第4話「街」
「ちょっと、真城くんどこ行くの危ないよ!」
「瀬木、久美子、お前らは街に戻ってろ」
地上への階段を確認して、俺はそのまま登らずに静かにUターン。
俺は開けていない宝箱の回収へと向かった。七海の集団が、手に入れた金貨や宝石を分けてくれるとは思えないので、最低限の資金を手に入れないといけない。
瀬木碧や、久美子が付いてきてしまったのは邪魔だが……許容範囲としておこう。
罠はあらかた稼働させて、モンスターも湧いた直後だからすぐには襲われないはず。
「そこで黙って見てろよ。付いてくるなら俺の後ろにいろ」
俺は、小石を拾い上げると開けていない宝箱に向かって投げつけた。
プシューッと音を立てて宝箱が開く。何らかの罠が作動したようだが、問題ない。地下三階までは、宝箱の罠のパターンが決まっている。
石弾、毒針、あるいは音がなるだけで
罠が飛ぶ角度は八方のどこかなので、十分な距離を取って角度に気をつけて小石を宝箱の側面に叩きつければ安全に解除できる。
「宝箱なんか開けて、大丈夫なの」
「大丈夫だから開けている、ほらお前らも中身を持ってくれ」
リュックサックもないから多くは持てないが、五つほど開けておけば当面の資金としては十分だろう。
瀬木と久美子にも、宝箱の底を漁って集めた金貨と宝石を渡してやった。二人はいそいそと制服のポケットにしまいこんでいる。袋なしには、これ以上持てない。
「ほら、街に戻るぞ」
「うん……なんかすごいね」
瀬木は、なんだったんだって呆然とした顔をしている。
久美子は、なにがおかしいのか必死に笑いをこらえていた。なぜ笑う、笑うとこじゃないだろ。
……まあ、こいつの性格はミステリアスだからな。
※※※
地上への階段を登ると『街』だ。
これは、街としか言いようがない。『ジェノサイド・リアリティー』のダンジョンには、ここしか街が存在しない。街の名前が付いていないために、『街』としか呼びようがない。
「街は、こうなっていたのか」
太陽の眩い光が差し込む天井を見上げて、俺は感嘆の声を上げた。
ジェノリアの木材と石でできた中世ヨーロッパ風の整然とした街並み、美しい光景だ。
しかし、一見どこにもおかしな所はないのに、感の鋭い人間ならすぐ違和感を覚えるはずだ。
この綺麗な街には生活の匂いがない。住居がまったく存在しない街なのである。
住居がないのは、住人がいないから。冒険者にとって必要な施設は揃っているが、全くの無人。古いゲームだから仕方がないのだが、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)って奴がいないのだ。
まるでキャストが一人も居ない、中世ヨーロッパ風のアミューズメントパーク。
それでも実物を見ると壮観だが、俺が個人的に驚いた点はもうひとつある。
ジェノリアは、擬似3Dゲームだったので、見上げるという行為ができなかった。
ふいに空を見上げてみて、『その事実』に俺は愕然となった。
俺は、ゲームの唯一の憩いの場である街を、地上の街だと思っていた。
しかし、高い壁に囲まれた四角い碁盤の目のような街は、地上ではなかった。
本当の地上は、壁をずっと登っていった上空に存在する。
この街は、すり鉢状に掘られた大きな岩穴の底に存在しており、五・六メートルは上にある天井はよく見るとガラス張りになっている。
俺はほとんど反射的に、拾っておいた石を天井のガラスに向かって力いっぱい投擲した。
バシュンと、ジェノリアで魔法が発動した時の独特な音が聞こえた。石は弾かれて、ガラスには傷ひとつ付いていない。
「ちょっと、真城くん。いきなりなにするの」
「あの天井のガラスを割れないかと試してみたんだが、無理だったようだ」
「上から出れないってこと?」
「そうだな、この街に出て助かったと思ったんだが、ここに閉じ込められている現状は変わらないってことだ」
時刻はまだ昼間だが、不思議な事に満月が見えた。いや、昼間に月が見えることはそうおかしくないか。
俺は、じっと蒼天に浮かぶ鮮やかな満月を見つめる。
