第34話 魔石再生魔術

「魔石のように気持ちが冷めてしまったの」

 付き合っていた女性にこんなことを言われては、心が砕けてしまうだろう。

 これは別れの常套句だが、魔石というのは使うほどにだんだん色が薄れ、最後はただの透明な丸い石になってしまう。

 一度冷めてしまった気持ちを元に戻すのはとても困難なように、一度色を失った魔石を元に戻すのもとても困難だ。

 けれど方法がないわけではない。


 ◆◆◆


 短い睡眠のあと、日が昇る前に港へと向かった。

 一緒に乗り込むのは、チュレヤを拠点にしている上級冒険者五人。いずれもギルドで会って話したりする見知った顔だ。船を操るのはバスコと部下の乗組員二人で、昨日も一緒に船に乗っていた。今日の船は昨日の船よりもずっと小さいが、船室には五人がゆっくり過ごせる程度の広さはあった。


「船長のバスコだ。この船はまず、エマ湖にある町バレクへと向かう。普通なら途中の村に一泊するが、この船は速いからな。一日もあればバレクに着くだろう。途中で休憩はしない。急ぎの依頼だったので飯は二日分ギルドが用意してる。各自に渡しておくので食べれるときに食べるといい」


 リネイ川は川幅も広く、船を使って他の町との流通が盛んだ。静かな川面に波が立つ。勢いよく走る船に、時折すれ違う船はさぞかしぎょっとしていることだろう。


「なあクレイドル、お前さん王都で何があったか聞いたか?」

「ヨンさん、お久しぶりですね。私たちは昨日の夜中に初めて聞いたんですよ。魔物の大発生が起こったとだけ」

「そうか。こっちもかなり危険な状態だったんだぜ。俺たちはたまたま先月からレクセルで仕事をしてたのさ」


 ヨンさんはこの船に一緒に乗ってるベテラン冒険者グループのメンバーだ。以前から同じ魔術師として何かと私のことを気にかけてくれる。

 ヨンさんによると、レクセルの魔物は大発生のギリギリ手前で食い止められたようだ。兆しを発見したのも良かった。元からこの近辺にいた冒険者たちが頑張っていて、私達が到着したときには収束の目途が付いていたのだ。


 一方王都チュレヤからは、レクセルの緊急事態に対応するために上級冒険者が何人も抜けている。そして私たちがチュレヤを出た時にはまだ騒ぎは起こっていなかった。ここ数日で急激に増えたのか、もしくは秘かに魔物の数が増えていたのに誰も気付いていなかったのかもしれない。


「チュレヤに着いたらすぐに戦闘だろう。クレイドルたちも今のうちにちゃんと準備を済ませて休んどけよ」

「はい。そうします」


 昨日のクラーケン戦で火属性の杖を失くしたのは痛い。クラーケンに掴まれたときに投げ捨てた杖は、結局回収できなかった。あれは長さも1メルあって鈍器としても使いやすかったんだが。

 背負い袋の中にある杖はどれもハーフサイズで、軽くて持ちやすいが打撃の威力は小さい。

 どこかでフルサイズの杖を買いたかったが、バレクでも買い物の時間は無さそうだ。

 仕方ないな。

 ハーフサイズの杖の中から、使い勝手のいい風属性のものを選ぶ。攻撃力という面では水の上位である氷属性の杖の方が強力だが、これは大型の魔術を何度も使っているとあっという間に魔力が空になる。

 風の魔術は広範囲に影響がある砂嵐サンドストームやそれなりに威力のある風切断ウインドカッターであっても、少ない魔力で発動できる。長期戦になりそうなときには便利な杖だ。もちろん予備の杖は常に背負い袋の中に入れておくが。


 ユーリケも自分の剣の手入れをしている。続いて大きいナイフを研ぎ、その後で普通のナイフ、そして小さめのナイフ、投げナイフが多数……。ユーリケの武器は刃物ばっかりだ。

 あ、そうだ、私も包丁を研いでおこう。


 渡された食料は冒険者ギルドの定番の保存食だ。

 つらい……。

 歯の立たないような一口サイズの堅パン、塩がきつすぎる干し肉。それに果実の砂糖漬けを干したものも入っていた。これは甘くて嬉しい。

 ゆっくり調理する時間の無い時は干し肉を噛み千切って、堅パンは長時間口の中に入れたままふやかして食べる。つまり食事自体が苦行だ。

 けれど今は船に乗っているだけで調理する余裕がある。

 私は背負い袋の中には必ず入れているホットプレートの魔道具を取り出した。


「おおっ、クレイドルの超便利魔道具だ。俺たちも一緒に食べていいか? 肉は多めに出すからよ」


 ヨンさんたちが寄ってきた。もちろんいいとも。

 一緒に食べよう。

 腹が減っては戦は出来ぬ。ああ、これはニホンの格言だったか。

 至極名言である。


 ◆◆◆


 ところで魔石の話をしよう。

 使い終わった魔石は透明になる。実はこれを元のように魔力の詰まった濃い色の魔石にすることは可能だ。

 だったら何度でも使えばいいと思うだろう。だが残念なことに魔石の再生には、途方もない手間と時間と大量の魔力が必要になる。

 例えば魔術用の杖を作るのに適した直径5~10セチメルの魔石を再生するよりは、そのサイズの魔石を落とす魔物を倒したほうがよほど早くて楽なのだ。

 ではどこで魔石の再生魔術が利用されているかと言うと、国の中枢だ。国家の安全を維持するために使われている魔石の中には、手に入れるのが困難な大きさの魔石がある。それは大勢の魔術師たちの多大な労力によって、これまで何度も再生されて使われてきた。


 さて、そんな魔石再生魔術だが、ごく小さな魔石であれば、諸君一人でも再生できないことはない。もちろん小さな魔石など、魔物を倒して取ってくる方がよほど楽に決まっている。

 けれどどんなに小さくて安くても、かけがえのないものはある。

 例えば恋人に貰ったお守り。あるいは母から譲り受けたアクセサリー。

 同じサイズの魔石は簡単に手に入れられるとしても、どうにかして再生したいと思うはずだ。


 そんな諸君にこの魔術式を紹介しよう。

 1セチメル程度の小さな魔石なら、下の魔術式で再生することができる。

 ただし、必要なクレジットは100G、さらに大量の魔力を必要とする。魔術式に流す魔力が足りない場合は薄い色しかつかないので、望む色にするまでに日を変えて何度か繰り返し魔術式を使う必要がある。

 たかが1セチメルの魔石の為にそこまでする必要があるのか?

 そう思う者には、この魔術式は必要ない。

 だがきっとこの魔術式によって救われるものも居る。

 居ることを願っている。

 たとえ安価であっても、唯一無二の魔石というものもあるのだ。

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