第26話 蓄光塗料の魔術

 昼と夜、光と闇。これらは対照的な物の例えとして挙げられる。

 人間の活動時間は主に昼間だ。明るい時間帯には何も考えずに活発に過ごしているが、暗くなると漠然とした不安を感じることもある。そんなときは、昼間には気付かないような小さな明かりにも、何となくホッとして安らぎを覚える。

 けれど明かりにもいろいろな種類があるのだ。

 なかには危険な罠も……。


 ◆◆◆


 冒険者ギルドに所属していると、避けては通れない依頼がある。それが義務依頼だ。

 絶対に断れないというわけではないが、断ると厳しいペナルティがつく。もちろん依頼を出すギルド側にも規定はあり、何でも義務依頼とするわけにはいかない。

 私とユーリケにも、そんな義務依頼が回ってきたことがある。


 この国の首都チュレヤの町から南に向かって進むと、高い山を越えた先に海辺の町レクセルがある。

 いまから五年ほど前、レクセルの近くで魔物の大量発生があった。レクセルを拠点にする冒険者や守備兵では間に合わず、各地のギルドに依頼する。

 必要な人数が集まらなかったチュレヤの冒険者ギルドは、何人かに義務依頼を出した。魔物の大量発生は早めに対応しなければ暴走を引き起こすからだ。


 この騒ぎが収まるまで長くて数週間は滞在するだろう。私たちは魔道具屋のステラに貴重品を預けて旅に出た。


 チュレヤの南の山はかなり険しいため、普通は西のバレクから船で川を下ることが多い。だが山の中腹にある祈りの地というダンジョンまでは行ったこともあったので、私たちは山を越えることにした。

 ダンジョンは人が集まり物や金が動くので、そばには大抵小さな村がある。最初の夜はその村に泊った。そこから険しい山を越えてだいたい二日でレクセルの町に着く。つまり途中一泊は山の中で過ごすことになる。


 このように、旅に出ると必ずしも宿屋に泊まれるとは限らない。夜は危険が多いので、旅人はできるだけ安全な場所で野営したい。

 野営に適した場所というのはある程度決まっているので、夜になれば自然と旅人がそこへ集まってくる。道に迷っているときに焚火を見付けたら、飛び上がって走り出すほど嬉しいものだ。

 けれど、そんなときほど気をつけたほうがいい。


 その焚火はちゃんと地面にあるだろうか?

 よく見れば宙に浮かんではいないか?

 暖かな色の炎が、近付くにつれて青白い不気味な色に変わったりはしないだろうか?


 その時私たちが見つけたのも、とても危険な火だった。

 それは遠目には確かに焚火に見えた。明るくてゆらゆらと揺れている。まだ完全に暗闇にはなっていなかったが、早く休めるところを探さなければと私もユーリケも焦っていた。

 速足でその火に向かって歩いていくと、近付くにつれておかしいことに気付く。

 その火は地面よりも少しだけ高い位置に浮いているように見えた。そして近付くほどに焚火の火とは違う青白い妖しさがあった。


「おかしいんじゃねえ?」


 そのユーリケの声がきっかけだった。

 木の陰の闇の中から魔物が襲い掛かってきたのだ。

 すかさず剣を抜いて応戦するユーリケ。


「クレイっ、大丈夫か?」

「ええ。すぐに明かりをつけますので一瞬目をつぶってください。いきますよ。闇を照らす炎ライト


 そこにいたのは二体の魔狼フェンリルだった。フェンリルは普通の狼に比べて体格もよく力も強いが、初撃をかわせば二体くらいなら対処できる。

 何度か攻撃魔術を打ち込み、ユーリケが剣でとどめをさしてフェンリルを倒すことができた。

 ライトが消えた後、目の前にはまだ青白い炎が揺れて……。

 それはトレントという木の魔物の見せる偽物の炎だった。


 ◆◆◆


 うっかり踏み込んだ先が魔物の巣だった。これは冒険者にはよくある話だ。

 一番多いのはトレントという木の魔物の仕業かもしれない。これは枝の先にぼんやりと薄暗い明かりを灯す。旅人や明かりを好む獣をおびき寄せる罠だ。

 魔物たちもそれを知っている。トレントの付近に身を隠し、近付いた獲物に一斉に襲い掛かる。

 トレント自身はほとんど動くことはない。ただ明かりを灯して、自分の根元に血が流れるのを待っているのだ。


 トレントが灯す光は、本当の意味の火ではない

 例えば規則正しく点滅するホタル、まっ暗な洞窟で不気味に光るキノコ、あるいは海の中で光るホタルイカ。これらの生き物とよく似ているかもしれない。


 トレントの火は人にとって危険だが、山火事を起こさないという点では安全な光ということもできる。このような安全な光はいくつかあり、それは人の生活に役立てることができるのではないか。そう思った私は様々な素材を研究してみた。

 その結果作られた塗料に特殊な魔力を流すことによって、数日から数週間の間、夜だけ光らせることができるようになった。これを魔変性蓄光塗料という。


 塗料自体はチュレヤの町のドレンシー魔道具店で取り扱っているので、興味のある方は探してみてほしい。この塗料で絵や文字を描き、それに魔術式を使って魔力を流すと昼の太陽の光を取り込んで夜にぼんやり光るようになる。

 効果は日が経つと薄れるが、もう一度魔力を流すと再び光るようになる。

 一度魔力を流すたびに80Gのクレジットがかかるが、数日から数週間持つことを考えると安いだろう。

 利用方法としては、夜も営業している宿屋や飲食店の看板やドアを彩ることをお勧めする。月のない真っ暗な夜にも、きっと多くの客でにぎわうだろう。


 ――――


 人は光に引き寄せられるものなのだ。けれどその光が安全かどうかは、十分注意しなければならない。

 とだけは言っておこう。

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