第14話 蟲柱の魔術
冒険者にとって野営とは、ごく身近な日常の行為である。
珍しいものではなく、楽しくもなければさほど辛くもない。
もちろん冒険者になりたてのごく最初の頃は大変だった。泊りがけの仕事で野営するときは緊張のあまり眠れなくなったものだ。どんな場所でも一瞬で眠りにつく無神経な相棒がいる場合はなおさらのこと。
◆◆◆
チュレヤからバレクへ向かう道は広く、この国の中でも特に往来が盛んだ。途中には小さな宿場町があり、ほとんどの旅人はそこに泊まる。
宿屋の三階の窓から外を眺めて、森や林のその先を思い浮かべる。窓は南向きで、木々の向こうのもっと向こうには海があるはずだった。
「海もいいわねえ」
「チュレヤから海に抜ける道は険しいですよ。一旦バレクまで出て、エマ湖から船で下るのがいいですね」
「おう。船は暇だから俺は歩く方が好きだけどな」
「えっ、じゃあバレクに着いたら海まで行っちゃう?」
「……相変わらずステラは計画性のないことを言いますね。無理に決まってるでしょう」
船を使ってエマ湖から海辺の町までは丸一日、逆にエマ湖に戻るには二日はかかる。
とてもじゃないがバレクに滞在する一週間の間に、商談を済ませて海まで往復するのは無理があるだろう。
「ちぇー。じゃあ諦めるわ」
「それよりも、明日は野営ですからね。今日は二人ともしっかり寝てくださいよ」
「へーい」
「はあい」
翌朝はゆっくり起きて、宿屋で一人500Gの朝食を食べた。部屋代はさほど高くないが、湯を使ったり食事を頼んだりするとその都度金がかかる。こういう贅沢ができるのも護衛旅の楽しいところだ。名物の串焼きを包んでもらい、それを持って宿を出発した。
ここからバレクまでは馬車を使えば一日。なので途中で野営するのは徒歩の旅人だけだ。
途中何度か遠くに魔物の姿を見たが、魔物も獣も街道にはあまり近付かない。彼らにとって、人が多いこの道が危険だと分かっている。戦闘になることもなく、この日も景色や話を楽しみながら無事野営地に着いた。
旅人たちがよく使う場所なので、いたるところに焚火の跡がある。適当な場所に陣取って簡単に食事をして、すぐに休むことにした。
私とユーリケは交代で見張りをする。ステラには充分に寝てもらう。そのほうが翌日の行程が楽になるからだ。荷物から取り出した薄い毛布にくるまって、ステラが目をつぶった。
「ぐー」
「……ユーリケ、寝付くの早いわね」
「いつものことです。さあ、ステラもおやすみなさい」
パチパチと焚き木が弾ける音が響く。
夜の始まりは静かだった。
◆◆◆
これまでおよそ十年の冒険者生活のあいだには、ほんとうに様々な場所で野営をした。
ダンジョンでの野営は実を言うと比較的楽だ。ダンジョンとは遺跡や洞窟などの地下迷宮のことだが、これは冒険者の主な稼ぎ場所である。薄暗い地下などには魔物が多く発生するので、これを狩って魔石を取る。
魔物の数は多いダンジョンだが、不思議なことに所々に安全地帯がある。ダンジョンを所有している領主などが魔物除けの魔道具を設置している場合もあるし、何故魔物が出ないのか分からない謎の空間もある。
森では安全な場所を見付けるのに苦労する。街道沿いには旅人たちが集まって野営している場所があるので迷わなくていい。
一番腹立たしいのは町が見えているのに中に入れず、街壁を恨めしく眺めながら野営するばあいだ。街壁の向こうに暖かい灯がちらちら見えたりすると余計悲しい気持ちになる。
ところで野営で誰もが困らされることの一つは、虫である。
特に暑季から採季にかけては虫の動きも活発で、刺されたり羽音が気になって寝付きにくい。鼻や口に飛び込んでくるなど迷惑甚だしい。
虫除けの魔道具や薬師ギルドが売り出している虫除けオイルなど、冒険者は各自気に入った商品を持っていることと思う。私も香りのよいオイルを愛用している。ただ残念ながら虫の種類は多種多様で、虫除けの効果も完璧ではない。
そこでふと思ったのだ。避けることだけを考えるのは片手落ちでは?
守るだけではだめなのだ。攻守は常に表裏一体。避けるのと同時に集める魔術を使ってみてはどうだろう?
こうしてできたのが蟲柱の魔術だ。この魔術を使うと半径2メルの範囲にいる虫を蚊柱のように一か所に集めることができる。ただしこれは羽虫専用の魔術であり、羽虫が好む魔力と光の魔術を組み合わせたものである。
20Gのクレジットで一晩虫を集めることができる。
虫除けと併用すれば、もう虫に悩まされる夜とはお別れだ。
ただし魔術を使う場所によっては、心の準備をしたほうがいいだろう。この魔術に殺虫の効果はない。
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