第38話 二人だけの連携の魔術

 ふと思う。

 恋人がいるというのはどんな気持ちなのかと。

 最近ユーリケがアマーリエ・ フロリアノヴァーと仲が良い。二人が恋人同士なのかそうでないのかは分からないが。

 実は誰かと一緒にいるアマーリエを見れば、私の胸中に嫉妬の嵐が吹き荒れるのではないかと思っていたが、意外と大丈夫だった。今の私は、二人の前途を心から祝福できる。

 そしてふと考えてしまう。

 もし私の隣にチュレヤの魔道具屋の看板娘がいれば、どんなにか……。


 ◆◆◆


 夜明け前に付近の村に野営していた冒険者たちもまた、魔物を取り囲むように魔術師の外側に待機していた。

 気を利かせてくれた騎士が、ユーリケたちをここに連れてきてくれて、私もヨンさんも仲間と合流することができた。


 そして今は魔物の大群の真ん中に立ち上がった火柱を見ている。


「すげえな、国軍魔術師」

「こういう大勢でタイミングを合わせないといけないような魔術は、国軍ならではですね。ただ準備に時間がかかるのと、何度も打つことができないのが難点です」


 小さい魔物が大量にいるからこそ役に立つ魔術であり、対人戦だと実はあまり使い勝手は良くないのだ。

 これで中小の魔物はぐっと数を減らし、生き残った大型の魔物をこれから倒すのが我々の役目になる。私は魔術書を腰のホルダーに仕舞った。右手の杖は風属性のものに持ち替え、左手には滅多に使わない火属性の短剣を持って出番を待つ。

 魔術を終えた国軍の魔術師はすでに後方に下がっている。

 そして火柱の様子を見ていた騎士が合図を出した。


「行くぜ」

「クレイドル達も油断するなよ」

「ええ。ヨンさんも気を付けて」


 ヨンさんと拳を打ち合わせてから、走っていったユーリケの後を追いかける。

 やはり慣れた相棒と一緒に戦うのは良い。

 ユーリケは一番近くにいた巨大な金色熊に駆け寄り、剣を振りかぶって切りつけた。そして案の定、金色熊の魔法で足元を掬われてコケかける。その上を後から追いついた私が華麗に飛び越えた。


「切り刻め、旋風」


 右手に持った風属性の杖を振るう。小さな竜巻が金色熊を巻き込んだ。その竜巻の中に左手の短剣を使って火を送り込む。魔術で生まれた火は風の中で勢いを増して、金色熊を焼き払った。

 足元でユーリケがブツブツ言いながら立ち上がる。


「おいこらっ危ねえぞ、クレイ」

「邪魔ですよ。さっさと立ち上がって次行くっ」

「へーい」


 冒険者たちはぞれぞれ、一、二体の魔物を数人で囲んでは倒していった。特に連携などなかったが、何となくうまくいっている。大群だった魔物達も数を減らし、普段の狩りと似た様相になっているからだろう。昨日はかなり大変だったらしいが、今見る限りでは、もう皆落ち着いて対処できている。

 固く門を閉ざしていたチュレヤからも国軍の兵士が出てきて、戦列に加わった。


 まだ魔物の数は多く、倒すのに時間のかかりそうな大物も何体もいたが、このまま順調にいけば今日の夜か明日にはほぼ終わるだろう。

 そう思ってふっと気を抜いた。

 戦いの最中でも、そうした瞬間はあるものだ。次の獲物を探して走りだそうとするユーリケを追う前に、何となく空の青に目をやった。


「ユーリケ、ちょっと待ってっ、待て!」

「お、おう? どうした?」

「あれ見てください」


 指さした空の向こうに、砂粒のような小さな黒い点がいくつも見える。


「鳥か?」

「鳥にしては大きすぎます。もしかして飛竜じゃないですか? 皆に警戒するように言わねばっ」


 背後で全体を見守っていた騎士の一人に駆け寄り、空を指さす。

 私と前後して、チュレヤの街壁の上でも兵士が空の影を見付けたようだ。動きが慌ただしくなっている。騎士が連絡に走り、戦闘中の冒険者たちの間にも次第にざわざわと動揺が広がり始めた。


 ◆◆◆


 大勢でタイミングを合わせて魔術を使うというのは、途方もなく難しい。

 国軍の魔術師たちが一糸乱れぬ連携で火柱の魔術を放ったのは、タイミングを合わせるための補助魔法があったからだ。輪になった魔術師たちが発動に備えて杖を構えて準備しているところに、風属性の魔術の応用でタイミングを伝えるのだ。

 息の合った強大で美しい魔術は、平時であれば祭りの時などに見ることができる。


 この魔術は大勢で連携しようとすればとても難しいが、人数が少なければ少ないほど簡単な魔術式で可能になる。

 例えば二人で連携するなら、このページにある魔術式で十分だ。この魔術式を使うと、連携を取る相手と細く魔力が繋がっているという感覚を得る。


 普段の生活の中でタイミングを合わせて魔術を使うということは滅多にない。だからこの魔術の本当の出番はないのかもしれない。でももし諸君に恋人がいたら、一度使ってみてはいかがだろうか。恋人と魔力的な繋がりを持つというのは得難い体験だと思う。

 私は想像するだけだが。


 この魔法にクレジットを設定するのは野暮だと思う。恋人同士の時間はプライスレスでありたい。

 そんな諸君への私からのプレゼントだ。

 そして、いつか私も……。

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