第31話 海竜を呼ぶ魔術

 海の生き物と言えば、魚や貝、エビ、海藻など身近で美味しい食べ物を連想するだろう。

 だが簡単に捕まえて食べられるようなサイズではない巨大な生き物がいるのをご存じだろうか。

 どうやら海というのは大きな生き物が過ごしやすい場所のようだ。例えば人の何倍もの大きさの巨大な魚であるサメ。実はサメは普通の動物であって、魔物ではない。

 海の魔物といえばイカやタコに似ているが船よりも大きな怪物。これらは何種類もいるが一纏めにしてクラーケンと呼ばれている。


 ◆◆◆


「もう一方の通路の先はかなり広いんだが、半分水に沈んでいるんだ」

「へええ」

「奥のほうが地底湖になっててな。だから地面の面積で言えばさっきの広間の方が広い」

「また蝙蝠がいるんでしょうか」

「その可能性はないわけじゃないが、デカいやつはそうそう居ないだろう」

「クレイ、デカ蝙蝠がいたらまた飛べよな」

「簡単に言いますけどユーリケ、バランスとって飛ぶのは結構難しいんですよ?」


 軽口を叩きながら行く。洞窟は徐々に幅を広げ、三人並んで歩いても余裕な広さがあった。時々出てくる魔物は虫系でよく種類も分からない不気味なものが多かったが、苦戦するほどではない。倒した魔物の魔石を拾いながら先へと進む。


 道は徐々に広がり、やがて開けた場所についた。大蝙蝠は見当たらないので住み分けができているんだろう。そして今度は天井ではなく地面に、沢山の虫系魔物たちがいた。


「うげえ、気持ちわりい」

「……ええ。でもさっきの巨大蝙蝠みたいな大物はいませんね」

「そうだな。さっさと倒して出よう」


 消えかけたライトの魔術をもう一度掛けなおし、洞窟内を照らす。ムカデに似たのが多いが、その大きさは両手を広げたほどの長さがあり、魔物に違いないだろう。

 口からは毒々しい瘴気があふれ出している


「毒系の魔法のようです。噛まれると厄介だから気を付けて。瘴気を飛ばしてくる可能性もありますよ」

「任しとけ!って言いたいところだが……ちょっと多くねえ? クレイ、何とかしろよ」

「むむ。仕方ないですね。私も虫はそんなに好きじゃないんですが……」


 ルカと相談して、結局私が前に出ることになった。足元に近寄る虫たちはバスコ達が槍や剣で突き刺している。その間に私が火属性の魔術を数度放って広間の地面を焼き払った。足を取られないように気をつけながら、弱った魔物を倒していく。地底湖のそばまで来たが、目立った魔物はいなかった。


「これで終わりでしょうか。特別大きな個体もいないですね」

「そうだな。もう一回外の森を歩いて調べてみるか」

「待て、バスコ、クレイッ」


 ユーリケの声が届くのが先か後か、声を聴くと同時に私の足が何者かに絡めとられた。


「うああっ」

「クレイ、掴まれっ」


 杖を投げ捨てて差し出された手を必死につかむ。ユーリケの後ろから慌ててルカが氷の魔術を使って水面を凍らせる。

 ユーリケの腕につかまりながら後ろを振り返ると、半分水に浸かった私の足に、半透明の気味の悪い触手が絡みついていた。隣にいたバスコも襲われたようだが、彼は槍で切って逃れた。私の足に絡みつく触手はマテオが切ってくれた。

 水面の一部がルカの魔術によって凍り、その氷が巨大な魔物を地底湖の表面に縫いとめていた。


「こんなところにクラーケンが……」


 沖合に住んでいるはずのクラーケンが、目の前にいる。不気味な見た目の半身を固定され、水中で目を光らせながら暴れていた。

 幸い水面を凍らせて動きを止めたため、クラーケンは少し時間がかかったものの無事に倒すことができた。

 そして魔石を取るためのその巨体を引き上げていた時、我々は地底湖の底に思いがけないものを見付けた。


 ◆◆◆


 この世界で最も大きい生き物は、海竜と呼ばれる魔物だろう。

 巨大な魚であるサメをさらに何倍にも大きくしたような外見のものもいれば、丸っこい胴体から長い首が海面に突き出しているものもいる。サメと変わらない比較的小さな海竜もいるが、賢さはサメとは比べ物にならない。


 海竜の中でも賢くて滅多に人を襲わない個体は、テイマーであればテイムすることもできる。よく懐いて慣れた海竜であれば、海を渡って近海の島までその背に乗せてくれる。

 だがテイマ―ならざる身であれば、海竜を見ることはできないのか?いや、そうとも限らない。ある種の音と魔力を組み合わせると海竜を引き寄せることが分かっている。これは前に書いたネズミを追い出す魔術の応用である。

 人に対しては滅多に攻撃しない小型の海竜がいる。彼らは賢く、もしかしたらいつか人と会話できるのかもしれない。そんな海竜のお気に入りの音を出すのがこの魔術式だ。

 一回の使用に500Gのクレジットと大量の魔力が必要になる。だが船に乗って間近に彼らを見ればその可愛さと自然の偉大さに触れて、忘れられない体験になることは間違いない。


 なお、テイマーでないものが海竜を無理やり捕まえようとするのはやめた方がいい。海竜には海の神の守りがあると言われている。海竜を襲うものはいずれ海に飲み込まれて死ぬ。これはいい加減な伝説ではなく、海竜の持つ魔法の効果によるものらしい。

 しかしその魔法の全容は未だ解明されていない。

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