第5話 凍結乾燥魔術
「人が生きていくうえで絶対に欠かせないものは何か?」
そう問われたら、多くの人が食べ物(水を含む)を挙げるだろう。他に必要なものはまだまだ沢山あるというのに!
例えば睡眠。人は寝なければ生きていくことができない。上級冒険者なら何日徹夜しても大丈夫? それは気のせいだ。目は開いていたとしても頭の中はしっかり眠っている。
魔物から隠れて安全に過ごせる家。これも生きていくには必須だろう。
服や防具、剣、家族、金……どれも無くてはならないものだ。必要なものはいくらでもあるのに、ほとんどの人がまず食べ物を挙げる。
それほど人は「食べる」という欲求からは逃れられないのだ。
ところで食について語ろうとするなら、まず一つどうしても諸君に言っておきたいことがある。
この世界に「魔物を喰らう」という諺がある。
知っているとは思うが念のために解説すると、「食うに困った冒険者は不味い魔物肉であっても喜んで食べる」という意味だ。
私はこのことわざに対して強く抗議したい。
諸君もご存じのように私は若い頃、冒険者として世界中を歩き回り、あらゆるダンジョンを踏破し、それこそありとあらゆる魔物を喰らったものだ。そんな私が自信を持ってお伝えしたい。
魔物肉は非常に美味である!
例えば
スライムや
ぶよぶよで半透明のスライムは強い魔物ではないが見た目が気持ち悪い。油断すると庭に入り込み家畜や作物を襲い溶かして食べるので、女性には特に嫌われている。
角大蛙は沼地に住み、初級冒険者の格好の獲物だが、住んでいるのが沼地のためか、とにかく臭い。狩るために泥に浸かり、切り付ければ臭い体液を浴び、さらには魔核を取り出すために泥沼から引き上げなければならないのも一苦労だ。
どちらの魔物も冒険者ギルドが買い取るのは魔核だけであり、ほとんどの冒険者は余計な荷物になる肉など持って帰りはしない。
ところが、これを話すととても驚かれることが多いのだが、一部の冒険者の間ではスライムと角大蛙が秘かに珍味として珍重されている。
どちらも処理の仕方次第で全く別物のような食材になるからだ。
簡単に説明すると、まずスライムの場合はぶよぶよの身体を手桶に入れて、綺麗な水でよく洗う。この時、魔核を取り出した切り口にも手を入れて中までしっかりと洗うのがコツだ。スライムと言えば溶解液を出すのはよく知られているが、これは魔法(注1) による作用であり、魔核を取り出した後は心配する必要がない。
さて、二、三度水を取り替えて十分に洗ったスライムを今度は天日に干す。暑季ならば二日、凍季も数日干しておけばカラカラに干からびるだろう。
干からびたスライムは薄い板状になっている。これをハサミで食べやすいサイズに切って麻袋に入れておけば、長期間保存できる。ここまで処理すると、知らない人にはスライムとは思われない。
食べ方はいたって簡単だ。そのままスープの中に入れればよい。スープと一緒に煮込むと、トロリと溶けて独特の食感の栄養豊富な具材になる。味には癖がなく、どんなスープに入れてもよく馴染む。
次に角大蛙について書こう。体は大きく1メル近くもあるが、食べれるのは後ろ脚だけなので貴重な肉と言えよう。魔核を取り出した後、後ろ脚だけを切り取る。この時一番大切なのは、けっして内臓を傷つけないようにすること。その後はモモ肉の部分だけを切り取って薄くそぎ切りにしてから塩をまぶして干す。そう。魔物肉を美味しく食べるコツはよく洗って一度乾燥させることなのだ。
角大蛙の場合は乾燥肉もあまり日持ちはしないので、倒してから三日以内には食べ終わったほうがいいだろう。ドロドロの沼の中にいたなんて想像もできないほど、淡白で優しい味のする干し肉になるのは本当に驚きだ。
おや、このページでは少し喋り過ぎてしまっただろうか。かように、食のこととなると人は夢中になってしまうものなのだ。どうかご容赦いただきたい。
さて、ようやく本題であるが、かの異世界ニホンには食材を乾燥させる素晴らしいカガクがあった。その原理や工程をすべて説明するのは難しいが、私の長年の研究の結果、こうして魔術式を構築することができた。凍結乾燥魔術という。諸君は皿の上にこの魔術式を丁寧に書き写し、ただ魔力を通すだけだ。
よく洗った食材にこの凍結乾燥魔術を使うことによって、時間のかかる乾燥の工程がほんの一分ほどで済んでしまう。しかも自然に乾燥させるよりも旨味がしっかりと残り、角大蛙のように悪くなりやすい素材も少しだけ長く保存できる。
この凍結乾燥魔術一回使用あたりのクレジットは、たったの5Gである。
皿の上の乗せたものを一度に乾燥できる。魔術式の大きさは皿の大きさに合わせるとよい。大きな皿に描けば多少必要な魔力量は増えるが、それだけ多くの肉を乾燥できる。一回たったの5Gで!
この魔術によって初級冒険者の食生活が充実することを願う。また世間一般に魔物食がもっと認められることを願ってやまない。
長くなってしまったが、最後まで読んでくださって感謝する。魔物料理のレシピはプライスレス!
――――――
(注1) 魔法とは魔物が使う魔術のようなものである。魔術よりももっと原始的で呪文や魔術式ではなく本能に依る。
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