第15話 感知発光魔術
諸君は釣りをしたことがあるだろうか。
天気の良い日に海や川でのんびりと釣り糸を垂らす。獲物は魚か、蟹か、それとも滅多に見られない大型の魔魚か。
けれど釣りをするのはなにも人間だけの特権ではない。注意深く自然を観察すれば、獣や矮小な虫ですらもまた、釣りをすることがある。
そして……ときにその獲物が人である可能性を忘れてはならない。
◆◆◆
野営の夜は静かに更けていく。さっさと寝たユーリケと比べてステラはなかなか寝付けないらしく、ぼんやり焚火を見ながら、時々木の枝を放り込んでいる。
私は見張り中。こういう時は集中しない方が良い。肩の力を抜いて、感覚を緩く四方八方に広げるようなイメージだ。街道沿いの野営地は比較的安全だが、そのすぐ外の暗闇では時々何かがうろついている気配がある。隙あらば今夜の食料にとでも思っているのかもしれない。
肉食の獣も怖いが、やはり危険なのは魔物だ。腹が減っているとき以外は襲ってこない獣と違って、魔物は独特の価値観で襲うタイミングを計っているように思う。
「きゅー」
小さなか弱い声がする。小動物が紛れ込んできたのか? その声に、場所が近かったステラが一番に反応した。
「うわあ、可愛い」
周りに遠慮して小さな声で、歓声を上げて闇に浮かぶ小さな白い影に手を伸ばす。子猿だ。母親とはぐれたのだろうか?
猿は案外獰猛で危険だが、小さい頃はどんな獣だって可愛い。
いや、まてよ。焚火の明かりの届かない闇のその向こうには……。
「だめだ、ステラ!」
「え? えっ、きゃああああああああ」
「ステラ!」
子猿に向かって伸ばしたステラの手を、闇の中から何者かが掴んで勢いよく引っ張った。
ステラは闇の中へと連れ去られ、私は杖と自分の魔術書を掴んですぐさまその後を追う。この騒ぎでユーリケもすでに目が覚めている。すぐに剣を持って後を追ってくるだろう。魔術書を開いてすぐさまライトであたりを照らす。
闇に紛れていた魔物の身体が見えた。ステラを抱きかかえて走るのは
あとを追いながら身体強化の魔術を自分と、そして追いついてきたユーリケにかける。
「ありがとよ。先に行くぜ」
「すぐに追いつきます」
どうしても身体能力の高さではユーリケにかなわない。私は走りながら魔術書のページをめくり、ステラを助けるために使える魔術を探した。
前を走るメラーノアッフェはステラを抱えたまま草むらの中に飛び込む。
「きゃああああ」
身体に枝葉が当たったのだろう、ステラがまた悲鳴を上げた。草むらは大人の背丈ほどもありステラとメラーノアッフェの姿を隠す。
そのまま奥の森に逃げ込まれたらまずい。
「私は上から行きます」
「おう!」
あとを追って草むらに飛び込んだユーリケに声を掛けて、風の魔術を自分にかけた。うまく隠れたつもりのメラーノアッフェも、上空から見れば一目瞭然だ。魔術用の杖を腰の短剣に持ち替えて、狙いを定める。
短剣には濃い紺色の魔石が填まっている。氷の魔力を秘めた魔石だ。私の流す魔力に反応して剣から氷の矢が飛んだ。短剣はいうなれば武器の形をした杖である。攻撃性が高い魔術を繰り出せる。
氷の矢で足止めされたメラーノアッフェを、後ろから追っていたユーリケが一撃で斬った。
空から急降下した私が、メラーノアッフェの手を振りほどきステラを抱き寄せる。
腕の中で震えていたステラだったが、一呼吸おいてようやく声を上げた。
「うわあああああん」
私はただ、彼女が落ち着くまで背中をさすってあげることしかできなかった。
彼女が落ち着くのを待って、野営地に戻る。
「怖かっただろうけどよ、助かったんだ。気にすんな」
「そうですよ」
「……うん」
彼女に説教する必要はない。誰よりも身をもって不注意を悟ったのだから。
私もまた、見張りとしての注意が足りなかったことを心中で深く反省していた。そばに寄ったのがただの獣にすぎないと、一瞬の油断があった。
これ以降、私とユーリケはそれまで以上に周囲に気を配り、さらには安全に過ごせるための魔術式の開発にも力を入れることになる。
試練は人を強くする。
ただし生きのびられたならば。我々はそのことを改めて肝に銘じた。
◆◆◆
そんな経験を通して私が思いついた魔術式の一つを紹介しよう。
諸君がもし野営をすることがあるならば、これはきっと役に立つはずだ。
ニホンの言葉でセンサーライト、言い換えれば「感知発光魔術」とでもしようか。
毒霧などから身を守る風の結界魔術の応用で、その結界に火と水の属性魔術を混ぜておく。この結界を横切るものがあれば光が3分間辺りを照らす。
暗闇でいきなり光を浴びた敵が、一時的にでも視力を奪われたり驚いて動きが止まる可能性は高い。さらに明るければ後を追うこともできる。
感知発光魔術は一度発光すれば効力を失うが、一回わずか10Gのクレジットで作ることができる。魔術式は、結界の範囲半径2メル、5メルの二種類を用意した。どちらも10Gだが発動に必要な魔力が違うので注意してほしい。
なお誤作動を防ぐために大人の掌よりも小さなものには反応しないので、感知発光魔術があるからと油断せずにちゃんと見張りはするべきであろう。
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