第40話 みじん切り器の魔術
「旋風」という魔術がある。
詠唱は私のオリジナルだが、風属性の攻撃魔術としてはよく使われる魔術だ。その効果はつむじ風の中に敵を閉じ込めて切り刻む。閉じ込めると言っても風なので、強い魔物に対しては効き目が薄く効果が出ない場合もある。
飛竜は風属性の魔物なので同じ風の魔術は効果が薄い。
火属性の杖を失くしていなければもう少し有利に戦えたのかもしれないが、後悔しても仕方がない。今持っている手段でどうにか戦ってみよう。
下には仲間がいる。私はただ飛竜を地上に落とせばいいだけなのだから。
◆◆◆
前に解説したように、魔術用の杖にはいくつかの魔術があらかじめ設定されている。右手に持っている風属性の杖にはかなり大きな紫色の魔石が付いており、鈍器として使ってもそれなりに効果は高い。まあ、柄が短いのでそんな使い方はしないが。
設定している魔術は「切断」「旋風」「暴風」「拘束」「浮揚」の五つだ。
「浮揚」は魔術書にある「飛翔」の下位互換的な効果を持つ。術は下位だが杖は魔石の力を借りるので、魔術書と違い重ね掛けが容易だ。重ね掛けすればスピードが上がる。
「風は動き足元に集まる。我が身体は重みをなくし自由に空を舞う。飛翔!」
空中に浮きあがり高い位置から飛竜を目で追う。見つけた時は黒い点だったのに、今ではもう小さいながらも形が見える。そして鳥よりもずいぶん高い位置を飛んでいるので思ったよりも大きそうだ。数は間違いなく八体。さて、どうやってこれをバラバラにするか……。
「まあ、待っていても仕方ありませんし、行きますか。風よ我が足に集まれ。浮揚、浮揚、浮揚」
バランスに気を付けながら風の力を利用してさらに高く上がる。そして今度は前に向かって飛び、飛竜にぐっと近付いた。
飛竜は翼を広げて飛んでいるときは巨大だが、体の大きさは人と同じくらいだ。
高く浮き上がって上から見下ろせば、威圧感は減る。
飛竜の目標は他の魔物達と一緒でどうやらチュレヤのようだ。町の何を目指しているのかは分からない。人が多いからか、それとも町の中心には多くの魔石がいろんな場所で使われているので、魔石目当てなのか。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「全員を相手にってのは無理ですからね。荒れ狂う風よ飛竜全部を巻き込め。暴風っ!」
広範囲に渦巻く風が発生し、一旦は飛竜の動きが混乱した。だがそもそも飛竜は風属性の魔物だ。似たような魔法で暴風を払いのけて、逆にこちらに打ち返してくる。
「浮揚、浮揚、浮揚っ! そして切断!」
高度を上げて避けながら、一体を狙って術を飛ばす。
詠唱がないと威力は減ずるが、今はスピードが大事だ。
鋭い風の刃が一体の飛竜の翼に切れ目を入れた。
「ギュオオオオゥッ」
「切断、切断、浮揚!」
翼の切れた飛竜を狙って魔術を当てる。怒った飛竜たちがチュレヤではなく完全に私を追ってき始めた。スピードが上がるので私も逃げるスピードを上げる。しばらく飛ぶと翼の切れた飛竜だけが高度を落とし始めた。
「荒れ狂う風よ飛竜を巻き込め。暴風っ!」
追ってくる七体の飛竜をもう一度暴風で包み、その隙に一気に高度を落とした。風が耳を刺すような音を立てる。
暴風を下からくぐり抜け、高度を落としていた飛竜の前に出た。
「ギャオオ」
「切り刻め、旋風」
私の魔術と飛竜の魔法が同時に放たれた。
飛竜は一方の翼が完全に切り落とされ、旋風にもまれるように地上に落ちていく。私もまた飛竜の起こした風にバランスを崩されて、地上へと急速に高度を下げた。
「浮揚、浮揚、浮揚、浮揚、浮揚!」
私はバランスを崩したまま地上付近まで落ちたが、浮揚の魔術がクッションのように私の身体を支えてどうにか着地した。
先に落ちた飛竜を下で待つユーリケたちが囲むのが目の端に見えた。
だがのんびりは出来ない。怒った残りの飛竜がこちらを目指している。
体勢を立て直して、私は再び飛翔の魔術で飛んだ。
スピードを上げて、飛竜の鼻先を逃げる。逃げて逃げて、そしてたまに攻撃魔術を打つことの繰り返しだ。魔力が続く限り飛ぼう。
そして国軍の魔術師が準備できるまで、さらに鬼ごっこは続く。
もちろん、鬼は私だ。
◆◆◆
ところで旋風の魔術は一つ便利な使い方がある。
それはずばり、料理だ!
短時間ならみじん切り、長時間かければ肉もミンチに出来る。ただしこの魔術は生きものには肉や野菜を刻むよりも効果が薄い。体の中にある魔力が魔術に負けまいと反発するからだ。
つまり料理に旋風を使ったとしても、威力さえ弱めておけば安全だと言えるだろう。丈夫な木のボウルを一つ、用意してほしい。そのボウルの内側に丁寧に魔術式を書き写せば、みじん切り器として使える。
ボウルは曲面なので魔術式を書きにくいと思うが、出来るだけ丁寧にな方が安全性も高まって良い。
そのボウルの中に肉や野菜を入れてそっと魔力を流そう。
ボウルの曲面に沿うようにつむじ風が現れ、素材を細かく切り刻む。
つむじ風はそのまま放っておけば一分間続く。途中で止めたいときにはもう一度魔力を流すと良い。
これは一回魔力を流すたびにクレジットが必要になるが、たったの1Gなのでご容赦いただきたい。
一つだけ、注意することがある。
ある程度安全とは言え、決してつむじ風の中に手を入れたりしてはいけない。両手でボウルの縁をしっかりと持っておこう。
つむじ風はボウルから飛び出すことはない。ただ刻みすぎることはあるので、どの程度の時間で止めれば良いかは何度も使ってコツを掴んでほしい。
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