第30話 魚群探知機の魔術
蝙蝠といえば闇夜に飛び回る不気味な生き物というイメージだろう。
我が国にいる小さな普通の蝙蝠は、小さな虫を捕えて食べるだけの案外大人しい生き物である。
少し間抜けなその顔は面白くも可愛らしくも見える。
だが魔物の大蝙蝠はそれと同じとは思えぬ凶悪な顔だった。
牙は肉をかみちぎるために発達し、羽根の先についている爪は鋭く獲物の皮を引き裂くことができた。
◆◆◆
大蝙蝠はカラスよりも大きく、頭上を縦横無尽に行き交いながら
あまり近くには来ないので、魔術を使うことにした。
「撃ち落としますね。火矢、火矢、火矢」
「魔物を貫け、氷礫。もう一度、氷礫」
ルカと私で落とした大蝙蝠に、残りの3人でとどめを刺す。これを何度か繰り返していたら、残った数匹の大蝙蝠は飛び去った。
「行くぞ、洞窟へ入る」
「ああ」
暗い洞窟を照らすため、先頭を歩くのは私だ。すぐそばをバスコが歩く。ルカ、ユーリケ、マテオと続く。自然にできた洞窟は狭くなったり広くなったり、起伏も多くて歩きにくい。厄介な魔物が出ないのが幸いだ。時々逃げ遅れたスライムと出会う。無視しても構わないだろうが、魔石を狙えば簡単に倒せるので倒しながら進んだ。
「洞窟はこのまま下に向かっていき、すぐ先で二方向に道が分かれるんだが、その両方に広くなっている場所がある。広間のどちらかにボス級の魔物がいるはずだ」
「どうするんだ?二手に分かれてもいいぜ」
「ユーリケは黙って。何がいるかもわからないのに分かれる訳がないでしょう」
「へいへい」
「左の方が広いので先にそっちに行こう。この島で出そうな魔物はせいぜい猪か熊系だと思うんだが」
下に向かうにつれて足場はツルツルと滑り、歩きにくさが増す。壁を伝う水が服を濡らした。熊系の魔物なら強敵だが、とても獣が喜ぶような環境とは思えない。
何がいるにしても、用心するに越したことはないだろう。
分かれ道からはバスコの案内で先に進むことにした。道は徐々に広くなり、やがて広い空間に出た。天井も高く、ところどころで地上に小さな穴が開いているらしく、細い明かりが射しこんでいる。
見上げた天井を埋め尽くすのは百体は優に超える大蝙蝠の群れ。そして中に一体、まるで違う生き物のように見える巨大な大蝙蝠が。
「キィーーーーーーーッ」
大蝙蝠が口を開くと、頭を殴られたような衝撃が伝わる。
固いはずの岩の壁がビリビリと振動してカラカラと小石が落ちてきた。
「守りを我らに、氷壁!」
すかさずルカが魔術で防ぐ。氷壁は幾分衝撃波を和らげて小石も防いだ。
同時に今度は普通の大蝙蝠たちが高度を下げて襲い掛かってくる。奴らの武器は鋭い牙だ。普通だったら音撃で体勢を崩した獲物に襲い掛かるのだが、今は数に任せて頭上を飛び回り、隙あらば噛みつこうとする。
「ユーリケ、飛んでくるのは任せます。私は天井のあいつを!」
ルカは防御に徹するようだ。私は手に持った杖を右手でしっかりと握り、左手に魔術書を広げ持った。対象のページに魔力を流して、ルカの作る氷壁からするりと抜け出す。
巨大蝙蝠の繰り出す衝撃波に負けぬよう気力を振り絞って魔術を発動させる。
「風は動き足元に集まる。我が身体は重みをなくし自由に空を舞う。飛翔!」
詠唱は魔術を安定させる効果がある。私の身体は宙に舞って、巨大蝙蝠のすぐそばまで行った。
同じ高さまで行けば蝙蝠ごときに負けることはない。たとえそれが私の身体よりも大きかったとしても。慌てて飛ぼうと羽を広げかけた巨大蝙蝠に隙を与えず、先制攻撃したのは私のほうだった。
「食らいなさい、私の渾身の一撃を!」
右手の杖を持つ手に力を込めて、力いっぱい巨大蝙蝠の頭に振り下ろす。
「ギャァァァァァ」
巨大蝙蝠が悲鳴を上げて地面に落ちる。大きな魔石を仕込んだ杖は、物理的にもかなりの威力を持つのだ。地上に落ちた時点で、勝負はすぐについた。
結局のところ、不快な攻撃をしてくる蝙蝠系の魔物だが、音撃と飛行能力以外は特筆すべきものはない。
巨大蝙蝠は今までにギルドに報告された中でも最大級の大きさであり、魔石も立派なものだった。音撃の威力も高く、その衝撃波は準備なく出会っていれば危険だったかもしれない。だが中級以上の冒険者がしっかりと準備さえしていれば、倒せないことはなかっただろう。
この巨大蝙蝠がこの島の異変の元だったのだろうか。それならばとても楽な依頼だった。
残った大蝙蝠を倒し、我々はもう一方の通路へ向かうことにした。
◆◆◆
大蝙蝠の攻撃方法として有名な音撃だが、普通の動物である蝙蝠は弱い音撃を少し違う使い方で活用する。
人の耳で聞き取れないほどの高音は、まっすぐに進み障害物に当たると反射して戻ってくる。蝙蝠たちはその反射した音を聞き取って物の位置を探る。これこそ蝙蝠が暗闇で自由に活動できる理由なのだ。
この蝙蝠の音撃のように、目に見えない場所にあるものを探る。そんな便利なものがニホンにあった。それは魚群探知機という。海は常に波に揺れる水面のせいで、海中が見えにくい。水深も深くなれば光が届きにくくますます様子は分からない。そんな海中にどれくらい魚が泳いでいるかを探るのが魚群探知機だ。これを使えば魚の群れを見付けて網を入れるのもたやすいし、クラーケンなどの危険な魔物を早めに見付けることもできる。
非常に便利なもので、音撃の応用なので実用化もできたのだが、魔術書だけで使うには少し複雑な仕組みだった。ここではその原理だけを紹介しておこう。
これを読んで諸君が魔術式を開発するもよし、そうでなければドレイシー魔道具店を覗いてみるといい。精巧に作られた魔道具は諸君を魅了するだろう。小さな船を買って釣りをするのも悪くない、そう思うはずだ。
釣りは良い。
ただしライフジャケットの魔術は忘れずに!
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