第29話 ネズミ避けの魔術
音というのは不思議だ。
同じ場所で同じ音を聞いているはずなのに、誰もが同じように聞けているわけではない。
一度気になり始めた音は小さい音でも聞こえ、興味の無い音には全く気付かない。
歳若い者には聞こえ、老年に差し掛かると聞こえない音もある。
そして、人には聞こえないが獣には聞こえる音も。
◆◆◆
最初に襲ってきたのは鳥の魔物だ。上空に舞う影を見上げた時にはそう思った。
だが急に頭が圧迫されるような気持ち悪さが、私たちを襲う。
「
バスコの声にルカが杖を構えた。
「守りを我らに、氷壁!」
ルカの放った氷壁は、空気中の水蒸気を魔力と練って凍らせる。長く持つ防御壁にはならないが、少しの間音撃を防ぐ程度の強度はあった。
空を舞う影は、我々に音撃が効かないのを確認するとどこかへ行ってしまった。
「さっきのは鳥じゃないですね」
「ああ、あれは
「大蝙蝠か。うっとおしい奴だぜ」
蝙蝠系の魔物は多くのダンジョンにいる。攻撃力がさほど強いわけではないが、音撃が地味に神経を削る。そのうえ飛んで逃げるので倒しにくい。たとえ倒したとしても、取れる魔石はたいして大きくない。だがさっきの蝙蝠は鳥系魔物と見間違うほどに大きかったし、音撃の威力もそれなりにあって余計に嫌になる。
「昼間から外を飛び回ることはあまりなかったんだが、洞窟の中で数が増えているのかもしれん」
「洞窟に入るときにと思っていましたが、耳栓を用意しているので使ってください。これである程度は防げます」
その場でルカに手渡された耳栓をした。多少声が聞き取りにくくなるが全く聞こえないほどではない。これで音撃はある程度防げる。だが耳を塞ぐ分、その他の感覚を研ぎ澄まして歩かねばならない。
木々の間の踏みしめられて道になっているところを歩く。小道の両脇にはパルムの実があちらこちらに生っている。漁師たちが度々それを採りに来ていたのだろう。
そして洞窟に着くまでに三度、魔物に襲われた。角兎が二体と黒魔猪だ。手こずる敵ではないが、バスコに言わせると異常なことらしい。
「いつもはこんなに魔物が出る島じゃないんだ。洞窟はダンジョンになりやすいので、そうなる前に潰しておきたい」
「具体的には、この島にいるボス級の魔物を倒すということですね?」
「ああ。おそらく洞窟の奥にいると思うが、一応島全体を見て歩きたい」
洞窟の入り口は港のほぼ反対側にある。木々をよけながら曲がりくねった道を進み海に出ると、海岸に面した崖に洞窟の入り口があった。念のため海岸を少し歩いたが、大型の魔物はそれ以上は見つからなかった。
「じゃあ、入りますか。私が明かりを灯しましょう」
「ああ、よろしく頼む。ルカ、マテオ、気をつけろよ」
「
私の魔術で洞窟がボウッと照らされた。途端に耳栓をしていても感じる圧迫感が襲ってくる。キイキイと耳障りな声も聞こえた。そして明かりの届かない闇の向こうから、数十体の大蝙蝠が飛び出してきた。
◆◆◆
蝙蝠系の魔物たちの立てる音は不愉快だが、実際にはそのほとんどは聞こえてはいない。人が聞き取るのにちょうど適した音の高さがある。それよりも高すぎても低すぎても、聞こえない。
若者は年寄よりも高い音が聞こえ、それよりももっと高い音をネズミは聞くことができる。
ネズミと言えば家の中に住む不快な害獣だ。そこで人が聞こえない超高い音(注1)を流して家の中のネズミを追い払うという方法がある。蝙蝠系の魔物が使う音撃のようなものだ。
人には聞こえないがネズミの嫌う音を流すための魔術式を考案してみた。これは庶民の住む小さめの一軒家ほどの広さの場所で使える。できるだけ家の中心でこの魔術書を広げてほしい。そしてそっと魔力を流してみよう。
一回につき20Gでおよそ1時間の間、家の中で聞こえない音が鳴り響いているだろう。魔術で音撃の威力を増しているので効果てきめんだ。稀に気分が悪くなる人がいるので、そのような場合には魔術を発動した後で家の外にでて1時間待つといい。
あるいは家から逃げ出すネズミを見ることができるかもしれない。
――――――
(注1)ところが人には聞こえないはずの音撃も、不快に感じることもある。
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