第12話 ノミ退けの魔術
私も子どもの頃、魔術師の才能に気付くまではずっと、テイマーになりたいと思っていた。
テイマーの間で語られている格言に「狼がフェンリルになる」というものがある。テイムした魔物を根気よく育てていたら、思いがけない進化をすることがある。弱い魔物であっても諦めないようにという意味だ。
魔物は人の敵であるが、テイムされた瞬間から友に変わる。それこそがまず第一の進化なのかもしれない。
◆◆◆
多くのテイマーの最終目標は、ドラゴンをテイムすることだろう。
この世界で自由に空を飛ぶ数少ない手段の一つであり、また魔物の中で最強と言われるドラゴンを従えるということは強さの証明にもなる。
ドラゴンと同じくらい、狼型の魔物フェンリルや虎型の魔物ティグリス、馬型の魔物エクウスなどは能力も高く人気のある魔物だ。もちろんテイムしたものに限る。野生のフェンリルの群れに襲われた時には死を覚悟したものだ。
テイムできるのは魔物だけではない。フェンリルなどの魔物に比べて、普通の獣である狼や虎や野生の馬などは簡単にテイムできる。そのため獣をテイムしている者は下級のテイマーと扱われがちだが、そうではない。
獣も魔獣も、それぞれに異なる特徴や性格を持っていて、出来ることも全く違う。何をテイムするかではない。テイムして何を為すかが大切なのだ。
地竜は大型の魔物ではあるが、性格も大人しくテイムしやすいと言われている。
名前に竜とついているがドラゴンとは全く違う生き物だ。人の背丈の倍はある大きな身体は灰色で、分厚い丈夫な皮膚に覆われている。がっちりした太い4本の脚、首は短く小さな頭に大きな耳と長い鼻。全体的に大きな身体にもかかわらずしっぽが小さいのが可愛らしく見える。
テイムされた地竜は荷車を曳いたり、背に人を乗せて旅をする。地竜の背中に大きな籠を乗せて、その中に入り旅をするのは景色も情緒も最高によい。少々揺れるのは我慢しよう。
地竜便はゆっくりではあるが、多くの荷物や人を比較的安全に運べるのでどの国でも重宝されている。
このようにテイムされたものが長い年月をかけて飼いならされて、今では家畜として定着していることもある。地竜や牛馬などはその代表だ。
そして飼いならされたのは家畜ばかりではない。小さくて愛らしい見た目の獣は、今ではペットとして庶民でも飼えるようになっている。
ペットの代表は、犬・猫・ネズミだろう。もちろん中型魔獣のラビやカピバーなども人気は高いが、テイマーではない我々にとって、飼いやすさという点ではやはり魔物よりも獣に軍配が上がる。
この国ではテイマーが一度テイムして一定期間きちんと躾けた生き物を、ペットとして飼うことができる。諸君の家にももしかしたら小さなかわいいペットがいるかもしれない。
そこで問題になるのが、ペットの健康や衛生についてである。
ここ数年でかなり風呂が普及してきたが、まだ毎日湯を張るのは贅沢だと考える方は多いだろう。ましてやペットを風呂に入れる人は、貴族でもない限り少ないはずだ。
そこで外で転げまわるペットの為に、浄化の魔道具が使われる。これはどの家にもある便利な魔道具で、人も動物も同じように使えるところが大変素晴らしい。
しかし残念ながら浄化の効果はさほど高くない。人であれば、体の表面にさっと水を流して乾燥させる浄化の魔術である程度さっぱりすることができるだろう。しかしペットとして飼われている生き物の多くは、もふもふと密集した毛におおわれていて、しかもその毛は水を弾く。表面的には汚れが落ちたように見えて、実は毛の内側に砂やノミを抱え込んでいるとしたらどうだろう……。
何と恐ろしいことだ。
私はいつか猫を飼うときの為に、ノミ退けの魔術を開発した!
使うには、ペット用のブラシにこのページの魔術式を書き写すとよい。
少量の魔力をそっと流すと、ノミの嫌がる波長の魔力に変換されてブラシの毛先から放出されるだろう。
これは一回魔力を流すたびに100Gのクレジットが必要になるが、ノミ除けのオイルと併用すれば毎日使う必要はない。諸君らのペットが快適に過ごせるよう願っている。
なおこの魔術式はノミを殺すわけではない。追い出すだけなので、必ず外で使い、最後に浄化の魔道具で仕上げをすることを推奨する。
ペットの安全を考えると、私はこれ以上強力な魔術にすることができなかった。
ああ、早く猫を飼いたい。
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