第25話 【閑話】魔術書の話

 本当だったら最初に書くべきだったかもしれない。

 あるいはこの魔術書を手に取った者に対しては、書く必要すらない常識かもしれない。

 けれどやはり一度はきちんと説明すべきであろう。

 魔術書という、この便利で興味深いアイテムについて。


 ◆◆◆


 魔術書というのは、魔術式を書き込んだ本のことである。

 魔術師はたいてい自分で編集した魔術書を何冊か持っている。私も冒険者として活動するときに便利な魔術を一冊にまとめて、常に持ち歩いている。その他に生活に便利な魔術、困ったときに役立ちそうな魔術などをまとめた本もある。どんな魔術師も、場面に応じて使い分けられるように、少なくとも五冊以上の魔術書は持っているはずだ。


 どうして本に書いてある魔術式を発動することができるのか。それを語る前にまず魔術式を書くことのできる素材について語らねばなるまい。


 魔術式とは、魔術を発動するための法則を書き込んだ特殊な文字式だ。

 魔物は本能的に魔法を使うが、魔石を体内に持たない人間は魔物に比べて魔力が少ない。そこで空気中や物、魔石などに含まれる魔力を利用して魔法に似たものを発動しようとして工夫されたのが魔術である。

 魔術式を発動するには、体内から微量の魔力を流し込む必要がある。その結果、魔術式が書き込まれている素材に力がかかる。

 魔術式を書くには特殊なペンとインクが必要だと前に書いたが、それを書く素材は意外なことに何でも大丈夫だ。ただし魔力を発動するときにかかる力を受け止められるならば。


 ごく簡単な魔術式であれば、紙に書いて発動することもできる。ただし一度発動すればその紙は魔術式ごと燃え尽きてしまう。消臭の魔術などは、それを利用して臭いの元を消すので、紙に書くのが望ましい。


 複雑で強い魔術式を紙に書くと、発動する前に燃えてしまうため使えない。そういう場合はもっと強度のある素材を使う。布であれば、紙よりはいくらか丈夫だろう。目の細かい布を使わないと綺麗に魔術式が書き込めないのが難点だ。また普通の布の強度ではやはり一度しか魔術式を使うことは出来ないだろう。

 お守りなどの小さな魔術式は布に書いていることが多い。元々一回しか使えない魔術式だからだ。


 陶器やストレイディ魔牡蠣の殻など、十分な強度があるものは、何度も使う魔術式や一回だけ放つ強力な攻撃魔術などに適している。

 丈夫なうえに安いというのも陶器やストレイディが好んで使われる理由だ。

 攻撃魔術などの強力な魔術式を何度も使おうとするならば、魔銀ミスリルなどの特殊金属や魔物素材を使う必要がある。魔物素材は魔力を流すのにとても適しているのだ。


 魔術式を書き込む素材について、おおよそのイメージは掴めただろうか?

 そこで、魔術書である。

 質の良い魔術書は、魔物の皮を使って作られている。

 魔物の皮は魔力を裏側に通さないので、製本しても必要な魔術式だけに魔力を流すことができる。

 それでも強力な魔術式の中には本を傷めるものもあるので、そういった場合は杖などを利用するのがいいだろう。あるいは魔術式の性質によっては他のものに書き写して使った方が良い場合も多い。魔術式の性質を見極めるのも魔術師としての腕の見せ所だ。


 上で「質の良い魔術書」と断ったのはほかでもない。世の中には当然のように質の悪い魔術書もある。

 紙でできた魔術書などは、騙そうという努力すらしていなく、いっそいさぎよいかもしれない。気をつけなければいけないのは、魔物ではなく獣の皮を使った魔術書だ。獣の皮は強度もあり、なんどか魔術を発動できることもある。だが決定的に魔物の皮と違うのは魔力を裏側に通してしまうのだ。

 これは非常に危険である。裏側や下のページに書かれた魔術式にうっかり魔力が流れてしまうと、誤爆する可能性もある。


 この魔術書はきちんと魔物の皮を使って製本されている。そこは安心してほしい。

 けれど魔術を使うときには常に危険があることを念頭に置き、安全を心がけるよう願ってやまない。

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