月どころか、天井のガラスにも手が届かない。
俺たちは、籠の中の鳥のようなものだろう。
あのガラスが、何らかの魔法で割ることができないのであれば、壁を登って無人の街から出ることはできない。
そして、この街から行くことができるのは、地下の危険なダンジョンだけだ。
七海のグループは、街の真ん中であーだこーだと相談している。「携帯の電波が届かない」とか今頃言っているが、当たり前だろう。
あのレトロゲームマニアのモジャ頭が、盛んに「ゲームの世界だ、ゲームの世界だ」と連呼している。彼が街の位置を言い当てても、まだ周りは半信半疑のようだ。
さっさとヘルスポーションの作り方を教えてやれよとイライラして見てたら、ようやくモジャ頭が魔法の使い方を教え出した。
ヘルスポーションで回復した怪我人を見て、ようやく連中はモジャ頭の言うことを信じ始めたようだった。
これでいい、俺はあいつらの遅いスピードに付き合うつもりはない。
もう七海の戦闘集団に参加するつもりはない、俺は俺で好きにやらせてもらう。
上を見上げている瀬木は俺達と外界とを隔てるガラスを見ているのかと思ったら、青い空に浮かぶ満月を泣きそうな顔でジッと睨みつけていた。
月を見て、また曲線がどうとか物思いにふけっているのだろうか。
俺はそっと瀬木に近づくと、後ろから錆だらけのナイフを突きつけてみた。
その瞬間、見えない壁のようなものに阻まれて前に進めなくなる。やはり、街の中はネガティブ行為が禁止されているんだな。
あらかた、実験も済んだ。
「おい瀬木、いつまでもボサッとしてないで。買い物に行くぞ」
「あっ、待ってよ真城くん……」
俺の後に、瀬木と久美子が付いてくる。
まず道具屋に向かう、必要な道具を揃えないといけない。
「お前らも、さっきやった金でまずリュックサックを買っておけ。あと
「ねえ、このお金は本当に使ってもいいの?」
制服のポケットからジャラジャラと金貨や宝石を、俺に差し出してこようとする瀬木と久美子を見て俺はため息をついた。
「お前らが手に入れたものだろ。金なんて下に降りればいくらでも手に入る、勝手に使え。余ったら、リュックサックに入れておけばいい。宝石はどこの店でも換金できるが、道具としても使えるから少し売らずに持っておくのも手だ」
ダンジョンで手に入る宝石は、マナ回復薬の代わりに使える。宝石の王様であるダイヤモンドは、魔法を使うときのマナとして全能に使える。赤いルビーは魔法使い系の魔法に、青いサファイアは、僧侶系の魔法のみ使用可能。
緑のエメラルドは、使うと毒などの状況変化への耐性が一時的に付く。迷宮で手に入る宝石の効果を分かっているのといないので、かなりの違いが出る。
トパーズは……日本に三つしかないジェノリアの攻略サイトの一つを作った俺でも、効果が分からなかった。英語のサイトを翻訳して読んだが、やはり書いてあるサイトはなかった。
単に意味有りげに存在するだけで、何の効果もないのかもしれない。ジェノリアはリアル感を出すためか、効果がない遊びのアイテムがたくさんある。
ちなみに比較的価値の低いペリドットは、喉の渇きと空腹の減りが一時的に少なくなる。ラピスラズリは、眠気覚ましの効果がある。
ここらへんは手に入りやすいので、緊急時を除いて売れるときに売ってしまったほうがいいだろう。
俺は迷宮探索をするから、ロープなどの探索用の小道具もついでに買っておく。
道具屋で手に入るリュックサックは、軽くて安くて丈夫だ。総重量は変わらないはずだが、手荷物にするよりもだいぶと軽く感じる。
「さてと、腹が減ったな」
「ねえ、真城くんあれって……」
瀬木の細い指先に、見慣れた赤い看板と酷似したダブルMのマーク。マクバーガーだ。
アメリカでも、マクバーガーはポピュラーな店なのだろう。一見すると中世ファンタジー風の街並みなのだが、ジェノリアにはこういうパロディーみたいなお店もある。
「サンキューセットにするか」
「古い……」
そりゃ、古いゲームだから仕方がない。カウンターはマクバーガーを模しているが、店員さんはおらずメニューのボタンを押すと出てくる自動販売機である。
