第16話 【閑話】クレジットについて

 この国で使われている通貨は大きく分けて二種類ある。

 ひとつは金貨、銀貨、銅貨などのコイン。もう一つは各種ギルドが管理しているギルドカードのクレジットだ。

 ギルドにお金を預けておくと、様々な場所でコインを持たずにギルドカードを使って買い物ができる。またギルドに行けばコインに替えることもできる。ギルドカードは他人が使用できない仕組みなので、うまく使えば財産を安全に管理できるだろう。

 クレジットは秘匿された魔術で管理されている


 ◆◆◆


 野営していた場所に戻ると、様子をうかがっていた他の旅人たちも安心したのか、ざわついた雰囲気はすぐに消えた。

 荷物がなくなっていないことを確認し、我々ももう一度身体を休めることに専念する。


 余程高価なお宝を持っているのでなければ、こういう騒ぎの時に荷物がなくなることはあまりない。野営している者たちはこの闇夜の中で次の町に行く危険を冒したくないからここに泊まっているのだ。人の荷物を盗った儲けと、逃げ出した先の危険とを比べれば、何もしないのが得に決まっている。

 もちろん夜に紛れて盗むことを専門としている盗賊がいるならば話は別だけれど。


 ありがたいことに、それからは何事もなく夜が明けた。眠い目をこすりながら朝食を食べて出発の準備をする。


「ステラ、これからどうします? もし怖くなったなら家に帰ってもいいんですよ」

「おー。おっさんには俺たちからも謝ってやるぜ」

「ありがとうクレイ、ユーリケ。でも大丈夫。バレクに行くわ」


 目を真っ赤に腫らしてはいたものの、ステラは元気に立ち上がった。さすが商人だ、根性はある。

 そこからバレクまでの道のりは特筆すべきこともなく、順調に歩いていった。


 バレクはエマ湖のほとりにある、とても大きな町だ。以前はここがこの国の首都だった。ずっと前に首都はチュレヤに移ったが、エマ湖の豊かな恵みに支えられて今でもこの国有数の人口を誇る。

 採季は祭りの季節であり、町はいつにもまして大勢の人たちで賑わっていた。暑さも少し和らいだ日暮れの通りには、まだ暗くならないうちから色とりどりの明かりが灯されている。


「きれい……」

「まずは宿を取りましょう」


 ステラはどこでもいいというので、何度か使ったことのある宿に向かう。人は多かったがどうにか一部屋は確保できた。


「祭りはまだ十日以上続きます。昨日は大変でしたし、今日はこのまま寝てもいいんですよ」

「ううん。私は大丈夫!」

「俺も。せっかくだから出ようぜ」

「そうですね。ではさっと浄化の魔術を掛けてから出ましょう」


 浄化の魔術は水をかぶってさっと乾かす程度だが、土埃を落とすくらいの効果はある。旅はダンジョンで魔物と戦うよりは負担も少なく、魔力に余裕もある。三人分の土埃を浄化して、いざ祭へ。


 通りにはたくさんの屋台が並び、旨そうな匂いが流れてきた。祭りの間、宿屋で食事を取るものはほとんどいない。


「わあ! この串焼き、美味しい」

「ああそれ、串焼きになっているのは珍しいですね。私も食べようかな、角大蛙バトラコスケラス

「……角大蛙……?」

「ほんとだ。こりゃうめえ」

「いやぁ……」

「まあまあ。これはどうです? バレク名物、淡水ストレイディ魔牡蠣のバター焼き」

「それ……食べられるの?」

「すげえ旨いぞ」


 ストレイディは大きいので、一口大に切り分けられて香ばしく焼いてある。客は持参した皿にそれを取り分けてもらう。


「旬はもう少し寒くなってからなんですが、この祭りに合わせるように少しだけ水揚げされるんですよ」

「じゃあその殻を私が買ってかえるのね?」

「殻は去年の分かもしれねえぞ」

「洗って干すのに少し時間がかかりますからね」

「ふうん」


 そんな話をしながら通りを歩いていると、わーっという歓声と拍手が聞こえてきた。人が集まっているところに近づくと、中心では美しい女性が竪琴を弾いている。吟遊詩人のアマーリエ・ フロリアノヴァーだ。祭りに合わせてこの町へと来たのだろう。

 偶然出会えるなんて、何という幸運だ!


「ヒューヒュー。アマーリエー」


 拍手をしながらユーリケが大声で応援すると、演奏の合間に音合わせをしていたアマーリエがこちらを向いてにっこりと笑った。

 おおおーと周りの観客がどよめく。


「なによ、二人とも鼻の下を伸ばしちゃってさ」

「まあまあ。祭りの華じゃないですか」


 手に持ったコインを投げてしばし美しい音色に耳を傾ける。

 楽しい祭りの夜だった。


 ◆◆◆


 この国の国民は成人するときに少なくとも一つ、何らかのギルドに登録する。そこで作られるカードが身分証であり、成人の証でもある。

 私は現在、魔術師協会と冒険者ギルドの二つに登録している。


 魔術書は魔術師協会を通して買うことができるが、そのときに魔術書ごとにギルドカードが登録される。魔術式を使うときには組み込まれた著作権魔術によって使用者のギルドカードから私のギルドカードへと必要なクレジットが支払われることになっている。

 なお、明細が必要な場合は魔術師協会へ赴いてギルドカードを提示すればよい。

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