第23話 花火の魔術
文明は火を使う事から始まった。
人が人として生きるために火の力は欠かせない。
火が食生活を豊かにし、魔物の危険を遠ざけ、闇夜を明るく照らす。
◆◆◆
ぽっかり空いた壁の穴の向こうは真っ暗で、下に向かう階段はどれくらいの深さがあるか分からない。
「行くか」
ユーリケの声掛けに私とサーラも頷く。先に行こうとするユーリケを制してまずは私が瓦礫を乗り越えた。
手に持つのは火属性の杖だけにして、魔術書は腰のホルダーに収めておく。
「
ライトは小さな炎を半透明の膜で覆った魔術だ。攻撃力がない代わりに、松明の火よりも明るく周囲を照らした。
杖には数種類の魔術をあらかじめ書き込んでおき、状況に応じて使い分けることができる。今持っている火属性の杖はライト以外に四種類の攻撃魔術を書き込んでいる。その杖を握りしめて、石でできた階段をゆっくりと降りる。魔物が出る気配はない。階段はゆるく曲がりながら下に続いているが、人ひとり通れるだけの狭さで両端は壁で遮られていた。
「どこまで続くのかな」
「もうかなり降りましたね。まだまだ終わりは見えませんが……」
声が壁に反響する。そして三人でライトに照らされた階段をひたすら降りるだけの時間は、急に終わった。
目の前が壁でふさがっている。
「これも上と同じだ。後から塞がれたんだろうよ」
「だったら、壊しますか。ちょっと下がっていてくださいね」
ホルダーから魔術書を取り出して、土属性の魔術を発動する。行く手を塞いでいた石の壁は、上よりも脆くて私の魔術だけで簡単に倒壊した。
そしてその向こうには……。
「二人とも下がってくださいっ、
慌てて魔術を発動して後ろに飛び
階段を数段上り、炎の壁越しに見たそこには、暗い海があった。
いや、まるで海のように波打つ、スライムの群れ。
元々は神殿の礼拝か儀式を行う間だったのだろう。上層と同じように淡く光る壁に照らされたそこは広く、中央には祭壇のようなものがあった。そして床の全面が暗い色のスライムで埋め尽くされている。
スライムはさほど攻撃的ではなく、炎の壁を見ると潮が引くように階段から遠ざかっていった。
そして祭壇のほうから声がした。
「ああ……クレイさんっ、サーラ!!」
「エヴァあああああ、無事でよかったああああーん」
泣いて駆けだそうとするサーラを押しとどめて、スライムを焼き払っていく。落ち着いたサーラも、ユーリケと一緒にスライムを倒しながら、祭壇への道を作っていった。
かなりの時間をかけて床に満ちていたスライムを倒し終わる。途中からはエヴァも祭壇を飛び降りて参戦した。
「無事でよかった」
「心配をかけてしまって、ごめんなさいね。それと……」
「その祭壇の上にいるのはもしかして」
「ええ。行方不明になってた人たちなの」
祭壇の上にはエヴァの他に二人の女性がいた。
やはり上にあったのは転移の魔術式で間違いなかったようだ。発動した条件はまだ分からないが、場所はちょうどこの真上らしく、上の広間の魔術式の中心近くに立っていて、何故かここの祭壇の上に転移したのだという。
エヴァがこの部屋に来た時にはすでに祭壇の上に二人がいて、話を聞くと五日前と八日前にここに飛ばされていた。
「スライム程度なら大したことないと思ったのだけれど、出口が見つからなくて」
「それにこいつら……、倒しても倒してもどこからともなく湧いてくるんです」
床には溢れているけれど高いところまでは上がってこないので、祭壇の上に避難して体力の消耗を避けていたのだという。
エヴァもまた、一度下に降りて出口を探していたが、見つけることはできなかった。それはそうだろう。上に繋がる階段は埋められて壁になっていたのだから。
こうして行方不明者が出た理由を見つけ、無事だった二人を救助して私たちの依頼は終了した。
後々のギルドの調査で分かったのは、三層目にあった祈る女神象がこの騒ぎの原因だった。倒されていたのを誰かが起こしたことによって、動かなくなっていた転移陣が起動したようだ。女神像を起こしたのは誰かは分かっていない。
転移する条件はまだ分かっていない。その後のギルド職員が検証したときにはどうやっても転移は起こらなかった。今はもう間違って起動しないように女神像は倒して置かれている。
ここから先は私の推測だ。
あの転移陣を起動させたのは、エヴァが持っていた魔石なのではないか。エヴァはあの時、とにかく何でも見つけた端から魔石を拾っていた。その中のどれかが転移の鍵になっていた可能性はあると思う。
いずれ検証してみたい。
もう一つ、スライムの海についてだ。
地下深くの四層目にいたスライムは、端から焼き払っているといつの間にか数が減り、やがてどこかへ消えてしまった。スライムはどこにでもいる魔物で、さして強くもない。切っても燃やしても倒せるが、住居の近くに来ない限り、スライムを熱心に倒すのは初級冒険者だけだ。
けれどどこにでもいる弱い魔物だが、その能力は溶解。そしてダンジョンの特徴もまた、そこで死んだ者は人であれ魔物であれいつの間にか消える。
ダンジョンに吸収されたとよく言うけれど、それがあの海のようなスライムの集団の仕業だとしたらどうだろう。
人には見つからないように隠れて、残された死体を消化する。
その数は飛躍的に増え、ダンジョンの奥へ、奥へとテリトリーを広げる。
スライムこそがダンジョンの真の主なのではないか?
スライムを大量に倒した後、幾つもあった魔石の中にひときわ大きい、とてもスライムとは思えない巨大なものが一つ、落ちていた。
スライムが持っていたのでなければ、階層ボス級の魔石だと思ったはずだ。
だから私は思うのだ。
……いや、やめよう。
推測に推測を重ねるのは魔術的ではない。
一つ一つ事実を検証しながら、推測を証明していくことこそが魔術師にふさわしい在り方だ。
依頼は無事完了し、さらには行方不明者を二人見付けた。
そして私は、世の中にまだまだ多くの謎があることを知った。
◆◆◆
攻撃魔術として火属性はとても優秀だ。そのため荒々しい属性だと思われがちだが、生活の中でぬくもりを与えてくれる属性でもある。
暑季が終わりに近づくころ、日が暮れるとふと前世のニホンを思い出すことがある。
暑季祭りと言えば付き物だったのが花火だ。真っ暗な夜空いっぱいに広がる光の花は暑さを忘れさせてくれる美しい見世物だった。
手元で小さく火花を散らす花火もまた、何故か懐かしい気持ちがあふれて、良いものだ。
私はどうにかしてこの花火を魔術式で再現したいと研究を重ねた。
その結果、小さいものだが二種類の花火を作り出すことができた。左の魔術式が菊花、右の魔術式が柳である。
この魔術式に魔力を流すと、ポンという音とともに火の魔術が打ち上げられ、三メルほど上空で火の花が開く。複雑な魔術式で水や風の属性も混ぜているため、攻撃能力はない。
とても美しい花だが、一回発動するたびに100Gのクレジットがかかる。
毎日使うようなものではなく、ここぞという記念日にお使いいただきたい。
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