サンキューセットと書いてあるが、どのセットを選んでも料金はコイン一枚。いい加減な値付けだなと思いつつ、バーガーとポテトと飲み物のセットを買った。
「美味い。ちゃんと味が落ちる前のマクバーガーの味がする!」
「真城くん、昔の味なんか知らないくせに適当言ってない? あと、紙袋にオーク肉100%って書いてあるんだけど……」
ちゃんと
腹に入ってしまえば一緒だ。塩っ辛いポテトをパクついて、ズズッとアイスコーヒーで流し込むとひとごこちついた。
「さてと、せっかくの街なんだから、とりあえず宿屋で休んどくか」
「えっ、なになに、ワタルくんとご休憩していいの?」
俺がせっかく瀬木と話してるところに、久美子が割り込んできた。
こういう話になると、食いついてくるからな。まあいい。
「宿屋があるんだよ。休憩は必要だな、とりあえずシャワーぐらいは浴びないと気持ち悪い」
「それもそうだよね」
瀬木も俺も、オークの血糊やゴブリンの緑の体液でドロドロになっている。
久美子は槍を武器にしていたせいか、もともと身のこなしが敏捷なのか、白いセーラー服なのにほとんど汚れていなかった。
こいつ、女子のくせに思ったよりもずっとできる。
攻撃を全部かわしながら戦ってたってことか、敏捷系の職業適性が付いているのかもしれない。
「まあいい、あれが宿屋だ」
「うわーなんかすごいね」
中世風の街並みなので、看板である程度何の店か分かるようになっている。
しかし、注文のパネルは普通に日本語表記だったので、日本語訳バージョンをモデルにした世界なのだろうか。
ジェノリアは移植された機体やバージョンによって、若干の変化があるからそこも気になる。
「なんか、ラブホみたいね」
久美子がアホなことを言うので、飲んでたコーヒーを噴き出しそうになった。
確かに中世風の赤い屋根は、いかがわしいホテルに見えないこともないが、情緒がないなあ。
なんかそんなことを言われると内装も、部屋の写真パネルをボタンで選ぶ形式も、本当にラブホテルに見えてきたぞ。
こんなシステムになってる宿屋も悪いが、なんで久美子はラブホに詳しいんだ。
「久美子。お前さ……ラブホテルに詳し過ぎないか。ちょっと引くんだけど」
「なっ、何よ……私だって入ったことはないわよ。ほらっテレビとか、ドラマとかで見るからっ!」
どうだかな、ビッチだし分かったもんじゃない。
清純派を気取ってる奴が、ラブホが出てくるドラマをよく見てるのもどうかと思う。
久美子がことあるごとに、自分が処女だと主張しているのも本当かどうか分かったものではない。
こういう清純派を装った女ほど怪しい。ジェノリアにユニコーンがいれば、判別させられたのにな。
「まあ良いや、六人ぐらいで入れるようだから、ロイヤルスイートルームを一つでいいな」
「ええっ、男女一緒はまずいよ!」
瀬木が慌てて叫んだ。
写真で見る限り、部屋にはベッドも六つあるようだし、風呂は交代で入れば良いだろう。
「そんなの気にするほうがいやらしいだろ」
「うーん、そうかな……」
金に困って無いとはいえ、部屋をわざわざ複数とるような無駄遣いをしてもつまらんだろう。
一番高い値段の大部屋が、どうなってるのかも気になるところである。
「ねえ、ワタルくん。他の子も連れてきてもいい?」
「構わないぞ」
瀬木もいるとはいえ、久美子と一緒の部屋に入って襲われても困るから。
多くの人の眼があれば、外面を気にする久美子はビッチ化しないので、むしろ人数が増えるほうが都合のいいだろう。
久美子が誰を連れてくるのかと思えば、おっとりと優しい顔立ちをした巨乳の
たしか教室の前で自己紹介された……のではなく、久美子が説明したんだったか。同じA組の生徒だから、久美子の友達だったのだろう。
二人は俯きがちに、こっちにやって来て俺に軽く会釈した。最初に会った時の元気さはなく、疲弊して瞳に光がない。
彼女らは頭に矢が突き刺さるという悲惨な死に方で、友達を亡くしている。目の前でそれを見てしまったのだから、落ち込むのも当然か。
