第43話「剣豪にランクアップ」
神託所の御影石に手を置くと、文字が表示された。
『剣客から剣豪にランクアップしますか? YES/NO』
「まあ当然だな、イエスだ」
いちいちランクアップを聞くのはどうしてなんだろうな。
物好きな俺でも、さすがに低ランクのままにプレイとか酔狂なことはやらないんだが。
もう一度御影石に手を置くが、剣聖へのランクアップの表示はない。
体感ではもうワンランク上に行けるかと思ったが、経験が足りなかったか。
今度の街の来訪は、早めにしたほうが良いかもしれない。
今の状況は、ゆっくりしたランクアップを楽しもうなどと言っている状態ではない。
なんにせよ、これで『剣客』から『剣豪』になり新たなステージに登った。
より戦いやすくはなるだろう。強敵である
「分からないな」
剣豪まで進めば、上手くやればそのままソロでクリアも可能だった。
それはゲーム的な思考ルーチンの敵を相手にすればの話だ。
今の自分の意志を持ち、成長までする敵にその常識はもはや通用しないとも知っている。
『真城ワタル(しんじょうわたる) 年齢:十六歳 職業:
各種のランクは、最低が
ゲームそのままであれば、もうクリア出来てもおかしくないランクだ。基礎ランクのアップに必要な経験値は倍々で上がっていく。戦士系は、そろそろ成長が頭打ちになる頃である。
ランクアップのゲームのときとの感覚のズレは、何から来るものだろうか。
まあ、予想外の動きをする敵を相手にゲームにはあり得なかった妙な技まで使ったから、その影響かもしれない。
「じゃあ、次、私ね」
久美子が御影石に手を触れるので、思わず見てしまう。
人のステータスを覗くのはマナー違反な気もするが、久美子は隠そうとしない。
『中忍から隠密にランクアップしますか? YES/NO』
「一気に……だと?」
「どうしたのよ、何かおかしいの?」
「いや……」
「これイエスでいいわよね。なんでいきなり違う感じになるのかしら」
『中忍』の次は『上忍』のはずで、『隠密』は更にその上のハイエリートランクになる。
つまり、俺が出来なかった二段階アップを久美子はしたのだ。俺の一つ上のランクを行くとは、さすがは元々忍者から始めたエリート様は違う。
「ええいっ、一気に上忍を超えて二段階アップしたんだよ。俺に聞くなよ」
「なんでいきなり不機嫌なの……?」
ともかくも、これで久美子は隠密になった。ハイエリートだ。
クソッ、俺もすぐ修練に戻ってランクアップしてやる。
『
基礎ステータスランクでは、俺が勝っているのでまだ救いだ。
職業による能力補正など、基礎ステータスのおまけのようなものだから、これなら万が一久美子と争うことになっても負けはしない。
「私もやるデス!」
「いちいち俺に断らなくてもいいぞ」
そう悪態つきつつも、他人のステータスは気になるもので御影石に浮かび上がる表示を見てしまう。
『拳法家から黒帯にランクアップしますか? YES/NO』
「イエス。やった黒帯に、ランクアップデス!」
「そうか良かったな」
ウッサーは、ワンランクアップしただけだ。本当に良かった。
黒帯は俺の剣豪と同列。俺が上位職で、中位職であることを考えれば俺が上だ。ウッサーにまで、ランクを超えられては立つ瀬がないからな。
『アリスディア 年齢:十五歳 職業:
ウッサーのランク、やはり戦闘系に偏りが見られる。戦士ランク
ただ、魔法も使うように教えたおかげで少しは補正されてきた兆しが見える。このまま魔闘術を使っていけば、徐々に魔術系のランクも上がってくるだろう。
「真城、私のも見てくれ」
「やってみろ」
なぜか俺にステータス画面を見せるのが、彼女達の流行らしい。
知ったことではないが、他人のステータスというのもそうそう見られるものではないので見てみるか。
『手斧使いから双斧戦士にランクアップしますか? YES/NO』
「やった、双斧戦士にランクアップだ!」
「おお、木崎に相応しいランクで良かったな」
斧戦士系は、俺と同じように基礎戦士系から分岐する中級職だ。斧による攻撃に強いプラス補正がかかる。
木崎はもしかすると元から斧戦士だったのかもしれない。『斧戦士』から『手斧使い』ときて『双斧戦士』にランクアップしたわけだ。
双斧と言うのは、巨大な双頭斧のことではなく二本の斧を使って戦う攻撃特化戦士という意味だろうが、細かいことは言いっこなしだ。
木崎は本当に嬉しそうにしているので、見ているとこっちも嬉しくなってくる。
所詮斧戦士は、マイナーな中位職だからという見下す気持ちがあるからかもしれないが、素直に祝福できる。
久美子みたいに、俺より上位職でランク超えられると本当に苛立つので、俺は心が狭いのかもしれない。
「木崎さんのは、一緒に喜んであげるのね」
「ほっとけ」
元からエリート職のお前には分かるまい。
さてと、せっかく本人が見せてくれるというのだから、木崎のステータスもチェックさせてもらう。
