第44話「爆弾矢」

「ごめんなさい、モンスターかと思っちゃって、大丈夫だった?」


 長い黒髪と、革鎧の胸当て部分を突き上げるデカイ乳を揺らして、メガネをかけた女の子がこっちに駆けてくる。

 集団パーティーの誰かが使っている灯りの魔法なのだろう。強い光に照らされて、俺は手を振った。


 俺は敵に察知されにくいように、薄暗がりで動くのが癖になっている。我が身を顧みれば、ボロボロになった鎖帷子に付着した肉片を振り払うこともせず、モンスターの血と肉に染まって酷い有様になっている。

 これでは、新種のモンスターと勘違いされてもおかしくはない。


「俺は大丈夫だ、あれぐらいでダメージを受けるほどヤワじゃない」


 そう言いながらも、爆弾ポーションは恐ろしい武器なので本当は肝を冷やした。

 魔法の攻撃と違って、『減術師の外套ディミニッシュマント』の防御効果も無効にする。


 威力の強い炎球ファイアーボールのような、単純な強火力ではない。

 上級の爆弾ポーションが爆裂するときの音と光は、俺のような上位者でも気を付けてないと一瞬立ち止まらせる程の迫力がある。


 爆弾ポーションは、威力が使用者本人のランクに依存しないちょっと特殊な武器なのだ。

 魔法がほとんど通用しない敵にも、強い物理ダメージを与える。


 厳密にいえば、投擲のスピードが忍者ランクやプレイヤーのマウス捌きに依存するとも言えるが、そこは欠点とまではいえない。

 唯一の欠点である空ポーションを使い潰してしまうという難点は補給が街で無限に出来ることで補えるため、爆弾ポーションを大量に使ったパワープレイなども存在する。


 パワーバランスを崩しかねないためプレイヤーしか使用しない武器でもあるが、ついに補給の欠点を克服して武器に使う敵が出てきたのかと、焦ったのは黙っておこう。

 モンスターがみんな爆弾ポーションを所持して投げつけてくるジェノリアなど、考えたくもない。


「本当にごめんなさい、えっと真城くんだったよね」

「ああ、それより……」


 このメガネの娘は、確か佐敷絵菜さしきえなとか言ったな。A組の久美子の仲間で、瀬木とも一緒に行動していたはず。それを聞こうとしたのだが、聞くまでもなかった。

 瀬木の姿を見て、無事だったのかとホッとする。


「真城くん、久しぶりだね」

「ああ、瀬木……」


 向こうの集団パーティーをかき分けるようにして、目が眩むほどの美少年が出てきた。

 俺の渡してやった中古の鋼の鎧を着ている。


 地下三階のボス、マーダートロールが装備していた実用本位の丈夫な重い鎧だ。

 それを着て戦うことで、ちったあ瀬木が男らしくなったかと思えば全然そんなことはない。


 表面がくすんだ金属の鎧が無骨であればあるほど、そこから伸びるしなやかな白い肢体はむしろ美しさが強調されている。

 その輝く美貌は、血塗られたダンジョンの薄暗さの中ではむしろ映える。艶やかな口元に浮かべた笑顔は、妖精のように可憐である。


 細身の体で目立つのは、仄かな胸の膨らみ。いや違うぞ、男の子におっぱいがあるわけがないじゃないか。

 重装備の鎧のフォルムで、胸が少し膨らんだように見えているだけなのだ。血迷うな、俺……。


 瀬木は男だ。

 いかに青みがかった柔らかい猫っ毛がキラキラと輝いていようとも、いたいけな女の子のような童顔であろうとも、瀬木は男の子なのだ。


「大丈夫、具合悪そうだけど。本当に当たらなかった?」

「ああ、ちょっと爆風で、めまいがしただけだ」


 爆弾ポーションは当たらなかったが、思わずよろめいた俺を気遣ってくれる瀬木の美しさには当てられてしまった。

 ……などと冗談でも言うわけにもいかない。俺は、分厚い手袋を脱いで、瀬木の差し出してくれた手を握りしめた。


 相変わらず、瀬木はダンジョンで戦っているというのに、なんていい匂いをさせているのだ。

 汗なのか、この立ち昇る甘い匂いは、発汗によるフェロモンなのか。余計なことを考えるべきじゃないな、えっと……。


 瀬木のパーティーは、本当に大集団だ。ぱっと見て十一、いや十二人はいる。四人ずつ三隊に分けられた配置を見ただけで、それが即席の包囲戦術なのだと察した。

 俺が、誘い出された敵のモンスターだったら集中砲火を受けていたわけだ。個々の戦闘力は大したこと無いのだろうが、集団戦術で補うやり方か。


 それにしても……全員女子。

 全員女子なのに、その中で瀬木が飛び抜けて可愛いというのは、どういうことなのか。俺が血迷っているのか。


 いや死闘の中で研ぎ澄まされた俺の眼に狂いはない。やっぱり、瀬木も女子だったんじゃないのか!

