第17話 画像表示魔術
人の記憶というのは、思ったよりいい加減なものである。
重い荷物はより重く、美しい風景はより美しく心に刻まれる。
危険なものや大切なものは実際よりも大きく感じ、関心のないものはどう思い出そうとしてもぼんやりと輪郭が滲む。
楽しい出来事と辛い出来事を比べれば、辛いことの方が記憶に残りやすい。けれどこれは訓練によって少しコントロールできる。諸君はただ、楽しいと感じたことをなるべく何度も繰り返して思い出せばいい。
こう言うと簡単なようだが、実はこれが意外と難しいのだ。
◆◆◆
翌日、ステラの初めての商談が無事終わった。
彼女の父親が作った魔道具は全て馴染みの魔道具店に卸され、その金を使って買えるだけの淡水
ストレイディは丈夫で程よい厚みがあり、魔道具の素材としてとても優れている。しかも安くて手に入れやすいのがよい。
磨いて板状にしたものは運びやすく加工もしやすいが、ドレンシー魔道具店では殻の状態から店で加工している。ステラは乾燥しただけの未加工の殻を持てるだけ買った。
「重そうだな。大丈夫か?」
「ん……っしょ。うん。任せといて」
「帰りは私とユーリケも少し持ちましょう」
「動きの邪魔にならねえ程度にだぞ」
「ありがと!」
ステラの背負い袋は幾分小さくなったが、重さは倍以上になっただろう。
だが頑張って背負っている彼女の顔は楽しそうだ。初めての商談が上手くいって嬉しいという気持ちはよく分かる。
荷物をいったん宿に持ち帰り、今度は身軽になって三人でエマ湖に向かった。
エマ湖は広大な淡水湖で、まるで海のようだ。場所によっては砂浜まである。
暑季にはこの砂浜で水遊びをする人たちも多いが、さすがに祭りの時期になると水に入るには寒く、泳いでいる人はいない。
「わあー、海みたいね」
「海はもっと青いぜ」
「でもエマ湖の砂浜は面白いんですよ。場所によって砂の色が違うんです」
「そうなの? ここの砂浜は白いわよねー、キレーイ!」
そう言うとステラは砂浜まで走って行った。私とユーリケも離れず後を追う。
ここは白浜と呼ばれている。波打ち際まで行って、手のひらに水をすくう。ひんやりとして透き通った水だった。
「ここの砂はガラスの原料になるんですよ」
「砂がガラスになるなんて、不思議よね」
「確かすぐ近くに黒浜があったよな」
「ええ。行ってみますか?」
「もちろーん」
黒浜は砂ではなく、真っ黒い石が集まっている。この白浜と黒浜はすぐ近くに隣り合っているのに全く違う景色に見える。エマ湖の観光名所の一つだ。けれどみんな祭りを楽しんでいるのか、黒浜には今日は誰もいなかった。
「私たち、素敵な場所を独り占めだあ~」
「来てよかったですね」
「うん」
ステラは父親の仕入れに同行して旅慣れているとはいえ、これまで観光らしい観光はあまりしたことがなかった。珍しい景色にはしゃいでいる。
夕方まで付近を散策し、夜はまた祭りを楽しむ。残る数日を使って少し遠くにある赤浜も見にいった。祭りでにぎわう町を歩き、食べたり飲んだり音楽に合わせて踊ったり。
こうしてステラの初めての仕入旅は終わった。
「ありがとう!」
「まだまだ。無事家に帰るまでがお仕事ですよ」
「へいへい。クレイはほんっと真面目だな」
「ユーリケ!」
◆◆◆
思い出深い旅の記憶も、時とともにやがて薄れる。色が消え、輪郭が滲んだ記憶も趣深いものではある。けれど、ほんの少しのヒントがあればまた色鮮やかに脳裏に浮かぶものだ。
そのヒントは例えば旅先で買い求めた土産であったり、その時のことを書き留めた絵や日記であってもいい。
そんな思い出のよすがの一つに、私は「画像」を勧めたい。
記憶の中にある風景を紙に映し出す念写という魔術はとても扱いが難しく、上級の魔術師の中でもほんの一握りの者だけが使える。それを紙に念写するのではなく、白い板の上に短時間だけ浮かび上がらせるのが「画像表示魔術」だ。
白くて丈夫な、板状にしたストレイディの殻を用意していただきたい。ストレイディの板はエマ湖のもの以外にも海辺の町に行けば安く売っている。この板の裏面に丁寧に魔術式を書き写してほしい。
表示できるのは板の表面に一回魔力を流すごとにおよそ一時間だが、一枚のストレイディの板に十もの画像を記録できて、それが次々と再生される。しかも必要な魔力量はほんの少しで、クレジットも5Gしかかからない。(注1)
記録の仕方も簡単だ。裏面の魔術式を書いたほうに魔力を流しながら脳裏に強く写したいものを思い浮かべるのだ。なるべく体験してすぐの方がいい。記憶が薄れた後で記録した画像は当然薄いものになる。
――――――
(注1)再生するときだけでなく記録するときにもクレジットがかかる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます