第8話 塩分抽出魔術

 人々にとって食に関係することは非常に重要視されるというのは前述したとおりである。限りある人生、できることなら美味しいものを食べたい。

「北に旨い酒有りと聞かば地竜に乗って駆け付け、南に旨い魚あると聞けば海竜に乗って渡るべし」

 食にこだわる者は労力をいとわない。


 一つ、昔話を聞いてほしい。

 これは今からおよそ八年前の話。私が冒険者となって二年目(注1) で、そろそろ中級魔術師と呼ばれるようになった頃のことである。


 ◆◆◆


 魔術学園を卒業した私は、以前から友人だったユーリケ・ベルディフと組んで仕事をしていた。男二人のパーティーというのは、汚れるだとか危険だとかと細かいことに気を使わなくていいのが利点だ。

 その時我々はさほど悩むこともなく、難しい依頼を気軽に受けた。

「幻惑の森の中から金色に輝くアプルの実を取ってくる」という依頼は難易度は高かったが、期限も違約金もない。達成できた場合は、アプルの実を高額で買い取ってくれるというものだった。


 チュレヤの町から北に二日ほどの場所にある「幻惑の森」は、迷い森として有名だ。中に入ると一週間以上出られないことも多いと冒険者ギルドで注意を受けた。当然、私たちは食料や薬も多めに持って森に入ることにした。


 そこは噂通り危険な森だった。入ってすぐに魔物が襲ってくる。幻惑の森には黒い悪魔メラーノアッフェと呼ばれる猿型の魔物が住んでいる。そいつは人間よりも小柄で身軽なのだ。密集する木の枝々を渡り歩き、上から襲ってくる。賢くて強敵だが幸い大きな群れではなく、無事撃退することができた。

 何度かの黒い悪魔の襲撃をやり過ごしながら奥へと進む我々だったが、途中でふと奇妙なことに気付いた。


「ちょっと待ってください、ユーリケ」

「お? クレイ、何かあったのか?」

「先ほどから全く魔物の気配がありません。ここ、何かおかしくないですか?」

「そういやあそうだな。ははは。俺たちを恐れて出てこねえのかもよ。ラッキーだな」


 ユーリケは脳筋で能天気な男だから、私がしっかりしなければ。そう思ったのはこの時でちょうど百回目である。それ以降は数えることをやめた。

 次に異変に気付いたのは意外にもユーリケのほうだった。道も通っていない深い森の中だ。迷わないように歩きながら要所要所に印をつけていた。ここまで方向だけは間違えていないはずだった。

 ところが、ユーリケが珍しく焦った声を上げる。


「お、おい、クレイ。後ろの印が見えねえぞ」

「何を言ってるんですか。さっき印をつけてからまだそんなに歩いては……」


 振り返った私の目に映るのは鬱蒼と茂る森の木々ばかり。ほんの少し前に木の枝に結び付けておいた赤い紐が見当たらなかった。

 慌てて今来た道を戻るが、辺りをどんなに見回しても印の赤い紐が見えない。


「どうする? クレイ」

「そうですね。この場所から周囲を探ってみましょう」


 木の枝に結ぶ印の色を黄色に変えて、そこから周りに気を付けながらゆっくりと歩を進める。いくつ目かの黄色いしるしを結んで前に何メルか進んだ先の木の枝に、見覚えのある黄色い紐が結ばれていた。


「クレイ、これは……」

「最初に結んだしるしですね」

「くそっ、同じ所を回らされてる。森に閉じ込められたか」


 ユーリケが吐き出すように叫んで、辺りの木の枝に八つ当たりし始めた。


「まあまあ、落ち着きましょう」

「だってクレイ、こうなったら何日も森の中に閉じ込められるんだぜ。森から出られなくなった奴もいるって」

「けれど少なくとも黒い悪魔はいないようです。こんな時こそ、コレでしょう」


 ユーリケを宥めて、私は背負い袋を下ろした。背負い袋から出したのは私が作った調理用の魔道具だ。


「腹が減っては魔物は倒せぬというでしょう。私たちは森に惑わされたのかもしれませんが、少なくともさっきまでよりも今の方が安全です。今のうちに休んで食事を取っておきましょう」


 そう言うと、荒れていたユーリケも大人しくなって私の手伝いをし始める。

 野営をする時、一番困るのは保存食の不味さだ。けれど我々には秘密兵器があったので、たぶんどの冒険者よりも食事の時間を楽しみにしていた。


「森の中ですから火を使うのは控えます。この鉄板で持ってきた干し肉を焼きましょうか」

「ひゃっほー、やったぜ。じゃあ俺、この辺で食えそうなものを探してくるな」

「10メル以上離れてはだめですよ」

「おっけーおっけー分かってるって」


 ユーリケの探してきたもののうち半分は毒草、毒の実、毒キノコであった。私がしっかりしなくては。


 さて、この時私が使ったのはニホンでは「ホットプレート」と呼ばれていたものだ。熱した鉄板で、食べ物を焼いたり鍋を乗せて湯を沸かすこともできた。これには鉄板の下部は熱を通しにくい素材を使い、上部にだけ熱が伝わるように魔術式を刻んである。なのでたとえ乾燥した森であっても火事の心配が少ない。


 さらにこの頃の私は冴えていた。鉄板の半分に特殊な魔術式を書き、上に置いた食べ物の中から塩分だけを抽出するようにしたのだ。

 これによって保存食の干し肉から塩分が抜けて食べやすくなる。そして抜いた塩分はどこに行くかと言うと、反対側の鉄板の上を結晶化して覆うようにした。

 これで鉄板の半分は岩塩プレートになり、残りの半分は塩分を吸収する以外は普通の鉄板として使える。取ってきたキノコなどを岩塩プレートの上で焼けば、手間なく簡単に味をつけられる。


 ◆◆◆


 使えば使うほどに味の出るこの鉄板だが、買おうと思えば高価な品になる。

 そこでこの魔術書ではその中でも塩分を抽出する魔術式をご紹介しよう。

 この魔術式は素材から塩分を抜きとり結晶化させることができる。必要なクレジットは一回につき30Gである。結晶化した塩は普通の塩と同じように料理に使うことができる。注意してほしいのは、この魔術式だけでは焼いたり干し肉に水分を補給する機能はないということだ。

 なお、この時の冒険についてはまだ続きがあり、紹介したい魔術式もある。

 それは次のページで語ることとしよう。


 ――――――

(注1) その当時私は二十歳になったばかりであった。



(クレイドル・ハングマーサ(28)←衝撃の若さ!)

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