第28話 炭酸水の魔術

 漁師や海で働く冒険者にとって、獲物を冷やすのは死活問題である。

 魚やクラーケンを美味しいまま市場に運ぶために、海辺の町では氷属性の魔術が盛んに研究された。

 必要は発明の母である。人は困難な状況に陥った時こそ新しいことを考えつく生き物なのだ。


 ◆◆◆

 

 宿で一泊して翌早朝、バスコの案内でギルドから港に向かった。

 バスコの船は個人所有にしてはかなり大きい立派なものだった。


「ああ、猟師じゃねえからな」

「ほう」

「狙う獲物が大きいのさ」

「ああ、なるほど。冒険者が狙う海の魔物と言えば、クラーケンですか?」

「まあ積極的に探しはしないが、見つけたら狩るようにしてるぜ。海竜と違ってクラーケンは漁船を襲ったりするからな」


 乗組員はバスコを入れて七人。そのうちの三人が私たちと一緒に島に上陸することになっている。島での戦いは機動力も必要なので、人数が多ければいいというわけではない。ダンジョンと同じことだ。

 近海は凪いでいる日が多いので、ほとんどの船は魔石を使った動力で進む。今は副船長が操舵していて、船長のバスコは私たちに島の説明をしている。

 彼は遠くに小さく見える島を指さした。


「あれが今から向かう島だ。人は住んでねえ」

「近海と聞いていましたが思ったより遠いんですね」

「そうでもねえぞ。あのくらいの距離なら泳いでこっちまで渡ってくる魔物もいるだろうさ。そうすりゃ、クラーケンやサメも餌を求めてこの海域に集まってくる。そうなる前に処理してえのさ」


 なるほど、島だからそのまま行かなければいいというわけではないのか。

 そしてユーリケはバスコの説明を聞いてるんだかどうだか。船縁から海を覗いて「おおっ」と楽しそうに声を上げている。


「ははは。気をつけろよ。クラーケンは急に触手を伸ばして海に引きずり込むからな」

「へええ。そりゃおもしれえな」

「クラーケンに引きずり込まれたらまず助けには行けんから気を付けろよ」

「おうっ」

「じゃあ島に上がる奴らを紹介しよう」


 二人の船員が軽く手を挙げた。


「ルカ。魔術師だ」

「マテオだ。槍を使う。よろしくな」

「そしてもう一人は俺だ。船の上じゃもりを使うことが多いが、島じゃあ剣を使う」

「ユーリケ、剣士だ」

「クレイドル、魔術師です。攻撃は主に火属性の魔術です」

「ほう。俺は氷系の杖を使う」


 ルカが言った。魔術師は本人の魔力の属性だけでなく持っている杖の性能で使える魔術が違う。私は何本か持っている中から攻撃力の高い火属性の杖を選び、ルカは船で働くときに便利な氷系の杖を選んだんだろう。


 自己紹介の後で島の様子を聞いているうちに、船が到着した。

 島は普段から上陸しているらしく、船を停めやすいように岸を整備してあった。

 私たちが上陸している間、副船長たち四人の乗組員はここで船を守る。

 バスコの案内で私たちは海岸から島の奥へと向かった。小さい島だが木が生い茂り、見慣れない実も生っている。


「あれはパルムだな。殻は固いが中に水が入ってて飲める。レクセルじゃあよく料理にも使うぞ」


 そんな解説を聞きながら歩いていると、上空に黒い影が横切る。

 島で最初に襲ってきたのは鳥の魔物だった。


 ◆◆◆


 氷系の魔法は水属性の上級魔術だと言われているが、魔術師ではない一般の家庭では普及しているとは言い難い。

 それは非常に多くの魔力を必要とするためだ。まず高価な魔道具を買い、そのうえさらに珍しい氷属性の魔石を年に二、三度も取り換えなければならない。

 もう少し安価な冷蔵の魔道具は最近徐々に普及してきている。これは比較的簡単に手に入る水の魔石と風の魔石を使って冷やす魔道具が開発されたからだ。


 少し前のページでアイスクリームを作る魔術を紹介したが、これは氷属性と風属性の組み合わせでかなりの低温を作り出している。アイスクリームを凍らせるには水を凍らせるよりも低い温度にする必要があるからだ。


 つまりただ水を冷やすだけであればそこまでの魔力や技術(注1)は必要ない。

 そこで少しだけ工夫して、水の中に空気中の二酸化炭素を無理やり閉じ込める魔術式を考案してみた。厳しい暑季を乗り切るために爽やかで冷たい炭酸水はいかがだろうか?

 水の入ったコップを用意してほしい。それをこの魔術式の上に置いてそっと魔力を流そう。必要な魔力は少し多いが、冷たくてエールのように発泡する炭酸水ができるだろう。

 必要なクレジットはコップ一杯につきたったの5Gである。

 暑い日を快適に過ごしたい。そう思っている諸君にぴったりの魔術式だ。


 ――――――

(注1)氷属性などの複雑な魔術式を書き写すのは、とても集中力と根気の必要な作業である。

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