トラウマになってなきゃ良いけどな。
「ワタルくん、この子達も休ませてあげたいのよ」
「もちろんいいぞ、じゃあ部屋を借りてみる」
入り口のラブホテル風のパネルに金貨を投入してボタンを押すと、部屋の鍵が出てきた。あとは勝手にやってくれってことだろう、連泊するときとかベッドメイキングはどうするのかとも思ったが、気にしてもしょうがない。
ゲームだったら、ベッドの前でボタンを押しただけで休憩したことになって回復したのだから、それに類した便利な形になっているはずだ。
宿屋の奥に進み、十三号室の部屋の扉を開ける。
室内は、本当にホテルの一室のようだった。
最高級のロイヤルスイートルームというにはいささか狭く感じるが、足が沈み込むほどに柔らかなクリーム色の絨毯。
清潔なシーツがかかったベッドが六つ並んでいて、大きなテーブルには菓子と飲み物も用意されて、椅子が六つ並んでいる。
菓子を摘んでみると、干し柿の中に栗きんとんが入った手の込んだ和菓子だった。誰が作ったんだという疑問もあるが、ジェノリアには柿と栗の木があるのか。突っ込みどころ満載だった。
クローゼットの中には人数分の下着の替えとナイトガウンまで用意されている。休むのに、支障は一切ない。さすがは金貨三十枚のスイートとはいえた。
「外観からすると狭そうに見えたのに、すごい立派ね」
「壁の中を繰り抜いて空間を広げているのかもしれないが、それ以前の問題もある」
なぜか部屋の大きな窓ガラスの外は青い空と海が広がっている。解放感のあるオーシャンビューになっているのだ。
外から見ると、ただの中世風の石造りの宿屋だったわけで、さすがにあり得ない構造だろ。ちょっとチェックしてみるか。
「ちょっと、真城くんなにするの!」
「こうするんだよ!」
思いっきり戦斧で窓ガラスを叩き伏せたが、手がしびれただけに終わった。硬いというより、スポンジで石を叩いているような徒労感がある。
一種の破壊不能オブジェクトか。天井の窓ガラスも、そんな感じに違いない。海が見えるのは、そういう映像が映っているだけなのかもしれない。
「ほのかに磯の香りがするわね」
「幻臭ってやつじゃないか」
魔法があるファンタジーRPGなのだから、どういう仕組みでも不思議はない。この窓を何とか出来れば、本当にこの先には海が続いている可能性もある。幻でも現実でも、どっちでもいいことだが。
今大事なのは、どっちにしろここからは物理的に閉じ込められて出られないってことだけだ。
そして、他のやつは知らないが俺はこの世界から出ていくつもりもない。閉じこもり歓迎、どうせこっちは元からインドア派のゲーマーだ。
むしろたっぷりと地下迷宮を楽しんでやろうと思っている。もともと現実世界になんて未練はないからな。
「ちょっとワタルくん、なに先にお風呂に入ろうとしてるのよ」
「なんだ、俺が金を払ったんだが」
「レディーファーストでしょ。ワタルくんが良いなら、一緒に入ってもいいけどね」
久美子がイタズラッぽく笑うと、一緒にいる佐敷と立花は曖昧に疲れたような笑みを浮かべた。何度見ても、眼が虚ろだ。
久美子のつまらん冗談を相手にするつもりはないが、確かに女子のほうが疲労が激しそうだ。冗談めかしていっているが、先に休ませてやれってことか。
「じゃあ、お前ら先にゆっくり入ってろ。俺は、お前らの着替えを買っておいてやるから」
「そう言いつつ覗いちゃダメよ。私だけならいいけど」
「はっ、言ってろよ」
「あの僕はどうしたら……」
大きな部屋の端っこに申し訳なさそうに、瀬木が縮こまっている。
茶でも飲んで、くつろいでいればいいのに。
「なんなら俺と一緒に買い物にいくか」
「うん、そうするよ!」
一応出かけるときに鍵はかける。こんな豪奢な部屋なのに、オートロック付きではないようだった。
実にチグハグなシステム、レトロゲームの世界なんてこんなものか。
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