第10話 豊穣歌の魔術

 木属性の魔術は、その性質から食べるものに直接つながることも多く、人気のある属性だ。魔術師たちはこぞって研究し様々な魔術式を開発してきた。

 今ではもう新しい魔術など何一つ作り出せないのではないかと言われるほど、木属性の魔術は開発されつくした感がある。

 けれど世界は広く果てしない。魔術もまた深く、果てしないものなのだ。


 ◆◆◆


「ありがとうございます」


 襲われていた人たちの中の一人が前に出て、両手のひらを合わせて頭を下げた。この国で見たことはない不思議な仕草だった。姿や格好も変わっている。透き通った緑がかった金髪の間から見える尖った耳。真っ白な肌に大きな緑色の瞳が美しい整った顔。服も鎧などの防具はつけておらず、森の木々に紛れるような迷彩色の薄布だ。


 そう。諸君らはもう気がつかれたことだろう。つい最近、エルフと呼ばれる人々と我が国の間で友好関係が結ばれた。彼らこそがエルフで、この時の出会いがきっかけとなったのだ。


「あなた方は外に住む人間ですね」

「外に住む……ということは、あなた方はこの幻惑の森に住んでいる? 妖精かなにかなのですか?」

「そういうことにしておいてもかまいませんが……命の恩人の方々には誠実にあらねば。私たちはエルフ森の民と言います。この度は危ないところを助けていただいて、ありがとうございます」


 エルフは遠い昔に外の人々との交流を断ち、この危険な森の中でずっと生きてきた。彼らの得意な空間魔術を使い、生活圏の安全を確保している。

 この森で一番危険な魔物は黒い悪魔メラーノアッフェだが、エルフの村まで入り込むことは滅多になかった。これまでは入ってもせいぜい一匹か二匹であり、対処できていた。ところが魔術式が一部綻んでいたのだろう、大きな群れが村に入り込んだ。


「私たちエルフは人数が少ないのです。メラーノアッフェの群れを迎え撃つのは難しく、危険な状態でした」

「そこにたまたま俺たちが通りかかったって訳か」

「あなた方はおそらくアプルの実を求めてこの森に来たのでしょう」

「ああ。そういう依頼が出ていてな」

「冒険者が話しているのを聞いたことがあります。アプルの実はとてもおいしいですから欲しがる気持ちは分かりますが……」


 黄金のアプルの実は、この森に住む彼らの食料だった。この森の中で、自分たちの住処や食料を守る為に罠に閉じ込めて冒険者たちを追い払っていたのだ。

 罠に閉じ込めると言っても決して殺そうという意図はなく、数日たてば外に出られる仕組みだった。そしてほとんどの冒険者はそこで諦めて森の外に帰っていった。

 極稀に私たちのように、彼らの住む村の方向に抜けてくる者がいたが、それも今まではなるべく姿を見せないよう気を付けて、空間魔術を駆使して追い返していたという。


「けれどあなた方は命の恩人です。感謝の意味も込めて、金色の実をひとつ差し上げましょう」

「やったぜ、ありがてえ」

「ユーリケ!! すみません。ありがとうございます。でもそれはあなた方の貴重な食糧なのでしょう?」

「ええ。でも一つや二つくらいでしたら問題ありません」

「そうだ! なあクレイ、俺たちの食料を代わりに置いていけばいいんじゃね?」

「なるほど。ユーリケも、たまには良いことを言いますね」


 何しろ、森の中で一週間は迷う可能性があると言われた為、私たちの背負い袋には大量の保存食が入っていた。

 森の妖精は花の蜜しか食べないというが、エルフは人間であり、肉も魚も魔物も何でも食べることができた。そのためこの物々交換は非常に喜ばれた。

 彼らとのその後のやり取りは詳しくは書かないが、これがきっかけで我々はエルフと交流するようになったのだ。


 ◆◆◆


 さて前置きが長くなったがエルフの特技に、木属性のグロウ栽培という魔術があった。

 これは我々魔術師には基本的な魔術であり、珍しいものではない。グロウには草木の成長を促進する効果がある。エルフは赤い実の生るごく普通のアプルの木に、この魔術を掛けていたのだという。


 それはおかしい。

 グロウは我々も使うがアプルが金色に変わったりはしない。私は何か秘密があるのではないかと考えた。さいわいエルフの人々はとても好意的に我々といろいろ話してくれた。その中で、アプルの木にグロウを掛けるときに彼らがある特別な歌をうたうことが分かった。その歌はエルフの秘術であるため門外不出だが、彼らの好意で私が研究することは許されたのだ。そして研究の成果がこの魔術式である。


 グロウの魔術と火、風、水を複雑に組み合わせた難易度の高い魔術は、優しい子守唄のような音を奏でる。その音を聞かせながら育てた果物は通常より甘く大きな実をつけることができた。エルフの育てる黄金のアプルほどの見事な実にはまだ及ばないが、十分価値のある新魔術であろう。

 私はこれを豊穣歌の魔術と名付けた。

 花が咲いてから実が大きくなるまでの間に、何度も聞かせてあげるといい。一回に必要なクレジットはたったの3Gである。この魔術書における最もお得な魔術かもしれない。


 なお魔術書にもかかわらず、私とユーリケの冒険譚を織り交ぜることは今後もあるかもしれない。これはひとえに、魔術式に親しんでもらうための工夫である。どうか楽しんで読んでほしい。



――――――

御想像通り、ストックがなくなったら更新が遅れてしまいました(;・∀・)

不定期更新にはなりますが、なるべく平日は更新できるようにしてみます。

もうちょっとお付き合いください。

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