『
やはり偏っている。
木崎のデータを見れば、七海修一と一緒に行動しているアスリート軍団。いわゆる生徒会の一軍の連中の実力が、どの程度かというのも大体予想できる。
木崎は、アスリート軍団では下の方だった。おそらく俺達と戦う間に、戦士ランクが
平均して
よくあの程度の死亡率で切り抜けられたものだ。
「ところで、瀬木はどこにいるんだ」
「瀬木くん達なら、まだダンジョンの中にいるはずだが」
「はぁ?」
俺は一瞬、言ってることが理解できなかった。
瀬木が……ダンジョンにいる……。
「ダンジョンの出入りは門番に把握させているから間違いない。瀬木くん達の
「それは、瀬木とつるんでる三流連中と一緒にってことか」
俺の剣幕に、七海は若干引いて声を震わせた。
「ああ……、瀬木くんは彼らの
「行ったのは何階層あたりだ」
皆まで言わせず叩きつけるように質問する。
さすが、七海はちゃんと俺のスピードについてきて答えた。
「おそらく、行っても三階層の狩場までぐらいだと思う」
「分かった、俺は瀬木を迎えに行ってくる」
「ちょっと待ってくれ真城ワタルくん、いきなりどうしたと言うんだ!」
「そうよ、いきなりどうしたのよ!」
七海と久美子の両方に止められるが、俺の歩は止まらない。
「危ないだろうがっ! 瀬木が危険なダンジョンに行ってるんだぞ、パーティーには三流連中しかいないのに!」
「危ないと危険がかぶってるわよ」
「うるさい久美子、フザケてる場合じゃない」
「ちょっとせっかく街まで戻ってきたのに、もう行くの?」
俺がこうしている間にも、瀬木がモンスターに襲われているかもしれない。そう思えば、街で待っているなど出来るはずもないだろう。
確かに俺は地下三階の効率的な稼ぎ場を教えた。そこまで行けば比較的危険は少ないと言えるが、そこまで行き着くのには危険なゾーンが何箇所もある。
瀬木が、罠に引っかかって怪我をしているかもしれない。俺の助けを待っているかもしれない。
クソッ、街で大人しくポーションを作っていればいいのに、なんでそんな危険な真似をする。こうしてはいられない。気がついたら、俺は走りだしていた。
「
スローの呪文。体感時間を極限まで引き伸ばした俺は、時を置き去りにして、疾風のごとく街をすぐさま駆け抜け、ダンジョンの門に到達する。
ええい、邪魔な門番が立ってる。
「真城? ……どこへ」
「
「なんだーぁ!」
「どけ!」
手を広げて俺を止めようとしたのろまな生徒会指導部員どもを、魔闘術大ジャンプでさっと跳びこえて、俺は再びダンジョンへと突入した。
すぐさま出現する、オークとゴブリンどもを駆けながら斬り伏せる。
まるで手応えがない。無造作に振り払うだけで、醜い化け物どもは緑や赤の汚らしい体液をまき散らして、物言わぬ肉片へと変わる。
だが、悠長に戦闘している場合か。
「お前らの相手をしている暇は――いや、殺す!」
完全に配置を確認している罠と一緒で、よければ殺す必要すらないのだが、こいつらが瀬木が街に戻るのに立ちはだかるかもしれないと思った瞬間、殲滅することが決まった。
俺の圧倒的な強さを見て逃げようと踵を返したモンスターも、一刀で三匹を撫で斬り。
駆けながら無言で振るう
「ギャアアァ!」
「俺の邪魔をするから」
ああ、モンスターを殺す暇も惜しい。速く、もっと速くだ。
俺は、早く瀬木を迎えに行かなければならない。俺は
瀬木だってバカじゃないから、安全な最短ルートを辿るだろう。
そのために街に地図を残しておいたのだから。
しかし、地下一階を一気に斬り抜けて、地下ニ階層の中頃まで来ても瀬木に会えないことに俺は焦っていた。
七海は地下三階の狩場まで行ったかもしれないと言っていたが、瀬木たちのグループの実力でそこまでいけるものか。
行き違いになってしまったか。
もしかしたら、通り過ぎたどこかの落とし穴の罠にかかってしまったのでは、これまで来たなかで落とし穴はいくつある。そう思ったら、怖くなって足が止まった。
そのとき、俺の視界の先でドンッ!と爆音と閃光が起こった。
一瞬、壁が爆発したのかと思ったが、どうやら近くの壁に何かがぶつかって巨大な爆発が起きたようだ。
「なんだっ!」
巻き起こる爆風に『 減術師の外套 ( ディミニッシュマント ) 』を巻き上げられながら、俺は身構える。
こんなところに、ファイアーボールの罠はない。魔術を使うモンスターもいない。それに、今の爆発はファイアーボールなんてものじゃなかった。
俺の知識が確かならば、おそらく
しかし、今のはポーションの投擲ではあり得ない速度だ。ならば――新たな敵襲?
「ごめんなさい!」
冷静さを取り戻して体勢を低く身構える俺に向かい、爆煙の向こう側から女子の謝る声が聞こえた。
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