第11話 【閑話】魔術師の道具1
私としたことが、基本的なことを書くのを忘れていた。
申し訳ない。
今回は魔術式ではなく、それを記す道具について語ろうと思う。
魔術式を写すには、専用のペンとインクが必ず必要になる。魔術学園に通っていたものならば一通り勉強しているとは思うが、大切なことなので一度説明させてほしい。
魔術師は
私は魔術師としてはそれなりの才能があると自負しているが、残念ながら非常に悪筆である。術が発動するようになるまでには、何度も何度も魔術式を書き写し、血のにじむような努力をした。
「へえ、それが魔術式か」
「……あ。ユーリケっ、魔術式を書いているときは声を掛けるなと言ったでしょう!」
「あらら、間違ったな。ちょっと貸してみな」
腹の立つことに、冒険者としての相棒であるユーリケ・ベルディフは意外と器用だった。
見本の魔術式を見ながら、さらさらと紙に書いて私に差し出す。
「ほら、これでいいんじゃね?」
「……確かに形は。でもこれだと使えませんね」
「は? 何でよ」
「魔力を流してみればわかります」
「ふーん。……ん? 発動しねえな」
ユーリケが首をひねるのも無理はない。魔術師のペンとインクは普通の文房具ではなく、魔術の勉強をしていないものは使うことがないはずだ。
諸君はおそらく魔術を学んでいるだろうから今さら言うに及ばないが、ただ図形を書き写すだけでは魔術式は発動しない。書き写すときにほんの僅かずつ魔力を流し込み、その魔力でインクを定着させるのである。それが魔銀製のペンを使う理由の一つだ。
「ちぇ。俺の方が書くのは上手いのにな」
「まあまあ。ユーリケには剣があるじゃないですか」
「それもそうだな。じゃあさっさと書けよ。冒険に行こうぜ!」
それから一時間、ユーリケを待たせて私はゆっくりと魔術式を書き写した。
このように、役割分担というのは非常に大切である。剣士は剣士としての準備をし、魔術師は魔術師としての準備をする。
それについて、私が常に心にとめている言葉をここに記そう。
「初心者こそ高価な道具を使うべし」
これはニホンで覚えた格言だ。「高価」というのはもちろん装飾が派手なものという意味ではない。良い素材を使って熟練の細工師が丁寧な仕事をして作り上げたもののことだ。
魔術師として初めて自分で装備を揃えるとき、諸君はどういう予算配分を考えているだろうか。町の外に出るならば、防具や剣も用意したい。服も丈夫なものを、背負い袋も必要だ、靴は歩きやすいものを……。
欲しいものは多々あれど、予算は限られている。ならばペンとインクは安いもので済ませよう。そう考えてはいないだろうか。
武器や防具ももちろん大切だろう。だが魔術師にとって一番大切なのは魔術を行使することである。自分の得意な属性は基本の杖が一つあれば発動するだろう。けれどそれ以外は術式を書き込んだ魔道具を補助に使うことになる。
安いペンを使って書いた魔術式が、途中でかすれて上手く発動しなかった。そういう事例はいくらでもある。上級魔術師にもなれば、安くても良い道具を見抜くし、ある程度は自分に合わせて調整もできる。だがそれができる自信がないうちは、予算の許す限り確かな保証書のついた名品を探し求めるのがよい。
良いペンとインクさえあれば、魔道具や魔術書に魔術式を書き写す依頼はたくさんある。それをこなしながら徐々に武器や防具を揃えればいい。
例えばチュレヤの町のドレンシー魔道具店では、常時魔術師を募集している。まずは安全な町中での仕事を探すのが良いだろう。
さて、ペンとインクを手に入れたならば、次は魔術式を書き写す素材についてだ。……と思ったのだが、長くなりそうなのでそれはまた先のページで語ろうと思う。
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