第33話 刺激的なタイマーの魔術

 晴れている夜は、空を見上げればたくさんの星と大きな月を見ることができる。

 月は日々形を変える。何度理屈を聞いても不思議に思えて、その変化もまた面白い。とはいえ、夜中にのんびりと月を眺めるのは安全な町中にいる時くらいだろう。

「月を見る」とは冒険者たちの間では、恋人とともにいる時間を指すロマンティックな言葉である。


 ◆◆◆


 その日、レクセルに帰り着いたのはすでに日が落ちた後だった。

 クラーケンは食用なので、冒険者ギルドよりも漁業組合へと卸したほうが高く買い取ってくれる。それはバスコの船員たちに任せて、ユーリケとバスコと私は急ぎ冒険者ギルドへ向かう。

 何しろ超特大の魔石を二つも持っているのだ。時間外だろうと今日のうちに報告を済ませたかった。


 冒険者ギルドは通常、あまり夜遅くまでは開いていない。ただ不測の事態に対応するためいつも二、三人の職員がいる。さらに今は魔物の大発生中なので、この時間にしては驚くほど多くの人がギルドの中を歩き回っていた。


「忙しそうだな」

「じゃ、明日にする?」

「ユーリケ、ダメに決まってるでしょう。あっ、こらっ、こんなところで出そうとしないで!」

「え、買い取りコーナーに出すんじゃないのか? この魔石」

「これは特殊な依頼だから、ギルド長に直接だな」

「へーい」


 ギルド長への面会は、思ったよりもずっと早くほぼ即時に叶った。

 早歩きの職員に案内されて部屋に入ると、すぐに報告を要求される。

 ユーリケがクラーケンの巨大な魔石を、バスコがそれよりもさらに大きな湖底の魔石をテーブルの上に乗せた。


「これは……凄いな」

「島の洞窟がダンジョン化しかけていたようだ。青い魔石が最奥にいたクラーケンのもの、そして紫色の大きな魔石が地底湖の底にあったやつだ」

「なるほど。クラーケンを少人数で倒すとはな」

「ああ。クレイドルもユーリケも十分過ぎる働きをしてくれた。ところでイグナーツ、ギルドが騒がしいが他の現場で何かあったのか?」

「ああ。それを今言おうと思っていたところだ」


 部屋に入ってきた職員が今回集めた魔石を全部持って出て行った。これから査定して、数日以内に報酬が振り込まれる。報酬は当初の契約通りバスコ達七人と私達で山分けするが、かなりの高額になるはずなのでバスコ達にも損はない。クラーケンを売った代金も半額、バスコが後日振り込んでくれる。


 そんなふうにバタバタと今回の依頼の後始末を終わらせてから、ギルド長のイグナーツが改めて口を開いた。


「昼過ぎに、王都チュレヤから緊急連絡が入った。どうやらチュレヤ近郊で魔物の大発生が起きたようだ。レクセルは幸いほぼ沈静化できたのだが、手の空いた冒険者から早急にチュレヤへ派遣してほしいとのことだ。特にクレイドル君」


 ギルド長が息を継ぐように言葉を止めて私を見た。


「クレイドル君は飛行の魔術が使えるとか。王都防衛の義務依頼が最重要用件で出ている。もちろんユーリケ君もだ。引き続きになるが受けてくれるだろうか」

「俺は受けるぜ」

「もちろん私も」

「では頼む。そしてバスコにもレクセル支部から依頼したい。ギルドの高速船でリネイ川を遡ってエマ湖まで、そこからさらにチュレヤのすぐ近くまで流れている川がある。船で行くには少し厳しい川だが、うちの高速船とバスコの腕なら大丈夫なはずだ。冒険者を五人、運んでほしい」

「イグナーツの頼みだ、引き受けた。いつ出発だ?」

「明日、朝日が昇る前に」


 私達もまた、バスコの船に乗ることになった。

 今度は小型の高速船だ。エマ湖まで二日はかかるところを、一日足らずで行くらしい。

 夜明けまでに少しでも長時間身体を休めるため、この日はギルドの仮眠室で眠ることになった。


 ◆◆◆


 レクセルの冒険者ギルドの仮眠室は、まるで貴族の館かと言いたくなるような天窓が付いていた。そこから丸い大きな月が見える。どうしてこんなお洒落なつくりなのかと聞いたら、一緒に仮眠することになったバスコが教えてくれた。

 この天窓は日が昇るとすぐに直射日光が射しこんで、猛烈に眩しい上に暑くなるらしい。これが仮眠の冒険者をさっさと追い出すための目覚まし代わりだとか。

 全然優雅ではなかった。


 ところで諸君はどうしても朝早く起きなければならない時、どうやって起きるだろうか。

 おそらく目覚まし時計を使うことが多いだろう。

 目覚まし時計は便利だが、慣れれば止めてまた寝てしまう。

 そこで予備の目覚まし代わりの魔術を紹介しよう。

 これはタイマーの魔術という。決められた時間が経つと術が発動し、微弱な雷を落とすのだ。その雷はごく微弱で、怪我をする心配はない。

 下に書かれた魔術式をまずは紙に書き写す。そして所定の位置に時間を書き込む。例えば六時間後に目覚めたかった場合「六時間」と書き込めばよい。

 その魔術式にほんの僅かの魔力を流し込む。必要なクレジットはわずか5Gに過ぎない。

 そして諸君はその紙を例えば二の腕や太ももに貼りつけて寝よう。(注1)

 六時間後には確実に、ピリリと刺激的な目覚めを迎えることが出来るだろう。


 ――――――

(注1)私は使わないが。ユーリケで確かめた結果、効果は高いと保証しよう。



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