第35話 鏡面映像固定魔術
「実際にこの目で見たのだ。絶対に正しい」
そう主張する人は多い。だが残念なことに、人の記憶とは案外いい加減なものである。
愛する人は実物よりも美しく見え、脅威は実際よりも大きく映る。
過去に魔物の大発生が起こった記録はいくつか残っている。魔物の数は数千、数万と記録されているが、実際にそれだけの魔物がいたのかは疑問だ。
私が見た魔物の大発生の状況をこれから記載していくが、上記のことを念頭に置いて読んでほしい。
◆◆◆
早朝に出発した船は、まだ明るいうちにエマ湖へと到着した。
高速船、エクセレント!
エマ湖のそばにあるバレクでいったん冒険者ギルドに寄り、チュレヤの様子を聞く。
「チュレヤの町は現在完全に封鎖されています。大量発生した魔物は街壁の外を囲み、街では街壁の上から魔物を倒していますが追い付かない状況です」
受付の女性が早口で説明してくれる。
チュレヤへは、周辺の町からも冒険者や兵士が応援に駆けつけて、魔物を外から倒している。ここバレクの冒険者ギルドも、町の周囲の警戒とチュレヤへの応援で室内は閑散としていた。
「皆さんへの義務依頼は、チュレヤの町の周辺で魔物をできる限り倒すことです」
「それは聞いている。場所や魔物の数などもう少し正確な話を知りたいんだが」
「魔物の種類や数などの正確な情報は、こちらにも入っていません。分かっているのは途方もない数の魔物がいるという事だけです。申し訳ありません」
「いつからこんなことに?」
「分かりません。こちらに情報が入ったのは昨日の早朝です。一昨日まではチュレヤでも予兆に気付いていなかったのではないでしょうか」
急激な魔物の増加と暴走は、歴史を紐解けば数百年に一度は起こっている。原因はダンジョンの崩壊だとか魔力の異常噴出だとかいろいろな説がある。レクセルでの大発生の兆しも、もしかしたら予兆の一つだったのかもしれない。
「現在、チュレヤの町の中には入ることができません。向こうのギルドで受け付けはできませんので、今これを持って義務依頼の受付とします」
「なるほど、状況は理解した」
「普段の魔物駆除の依頼と同じく、基本的に冒険者は個人行動とします。身の安全に留意しつつ、最大限魔物の駆除をお願いします。バレクのギルド長も現場にいますので、もし指示があれば従ってください」
「分かりました」
「近くの村まで、このままレクセルの船で送ることになっています。バスコさん、よろしくお願いします」
「ああ。こいつらを地獄に送り込んでくるさ」
「獲物が大量にいるってことは、天国かもよ」
「ははは。違いねえ」
再びバスコの船に乗り込んだ我々は、今度は狭い支流をチュレヤの方に向かって進んだ。
充分な広さのあったリネイ川と違って支流は流れも速く曲がりくねっている。船が激しく揺れる度に、皆で悪態をつきながら船室の柱に掴まった。そして日も暮れ落ちた夜中にようやく、チュレヤのすぐ近くにある村にたどり着いたのだった。
酷い船酔いに皆が散々文句をこぼしながら、ふらふら歩いて船を降りる。バスコ達はそれを大口開けて笑って見送っていた。
山越えでの最短距離でも三日はかかる道程をたったの一日で送り届けてくれたんだ。バスコの操舵の腕は確かだし感謝はしている。
絶対に言わないけれどな。
◆◆◆
前のほうのページで紹介した画像表示魔術を覚えているだろうか。
その時もこのページの冒頭と似たようなことを話していたらしい。大切なことは繰り返し話すものだ。許してほしい。
ところで画像表示魔術は頭の中にある記憶を魔術で描き出す、念写と呼ばれるものの一種である。これは後々思い出しながら映像化するのには適しているが、その画像は記憶に基づいたものであり、決して正確ではない。
ニホンにはカメラというものがあった。これは有るがままの姿をある程度正確に写し取ることができる魔道具だ。
残念ながら私はこのカメラの仕組みをちゃんと覚えていなかった。そのためカメラそのものを再現することは難しい。だが見たままを正確に映す(注1)ものがある。
鏡だ。ならば鏡に映った風景をそのまま固定できればいいのではないだろうか。
そんな思いから作られたのが以下の魔術式である。
これを発動するにはまず、鏡を用意してほしい。風景が映る物である程度の丈夫さがあれば鏡でなくてもよい。その裏に丁寧に魔術式を書き写す。そして保存しておきたい風景を鏡に映しながら魔術式にそっと魔力を流すのだ。必要なクレジットはたったの10Gである。
それだけで、鏡に映っている風景がそのまま、鏡面に固定される。左右対象にはなるが、思い出の風景をいつまでも見ることが出来るだろう。(注2)
あるいは人物を映してもよい。自画像も簡単に撮ることが出来る。
鏡にその姿が映しとられたからと言って、命が吸い取られるなどということはないので安心してほしい。
――――――
(注1) あくまでも「ある程度」正確に映すということだ。しつこいのでこれ以降「ある程度」という言葉は省略している。
(注2)ただしその鏡はもう、鏡としては使えない。光沢のある絵画だと思っていただきたい。
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