第27話 ライフジャケットの魔術

 海は良い。

 レクセルの港から見る海は、一年を通して凪いでいる事が多い。

 青い海原にぽつんぽつんと浮かぶ島は緑の木々で覆われ、空には多くの鳥が舞っている。

 鳥がいるということは、すなわち海の中に多くの魚がいるということだ。

 多くの恵みをもたらす海。

 だがそこには陸地にはない危険もある。


 ◆◆◆


 フェンリルを倒した我々は、トレントから枝を数本切り取るとその場を離れた。

 トレントは魔道具にも加工しやすく高価な素材だが、堅くて太い幹は剣で切るのは難しい。トレントがいた位置と証拠の枝を一本提出すると、冒険者ギルドから職員が伐採に赴く。そして無事にトレントを倒した後、素材を売った代金の中から一部報奨金として口座に振り込んでくれる。

 苦労して自分で伐採するよりも、そのほうがよほど効率がいい。


 その晩は野営したけれどゆっくりと寝ることはかなわず、何度も魔物に襲われる。レクセル周辺で魔物が増えているという現状をひしひしと感じた。

 最後は寝ることを諦めて、私たちは明るくなってからすぐに歩き始める。途中何度か魔物と戦いながら、レクセルへはその日の午後に着いた。


 その日のうちに依頼の登録を済ませるため冒険者ギルドに行った。この日は早めに休んで翌朝から町の周囲で魔物を狩ろうと話していると、ギルド職員が近付いてユーリケと私を別室へと案内する。

 そこに待っていたのはレクセル支部のギルド長と一人の冒険者だった。


「ギルド長のイグナーツだ。ユーリケ君とクレイドル君だな」

「はい」

「チュレヤのギルド長から推薦状が届いている。君たちには少し特殊な地区の魔物を担当してほしいんだが」

「詳しく話を聞かなければ何とも……」

「それは俺から説明しよう」


 大柄で真っ赤に日に焼けた冒険者が手を挙げた。


「俺はバスコという。レクセルで冒険者をしているが、俺が主に稼いでるのは海だ」

「海……海には元々魔物は少ないと聞きましたが」

「少ないが、いないわけじゃない。それに近海にいくつか島があってな。船を持っている俺や仲間が島の見回りもしてるのさ」

「なるほど」

「今回の魔物の大発生はレクセルの町の周囲三か所で同時に起きた。そのうちの一つが島だった」


 バスコが言うには、島での大発生が見つかったのはつい昨日のことらしい。普段は海に出る冒険者達も、この非常事態に陸にいる魔物を倒していた。

 島の魔物を見付けたのは漁師だった。海中に網を仕掛けた後いつものように島に上陸した漁師は、そこで普段はいないはずの魔物に襲撃された。大怪我を負った漁師の報告で慌ててバスコたちが確認に行くと、そこに大発生の兆しがあったという。


「もしかしたらもう、島にはダンジョンができているかもしれない」

「それは大変な……」

「だが先月はまだそんなものは無かった。たとえダンジョンができていたとしてもまだ浅いはずなんだ」


 バスコの言葉に頷いてから、ギルド長が依頼用紙を取り出した。


「君たちには、バスコと一緒に島の調査をお願いしたい。今回の義務依頼の範疇に入るとは思うが、特殊な場所なので一応君達の意見は聞こう」

「どうする? クレイ」

「ユーリケは行きたいんでしょう?」

「まあな」

「分かりました。この仕事、お受けします」


 ◆◆◆


 ところで諸君は泳げるだろうか?

 大きくしっかりとした船に乗っていれば、泳げなくても大丈夫だ。そう思っているかもしれない。だが海というのは危険で、いつ荒れて海上に投げ出されるかもしれない。

 例えば向こうに見える島まで泳いでいける能力があったとしても、海中には船から落ちてきた美味しい餌を待ち構えている巨大生物がいるかもしれない。

 海に出たならば、最低限自力で浮けることは必須である。さらに安全を確保するために、この魔術式を乗せておこう。

 これは水で濡れることによって服に膜を張り、中に空気を閉じ込めて水に浮くようにする魔術式である。

 出来るだけからだの全体を覆う服にこの魔術式を書いておくと、万が一海に落ちても助けが来るまで浮いて待っていることができる。泳ぐのは少し難しいが、沈まないので島に向かってバタ足で進むこともできなくはない。


 布に書く魔術式なので一度しか使えない。しかしたったの100Gで安心を買うことができるなら安いものだろう。しかもこれは海に落ちた時に自動で発動するし、落ちなければいつまでたってもクレジットを支払う必要はない。


 ただし大量の水を浴びると誤作動するので、大雨の日などは気をつけたほうが良い。




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