 むしろ、瀬木が男の子だったなどというのは誤った風評被害だったのではないか。この世界の認識のほうが、間違ってるのではないか。


 こんなに可愛い子が、男の子なわけがない。

 そういうタイトルのラノベだったら、絶対実は女子ってパターンだろ。そう言ってくれ!


「えっと、本当に大丈夫? 真城くん、苦しそうな顔をしてるけど」

「ああっ……俺はもちろん大丈夫だ。リアルの非情さに、苦悩していただけだ」


 俺はまだ正気だ。

 現実リアルは、まだきちんと分かっている。


 なぜジェノリアに、性転換アイテムが存在しなかったのか。

 たまにそれがたまらなく悲しくなるだけだ。


「えっと、倒れて頭とか打ってないよね……。本当にごめん、真城くんを強いモンスターと誤認したんだ」

「俺をモンスターと間違えて、待ち伏せしてたんだな。まあ、分からなくもない」


 瀬木は、こくんと頷く。


「うちの集団パーティーには、感知に鋭い子もいるからね。モンスターにしては様子がおかしかったから、プレイヤーである可能性も考慮して目視できるまで攻撃を待ったんだけど、つい引き金に指を触れてしまった子がいたみたいで」

「引き金?」


「クロスボウの引き金だよ」

「俺が受けた攻撃は、爆弾ポーションだったのだが」


「ほら見て、クロスボウの矢の先に爆弾ポーションをくくりつけてあるんだ。こうすれば、より遠くに速く爆弾ポーションを遠投することが出来るでしょ」


 なるほど。クロスボウの矢と爆弾ポーションで速射性が高まり、二重の威力にもなる。

 瀬木は平然と言うが、これはすごい兵器を考えついたものだ。俺が教えなくても、爆弾ポーションの優位性に気がついたのも偉い。


 俺は思わず、瀬木のまるで猫のように柔らかい髪を撫でた。ちょっと屈んでいて撫でやすい位置に頭があったのだ。

 男同士なので、これぐらいのスキンシップは良いだろう。


「よく考えついた」

「もう、子供扱いしないでよね。これぐらい誰でも考えつくでしょ」


「言われてみれば単純だが、不思議と考えつかないものなんだよ。ジェノリアに習熟している俺ですら思ってもいない攻撃で驚かされた。瀬木の周りの女子だって、誰も思いつかなかったアイデアだろう。そして、それを実戦で使えるようにしてみせるのはもっと難しいはずだ。さすがは、瀬木だな」

