第13話 圧縮の魔術

 旅は良いものだ。

 気の置けない友人とワイワイ話ながら歩き、初めて見る景色を楽しむ。

「分かれ道です。右でしょうか?」

「左だろ?」

「二人ともハッキリしないわね。分かんないならまっすぐ行くわよ!」

 問題ない。

 道はどこかへ繋がっているのだから。


 ◆◆◆


 冒険者の仕事の一つに、「護衛」がある。町の中は魔物に襲われないようにそれなりに強固な守りがあるが、他の町へ向かう道中は安全ではない。だからと言って誰も町から出ないというわけにはいかない。

 腕に自信のあるものは少人数のパーティーを組んで旅に出る。そうでないものは護衛を雇う。


 私とユーリケは冒険者として活動する場合、チュレヤの町を拠点にしている。

 魔道具店の跡取り娘ステラ・ドレンシーは我々と幼馴染であり、彼女が仕入れの旅に出る時は護衛することが多い。

 これは私とユーリケとステラの三人が初めて一緒に旅をした時の話である。

 魔道具店は当時も今も、ステラの父親が経営している。そのためステラの仕入れの旅は日程に余裕があり、気晴らしの旅行を兼ねていた。(注1)


「ユーリケ、クレイ、娘を頼むぞ。いいか。手を出したら承知しねえ」

「へいへい。親バカだな、おっさん」

「ユーリケ!」


 父親は心配していたが、目的地のバレクはゆっくり歩いても三日ほどのところにある町だ。ステラはこれまでも父親と一緒に何度も旅をしたことがあったし、さほど困ることもないだろうと俺たちも気軽に引き受けた。


 チュレヤの町を出て西へ向かう道は、広くて整備されている。チュレヤとバレクは交易が盛んで、大きな商人たちの荷馬車とも何度もすれ違った。


「ステラの荷物はずいぶん大きいですね。大丈夫ですか?」

「ありがとう。中身はお父さんの作った魔道具なんだけど、かさばるだけで軽いのよ」

「へえ。おっさん、いかつい顔をしてるわりに手先が器用だからな」

「誉め言葉と受け取っとくわ。今回はこれを売って、代わりにバレク名物のストレイディの貝殻を買うのよ」


 ストレイディは牡蠣に似た貝だ。人の顔くらいの大きさで、開けると中に魔石を抱えているので魔物の一種だと言われている。普通は海辺の岩に付いているのだが、バレクの近くにあるエマ湖には淡水ストレイディがいて、海にあるものよりも高値で取引されていた。


 バレクには一週間滞在する予定だった。ちょうどその頃に祭りがあって、取引が終わったら三人で観光することになっていたのだ。

 我々はバレクの祭りの話やステラの魔道具作りの修行の話、私たちの冒険者の依頼の話などしながら、街道を西に向かって順調に進んでいた。


 ◆◆◆


 旅と言えば、大きな荷物にはいつも悩ませられる。たとえ数日の旅であり途中にしっかりした野営地があるとはいえ、食料はきちんと日数分以上持たなくてはならない。魔術のおかげで水を持ち歩かなくていいのはかなり助かる。けれど代わりにいくつかの魔道具は必要になる。着替えも全くなしというわけにはいかない。三日ほどなら着替えなくてもいいが、予備のシャツやタオル、寝袋などはどこへ行くにも必要だ。

 その上に私とユーリケは武器を、ステラは取引に使う商品を持っていた。


 この時の経験から、私はどうにかして荷物を小さくできないかとずっと考えていた。そして思い出したのだ。シンクウパックという素晴らしい技術を!

 失礼。少し興奮してしまった。

 シンクウというのは空気を抜くこと、つまり「脱気(注2)」である。目の前に何も物がなくても、見えない空気や魔力が満ちているのは諸君も知っているだろう。その目に見えない空気や魔力を全部なくしてしまうのが脱気だ。

 荷物を詰めた袋から空気を抜けば、その荷物は元の大きさよりもとても小さく圧縮される。

 だが残念ながら普通の袋では脱気はできない。どんなに頑張って抜き出しても、すぐにまた空気や魔力がどこからともなく入ってくる。

 私はまず空気を通さない素材の研究から始めなければならなかった。その長く困難な道のりについては黙し、ここではその効果についてのみ語ろう。


「圧縮袋」と名付けたその袋は、チュレヤの町のドレンシー魔道具店で買うことができる。

 圧縮袋には魔術を使わなくても、水にぬらさずに物を持ち運べるという特性がある。雨に打たれても濡れないというのはどんなに便利か、諸君にも容易に想像できるはずだ。それだけでも十分に価値がある。

 さらにその圧縮袋には、圧縮の魔術式が書き込まれている。そっと魔力を流せば、袋の中から空気を吸い出してくれる。その効果がよく分かるのは寝袋や衣類を入れた時だ。旅の荷物がこんなにも小さくまとまるのかと、

 感動すること請け合いである。

 もちろん魔術式を使うにはクレジットがかかるが、これは一回につきたったの20Gである。一度空気を抜けば、袋を開かない限り数日はそのまま圧縮されている。

 使い方はドレンシー魔道具店で詳しく教えてもらえるだろう。興味を持ったら一度見にいくことをお勧めする。

 なお、袋の値段は大きさによって違う。


 ――――――

(注1)そのぶん護衛の依頼料は、かなり安く値切られる。

(注2)ニホンで「脱気」というと液体から気体を除くという意味になるので注意が必要だ。



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