、反応は無かった。



 レオガイアは何時もよりも静かな街を歩く。魔物の大群のせいでこんな状態になっているが、撃退出来た事で今夜は何時も以上に騒がしくなるだろう。


「疲れた......今日はハクに抱きつこ......」

 

 きっと外の様子も知らず、呑気に錬金術をしているのだろう。そしてレオガイアの疲労も分からず、首を傾げるのだ。


 そんなハクを思い浮かべ、少し軽くなった体を動かす。


 既に外は暗い。昼前の訪問を予定していたのに、魔物達との交戦のせいで日が暮れた。


 ハクから労いの言葉を貰えれば今日の報酬としては十分。


 そう思いながら足を動かす。ハクの屋敷を目指して足をとめない。


 その時、レオガイアは違和感を覚えた。


 何故か人が多い。この周辺には特に何も無く、人が寄りつくものなどないはずだ。


 慌ただしく動く者も居た。彼等は騎士のように見える。そんな者達が慌てた様子で動いていた。


 それらに気を取られるも、足を早めて屋敷を目指す。ハクの場所まであと少しだ。そこにさえ辿り着ければ気を抜く事が出来る。


 レオガイアは駆けた。


 そしてハクの屋敷付近で、またしても大きな違和感を覚えた。



 そこは明るかった。異様に明るく、熱かった。


「なん......で......」


 レオガイアの目にハクの屋敷が映る。通い慣れた古びた屋敷。


 外壁は老朽化が進んでボロボロ。庭の草木はぼうぼう。そんな廃屋敷が目に映った。


 この周辺に街灯はない。日が暮れば真っ暗になってしまう場所である。周囲に明かりなんてものはなく、また屋敷内からも殆ど明かり漏れも無い。


 普通ならば暗いはずだ。もう、この時間で十分に暗い。



 なのに明るかった。



 その要因は目に写っている。しかし、理解を脳が拒んでいた。



 そんなことが認められるわけが無い。視覚情報を完全に疑っていた。



 これは夢に違いない。



 有り得ていい筈がない。



 飲み込む事を拒む景色を、無理やり飲み込んだ。



 屋敷が、燃えていた。



 大きな火を作っている。



 真っ赤な炎が、ハクの屋敷を包んでいた。


 それを認識した瞬間に足元がぐらついた。体が崩れそうになる。


「ハク......!ハク......!!」


 レオガイアは燃える屋敷に飛び込もうと駆け出した。足取りは疲労と焦燥で覚束ず、非常にふらふらな走りだった。


「おい待て!危険だぞ、離れろ!」


 そのレオガイアを1人の騎士が止めた。


「離せ!止めるな!ハクが、ハクが......!!」

「何を言ってるんだ!死にたいのか、お前!!」


 燃え、崩れ始めた屋敷に手を伸ばして、レオガイアが叫ぶ。


「ハクーーッ!!」


 それでも尚動こうとするレオガイアを、騎士2人がかりで押さえ付ける。そして拘束されたレオガイアは、崩れ行く屋敷を眺める事しか出来なかった。

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