第32話 高圧加熱調理の魔術
海は食の宝庫である。
旨いものを手に入れるには危険も伴うが、地上にいるものとはまた違った味わいがある。
内陸に住んでいると新鮮な海の幸を食べる機会は少ない。魚は川でとれるが海のものとは味が違うのだ。どちらが良いというのではない。ただ、違うのだ。
港町レクセルには海辺の町独特の料理がある。訪れる機会があれば、怖がらずに試してみるのもいいだろう。
◆◆◆
地底湖は深く広さもあったが、クラーケンが住むには狭すぎる。重すぎる巨体をどうにか地面に引き上げると、地底湖の水量は一気に減った。
これはダンジョンの特徴だ。大きく力のある魔物が狭いダンジョンの奥深くにずっといる。当たり前だと思っていたが、実際に目の当たりにするとこんな不自然なことはない。
「水が減ったってことは、海とは繋がっていないのか。このクラーケンは一体どこから……」
「いえ、地底湖の水は海水ですから、おそらく小さな穴で繋がっているのでは。穴が小さければ一気に水量が増すということもないでしょうし」
クラーケンは小さなうちに迷い込んだのか。それとも普通のイカか何かが、地底湖の魔力によってクラーケンに進化させられたのかもしれない。
浅くなった水の底に在る物を見ながら、そう思った。
岩にへばりついた海藻が揺れる。その間から見えるのは、人の頭ほどもある巨大な魔石。
「でっけえな……」
「あれがおそらくダンジョンの核と言われるものでしょう。普通のダンジョン核は持ち上げられないくらい大きいと聞きますから、ここはまだダンジョンになって間がないのかも」
みんなと相談して、私が取ってくることになった。何故ならもう下半身が水に浸かっていたからだ。今はあまり深くはないので、ちょっと潜ればいい。海藻をかき分けて手を伸ばすと、巨大な魔石はあっさりと腕の中に引き寄せられる。湖底にただ落ちているだけのようだった。
水面までは持ち上がったがそこからはさすがに重くて、バスコとユーリケの二人がかりで引きあげる。
地面に置かれた魔石は、青味がかった美しい紫色だった。
風属性の魔石であり、国宝級のサイズだ。この大きさの魔石は必ずギルドへと提出しなければならない。
「こっちもなかなか立派だぞ」
マテオがクラーケンから魔石を取りだしてくれた。水属性の青い魔石で、大きさも核より少し小さいが直径が15セチメル以上はあるだろう。
これで依頼は完了だ。
二つの大きな魔石とクラーケンの足を持てるだけ持って、我々は船へと戻った。
船に戻ると船員たちは、急いでクラーケンの足を氷漬けにしていた。魔物の中でもクラーケンは比較的旨い素材だと言われている。
もちろん私は声を大にして、そのほかの魔物も旨いのだと言いたい。がしかし、もちろんクラーケンの旨さを否定するものではない。
私もクラーケンを料理してみたいという思いはあったが、凍らせて鮮度を保ったままレクセルの町に持って帰ることにした。何しろ港町レクセルにはクラーケンを捌いて何十年というベテランの料理人もいるのだ。
今回の依頼料で最高のクラーケン料理を食べようと、ユーリケと二人で誓った。
そして意気揚々と町に帰った私たちを待っていたのは、またしても引き受けざるを得ない義務依頼だった。
◆◆◆
魚料理といえば、少し厄介なのは小さい骨がたくさんあることだ。
小さめの川魚など、小骨まで食べてしまうことも多い。けれど大きな魚は骨が固くて丈夫で、とてもではないが骨ごと食べるのは難しい。
そこで一つ提案したい調理法がある。それは高圧加熱調理だ。
出来ることならば、専用の圧力鍋を手に入れることをお勧めしたい。だが安くはない調理器具だ。実際にどのような効果があるか分からないのに買うには勇気がいるかもしれない。
そんな諸君に朗報だ。
ごくごく限定的な条件ではあるが、家にある鍋で高圧加熱調理ができる魔術式を開発した。これは風と火属性の合成魔術で、非常に複雑なものだ。
丈夫な鍋を用意してほしい。その中に切った魚と調味料を入れてこの魔術式の上に置く。その後そっと魔力を流すと、鍋の中に風が凝縮して入り込み、中身は高温になるだろう。あまり長時間煮込む必要はない。この魔術式一回で約5分の高圧加熱調理ができる。
高圧加熱調理の特徴は、普通に煮込むよりもずっと短時間に柔らかく火が通ることろだ。少々固い魚の骨も、歯で噛み砕けるほど柔らかくなる。
もちろん肉料理にも使える。味もよく染みていつもの料理がまるで別物のように思えるかもしれない。
ただし魔術式がとける時に高温の蒸気が鍋の上に噴き出すので、決して鍋の真上から覗かないようにしてほしい。念のため風魔術のガードはつけているが、絶対に安全とは言えない。旨いものを作るには危険が伴うのだ。
さてこの高圧加熱調理の魔術は、一回たったの20Gのクレジットで使うことができる。圧力鍋に比べれば断然お安いが、多少危険だとご理解いただきたい。
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