第6話 風属性浮遊魔術

 諸君は空を飛びたいと願ったことはあるだろうか。

 翼を広げて空を自由に飛び、どこまででも行くことができる鳥。高い山に住み気まぐれに人里に舞い降りて好き放題暴れるグリフォン。悠々と空に浮かび、下界のことなど意に介さずという風情のドラゴン。

 空に住むものは自由であり、地に縛り付けられた我々に憧憬の念を抱かせる。


 大昔にはいたとされる有翼人アンゲロスも今となっては伝説にその名を残すのみ。いま空を飛べるのはごく一部の上級魔術師と、ドラゴンに乗ることができる魔物使いテイマーが数人だったはずだ。


 数年前の魔物の大暴走はまだ諸君の記憶にも新しいと思う。そのときチュレヤの町からは、上空を飛び回り魔物を翻弄する私の姿を見た者がいるかもしれない。

 その時の私の活躍についてはいずれ語る機会もあるかもしれないが、ここでは割愛させていただく。

 空を飛ぶための魔術式は魔術師にとっては秘中の秘であり、到底明かすことはできない。ただ私から言えることは、空を飛べる何人もの魔術師のそのすべては、おそらくは同じ原理で飛んでいるわけではない。ある者は火属性の魔術を使い、他の者は風属性の魔術を使っている。つまり工夫の仕方によっては、誰でも空を飛ぶ方法を見付けられる可能性はあるのだ。


 実は私は、飛翔魔術も本にしるせばいいと言われたこともある。だがこればかりはそう簡単にはいかない。

 私が飛ぶ方法を教えようとしても、膨大な魔力量と前世の記憶を利用した方法であり、それを人に教えるには同じくらいの経験を積んで実力をつけてもらわねばならないからだ。いずれは弟子をとって私の術をすべて伝えたいと思う気持ちもあるが、今はまだ自分自身の研鑽を続けるつもりでいる。


 さてそうは言うものの、このように有益な技であるから、どうにかしてもっと気軽に諸君の生活に役立ててもらいたいとも思う。

 新しいものを考案するにはやはり、前世の記憶がとても参考になる。

 ニホンでは魔術は使えなかったが、なんとカガクの力を使って多くの人々が空を飛んでいた。しかもその方法は一つではない。火のカガク、水のカガク、風のカガク。

 こう書くと魔術とよく似ていることに気がつくだろう。火属性の魔術師は熱の力を用いて空を飛ぶ。水属性の魔術師で空を飛べる者が今いるのかどうか私は知らないが、理論的には可能だ。風属性の魔術師は数人、飛べる者がいる。

 この中から私が選んだのは風のカガクから発想を得た新魔術である。

 そのカガクは「ホバークラフト」と言われていた。こちらの言葉で言い表すならば『風属性浮遊魔術』である。


 このページの初めにも書いた通り、人が空高く飛翔する魔術はとても高度な技であり簡単に伝授することはできない。

 けれどこの風属性浮遊魔術はほんの僅かだけ、地表から物を浮かせることができる。その高さは5~15セチメル(注1)。

 何だと!? たったの足首程の高さではないか。

 そう。たったの15セチメル物を浮かせる。意味がないと思われるか?


 物が浮くということは、重さをほとんど感じないということだ。

 例えば諸君が巨大な黒魔猪メランヒュース・アグリオスを運よく狩ることができたとしよう。黒魔猪の肉は町へ持って帰れば高く売れるが、諸君らは冒険者であり、旅の商人ではない。当然馬車など魔物の巣に持っていくことはできず、よくて牛馬、普通は徒歩である。さらには剣、槍、食料にもしかしたら重い防具も付けているかもしれない。その場で解体したとしても、はたしてどれだけの肉を町へ持って帰ることができるだろうか。


 なになに? そんなときの為に前ページの「凍結乾燥魔術」があるではないか?

 素晴らしい! それも一つの答えだろう。


 だがここにもし、風属性浮遊魔術をかけた台車があったらどうだろう。

 台車は魔力を注げば宙に浮き、とても軽い力で引くことができる。しかも石ころだらけの悪路であっても、その段差が15セチメルよりも小さければ、引っかからずに進むことができる。諸君は大きな獲物を丸ごと町に持ち帰って売ることができるかもしれない。


 この魔術式に関しては、専用の台車がなければ機能しないのでこの魔術書には載せていない。ただとても便利なものなので紹介させてもらった。

 すでに魔術式を刻んである台車がチュレヤの町のドレンシー魔道具店に売られている。サイズは大中小の三種類ある。中くらいものが大型の盾くらいのサイズに畳めるので、徒歩の冒険者であっても背負って運ぶことができるだろう。

 お値段は少しお高めだが、良い素材の軽金属を使っているので、そこはご理解いただきたい。お値段については魔道具店の店主と交渉するのも良いだろう。


 ――――――

(注1) 1セチメルは1メルの100分の1の長さである

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