第36話 繊維強化の魔術

 防具……と言うとまず、騎士のような鎧姿を思い浮かべるだろう。

 鋼の鎧は防御力は高いが、攻撃スタイルによっては必ずしも最適解にはならない。

 例えば魔術師の定番の格好と言えば黒いローブだが、これは特殊な素材で作られていて魔術に強い。術師によって様々な魔術式が書き込まれていて、これも立派な防具である。

 冒険者になるとまた少し事情が違う。後衛に徹する軍の魔術師と違い、冒険者は魔術師であっても時に前にでて魔物と肉弾戦になることもある。その装備は適度な防御力と、何より動きやすさが重視される。


 ◆◆◆


 村は人で溢れかえっていた。と言っても、歩き回っているのは村人ではない。

 俺たちに近寄ってきたのは、この国の騎士だった。


「お前たちは冒険者か。どこから派遣された?」

「バレクで義務依頼の受付をしました」

「そうか、協力感謝する。この村は今、国軍が陣を張っている。そちらの一角が冒険者の休憩所だ。治癒術師と薬師もいるがあまり本格的な治療は出来ない。怪我をするくらいなら逃げ帰れ」


 ここにいるのは国の兵士と冒険者たちで、村人たちはどこか他の町に避難していた。冒険者に割り当てられている場所では、夜になって引き上げてきた奴らが野営している。

 話を聞くと、今日一日でかなりの数の魔物を倒したという。

 けれど見た感じ、魔物の群れは一向に減る気がしない。日が落ちた後も、兵士は交代で魔物と戦っている。冒険者の多くは暗くなってからは、巻き添えを食わないように付近の村に引き上げていた。

 我々もここで朝を待って、明るくなってから外に出た方が良さそうだ。


 結局船で一緒に来た五人が仮のチームのようになった。ヨンさんたちと一緒に焚火を囲んで仮眠する。そして夜明けにはまだ遠い真夜中に、ガシャガシャと音を立てて甲冑の騎士が近付いてきた。


「誰か、火属性の得意な魔術師はいないか」


 冒険者の一団から数人が声を上げた。私とヨンさんも立ち上がった。


「軍の魔術師で明かりを担当していた者が負傷した。他の魔術師ももう魔力切れが近いんだ。誰か明かりを作るために一緒に来てもらえないだろうか」

「では私が。今来たばかりで魔力もありますから」

「俺も一緒に行こう」

「すまんな。頼む」


 結局私とヨンさんが騎士と一緒に行くことになった。


「ユーリケ、後で合流できるか分からないですが……」

「まあクレイなら大丈夫だろ。俺も朝になったら適当にやっとくわ」

「他の人に迷惑かけないように!」

「へいへい」


 二人の騎士がそれぞれ、私とヨンさんを馬に乗せて村の外へと出た。馬の進む方向からはザワザワと不吉な音が聞こえ、幾つもの光が打ちあがったり消えたりしている。魔術師の攻撃や、魔物たちのいる場所を照らす明かりだろう。

 歩いていけばそれなりに時間がかかるだろうが、馬だとあっという間にチュレヤの近くまで来た。


「ここならまだ安全だ、出来るだけチュレヤに向けて遠くまで明かりを飛ばしてくれ」


 明かりが必要と言われたので、手に持っている杖は支援魔術用のものに替えた。あまり強い魔術は使えないが、火・水・土の三つの魔石が埋め込まれて、支援に適した魔術ばかり選んでセットしている。ライトの魔術は使う場面が多いので、火属性の杖と支援の杖の両方にセットしておいたのは幸いだった。


闇を照らす炎ライト

「ライト」


 私とヨンさんが明かりを打ち上げて、あたりの風景がよく見えた。

 目の前に広がるのは、全く酷い光景だった。

 何百という魔物と国軍の兵士たちが戦っている。その周りに小さな魔物は数えることもできないくらい無数にいて、それがすごく邪魔だった。


「夜の間私達にできることといえば、ライトくらいですか?」

「魔物と人が入り混じってるからな。あまり大掛かりな攻撃魔術は使えん」

「せめて小さい魔物くらいは一掃したいんですが」

「明日の朝、軍の魔術師達が大規模な術を使う予定になっている。それまでなるべく魔物が散らないように、この辺りにとどめておくのが我々の仕事だ」


 軍の魔術師の多くが明日の朝に備えているため、ライトの魔術を使えるものがいなくなったという事らしい。私たちが今できることは明かりを灯すことだけ。だったらできるだけ広い範囲を照らしたほうがいいだろう。


「ヨンさんはここからライトを打ち上げてください」

「クレイドルは……ああ、お前にはアレがあったか」

「ええ。では騎士様、私はちょっと上から皆を照らしますね」


 腰のホルダーから魔術書を取り出し、ページを開いた。

 そして魔術式にそっと魔力を流す。私が流した魔力が魔術式で変換されてまた戻ってくる。渦巻く風の魔術だ。


「風は動き足元に集まる。我が身体は重みをなくし自由に空を舞う。飛翔!」


 詠唱の言葉とともに私の身体はふわりと浮き上がって、真っ暗な空へと向かった。


 ◆◆◆


 私が自分の装備で重視するのは、軽さだ。

 冒険者として行動するとき、背負い袋の中には予備の杖や最低限の野営道具が入っていて、戦闘中も常に持っていることが多い。そのため細々とした一つ一つの道具も小型軽量化を心がけている。

 背負い袋は背中にぴったりと貼りつくような作りで、一種の防具のようなものだ。ただの服や布の背負い袋に見えるものも、魔術師であればたいていは魔術式が組み込まれている。


 魔物と戦おうと思うならばかなり複雑な魔術式を必要とするが、ほんのちょっと防御機能を強化するだけならば、簡単な魔術式で事足りる。

 このページで紹介するのは、布の繊維を強化する魔術式だ。土属性と木属性の魔術の応用であり、鋼の固さと草木の柔軟さを併せ持つ繊維になる。ただし魔術の効果はずっと続くわけではなく、1週間程度で効果は切れる(注1)。

 この魔術式の上に服を乗せてから、そっと魔力を流そう。大人のシャツ二枚程度の大きさまで魔術の効果が出る。必要なクレジットは一回につきたったの5Gである。

 例えばこれでズボンを強化してあれば、子供が転んだときにズボンに穴が開いて膝をすりむくなどということはないだろう。

 小さな子供はよく転ぶものである。また刃物などで狙われやすい人にも有用だと思われる(注2)。心当たりのある人は一度この魔術を検討してみてはいかがだろうか。



 ――――――

(注1)布に直接魔術式を書き込むわけではないので、効果が切れても服自体は形を保つのが利点ではある。

(注2)繊維の強度は上がるが衝撃を吸収するわけではないので、骨折を予防できるわけではない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る