第4話 妖精界中継魔術

 娯楽というのは、生きていくうえで非常に大切なものだ。

 たとえどんなに生活が苦しくとも、人は何かしらの楽しみを見つけるものであり、娯楽は誰の人生にも密接にかかわってくる。


 この世界での一番人気のある娯楽は、やはり芝居だろうか。楽師たちの奏でる音楽に耳を傾けながら、美しい衣装をまとった出演者たちが歌い踊る。その調べは時に悲しく、時には楽しく観客である我々の心を打つ。

 ちなみにこれは余談ではあるが、私は竪琴の音色がとても好きだ。アマーリエ・ フロリアノヴァーの個人演奏会には何度も足を運んだものである。ダンジョンに潜った時もいつだって、アマーリエの演奏を脳裏に浮かべながら無事に生還すると誓った。

 それほどに、娯楽とは人生にとって大切な物だ。けれども残念なことに日常的にそばに置いてはおけない。ましてや劇場に住むなんていう幸運は滅多に訪れるものではない。


 ところが、かのニホンでは家の中にテレビというものがあり、いつでも好きなときに芝居を見ることができたのだ。

 なんと素晴らしい!

 テレビがどんなものかを説明するのは少し難しいが、頑張ってみよう。それは長方形の黒い板で、部屋の隅に設置されている。魔道具の一種であり、魔法の使えないニホンではカガクの力で動かすことができる。カガクの力を流すと黒い板の表面に芝居をする人々の絵が映り、刺激的な音楽が流れる。『映画板えいがばん』とでも名付けようか。

 前世の記憶を思い出した私が一番に欲したのは映画板であった。そして長い時間をかけて魔術式の開発に努めてきた。


 ここで諸君には残念なお知らせがある。私は未だ魔道具としての映画板を開発するには至っていない。

 しかし魔術師クレイドル・ハングマーサは、挫折したまま這いつくばっている男ではないのだ。試行錯誤を繰り返し、ついに娯楽を簡単に提供できる魔術を完成させた。これはこの魔術書の目玉と言ってもいいだろう。

 複雑に描かれた魔術式を無理に読み解く必要はない。中央の黒い四角い部分を見てほしい。これはまだ映画板というにはあまりにも小さく映せるものも限定的だ。けれどこの黒い四角の中には確かに娯楽がある。


 この魔術式は素晴らしいことに、可愛らしい妖精が歌い踊る姿をいつでも映すことができる。大気の中を漂う微弱な魔力の中から、妖精の発するそれだけを探してこの黒い画面の中に映し出すのだ。映画板というには非常に限定的な使い方なので、私はこれを妖精界中継魔術と名付けた。


 今、私にとって一つだけ心配なことがある。妖精という生き物がどれくらい人々に認知されているんだろうか。妖精を全く知らない人にとっては、この妖精世界中継魔術は如何いかほどの価値も無いものに映るかもしれない。そんなとき私に出来るのは、ただ愚直に妖精の可愛さを伝える事のみだ。


 妖精は世界のいたるところに住んでいる。大人の男性のてのひらくらいの大きさで、おそらく男女の区別はないだろう。

 虹色に光る羽を持つ以外は人とよく似た姿をしているが、服は着ていない。少し透き通っている。いつも飛び回っているので注視するのは難しく、きらきらと幻想的に輝いている。アマーリエ・フロリアノヴァーはまるで妖精のようだと評されるが、つまり妖精とはそれだけ美しい生き物なのだ。

 彼らはいつも楽しそうに舞い踊り、少しキイキイと高い音ではあるが歌をうたう。昼よりも夜の方が見つけやすいが、実は昼も見えにくいだけで案外身近にいるということが研究により分かっている。


 諸君はこの妖精界中継魔術によって、どんな時間帯でも付近の妖精の魔力を解析し、画面に映し出すことができる。勉強の合間の暇な時間や、家族が旅に出て寂しい夜、遠征中のダンジョンの中での不安な野営時にも、この妖精の踊りを見て心を紛らわせてみてはいかがだろうか。もちろんダンジョンの中で見るときは、安全確保を怠らないように。


 さてこの素晴らしい妖精界中継魔術は、なんとたったの15Gのクレジットを支払うだけで使うことができる。しかも二時間も!

 もしかしたら妖精の歌を聴いているうちに、妖精魔術に開眼する者が出る可能性すらある。そのような事例があれば、ぜひ私へ知らせてほしい。

 なお、この妖精界中継魔術で妖精の姿が受信できるのは、この魔術書の周囲100メル(注1)程度である。万が一その範囲に妖精がいなかった場合もクレジットは返還できないのでそこは了承してほしい。妖精を探しながら歩き回ることは可能。


――――――

(注1) 1メルは一般的な魔術師の使う木の杖とほぼ同じ長さである。剣で言えばおよそロングソードくらいだ。

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