「それはそうかも、でも僕達が生き残るために必死に考えたんだよ……」


「それはそれで、別の危うさはあるけどな」

「僕達だって危険は承知のうえだよ」


「覚悟はしているってことか。それでもさ、えっとそうだな……先ほどみたいな同士討ちフレンドリーファイヤーの危険もあるだろう」

「死ななければ、ポーションで治せるよ。僕は僧侶なんだから」


 その真剣な瞳は、傷つける覚悟も、傷つく覚悟もしているということ。

 瀬木の集団パーティーには、接近戦を得意とする人間がいないという弱点がある。


 爆弾矢による遠距離攻撃だけで、無事に進めるわけではあるまい。

 地下三階までの敵の構成を考えても、モンスターに取り付かれた味方を巻き込んで攻撃することも場合によっては必要になるだろうと思えた。


 瀬木のみどりがかった瞳は、魔法の灯りの下で翡翠のように輝いた。

 虫も殺さないほど心優しく嫋やかだった瀬木が、敵どころか味方を傷つけることさえ覚悟して戦うしかない。それは悲しいと俺は思った。


「作った道具が、人間同士の争いに使われるのではないかと考えたことはあるか」

「そこも、覚悟しているよ」


 俺が力をなるべく隠そうとしているのは、他人に力を与えたくないからだ。分不相応な強い力を手に入れた人間は、常にろくでもないことをすると知っている。

 俺だって例外じゃない。強い力と知識を、結局は自己満足のためにしか使ってない。


 俺みたいに自分が元からろくでなしだと自覚している人間は、小悪だからまだ良い。

 生徒会執行部のように、自分達が正義だと盲信した連中が強い力を持ったとき、それは大悪と変わる危険がある。


 瀬木が作った武器は、誰でも使える。

 それ故に、人を傷つける道具にもなるだろう。


「瀬木は、下階から強敵の『侵攻』が起こる可能性があるとは聞いているんだな」

「うん、だから僕達も待ってるだけじゃなくて、みんなを守るために強くならなきゃならないと思ったんだよ。飛び道具をもっと工夫して強くするつもりなんだ。矢の本数と爆弾の数だってもっと増やせるだろうし、設置型でよければ爆弾罠とか、大型弩砲バリスタみたいな大掛かりな兵器も作れるんじゃないかな」


 それは分かるよ。

 瀬木は、自分の作った武器で人が死ぬかもしれないと覚悟しているだろう。でもいまは大丈夫でも、『そのとき』に瀬木の心は耐えられるだろうか。


「俺は、心配だよ」

「ごめん、真城くんに心配かけてるのは分かってるんだ。だからこんなところまで僕に会いに来てくれたんでしょう。頼りないって見えるのも分かってる。でも……僕だって男だからね。みんなを守りたい」


「そうだな」

「うん」


 瀬木は男だ。そう言われたら止められない。

 いっそ、このまま瀬木を攫って、安全な場所に閉じ込めておきたい欲にかられる。


 大事なものは、安全な場所に閉まっておきたい。

 大事な幼馴染を守ろうとしたがために、「ガラスケースに閉じ込めた」と言われて嫌われてしまった、七海修一のことは笑えないのだ。


 そうだ。いくら守るためにだとしたって、相手の意志を曲げたら、それはもう友情ではない。

 愛情ですらない、ただの我欲だ。


 可愛い子には旅をさせろとは、誰が言った言葉か知らないけど。

 辛い選択を強いられるものだ。


 俺は黙って、瀬木の男としての戦いを見守ってやれるだろうか。

 そう考えたとき、女子達の間から警告の声が上がった。


「瀬木くん、敵が来るよ!」


 ひときわ背丈の小さなボブ・ショートの少女。確か立花澪たちばなみおだったか。

 瀬木が感知が鋭いと言っていたのは、この娘のことなのだろう。すると、職業は盗賊あたりだろうか。


「よし、撃退準備。真城くんに、僕らの力を見せるよ!」


 瀬木の号令で、総勢十二名の部隊がハキハキと動いた。

 後ろから出現して近づく、大蜘蛛のモンスターに向けて爆弾矢の十字砲火が襲う。


「キャシャー!」


 爆音とともに、断末魔を上げて大蜘蛛が退治された。

 一匹ではなく、次々と大蜘蛛が迫り来るが、その全てが爆弾矢によって瞬く間に退治されていく。


 後に残ったのは、黒焦げの蜘蛛の死体と宝箱だった。

 宝箱に駆け寄って、小柄な立花澪が罠はずししている。やはり盗賊だったか。


 寄せ集めの遠距離攻撃系やサポート系職業だけで構成されているとはいえ、集団パーティーとしてのバランスが取れているようだ。

 天性のリーダー七海修一には敵わないが、瀬木の指揮もなかなか堂に入ったものである。


「どう、僕達だってやれるでしょう」

「そのようだな」


 自慢気に胸を張る瀬木に、俺は苦笑した。

 お前が実はすごい奴だってことは、俺はよく知ってる。


「真城、良かった。こんなところにいた!」

「ワタルくんは、まったくいっつも一人で行動して!」


 そこに、俺を街から追いかけてきたのか久美子達がやってきた。


「地上で休んでいればいいのに」

「旦那様がダンジョンに入るのに、そういうわけにはいかないデスよ」


 俺に身を寄せてくるウッサーを見て、ため息を吐いた。

 こいつら、いつまで付いてくるつもりなんだろうな。


「そうだ、お前ら瀬木たちとパーティー組めよ。近距離系インファイターが居ないのが、瀬木たち生徒会三軍の問題なんだからちょうどいいだろう。それで俺も安心できる」

「いきなり何言ってるの!」


 久美子が、珍しく声を荒らげた。


「なんだ、久美子。佐敷とか、立花とか、お前と仲の良い連中じゃないのか」

「それはそうだけど。ワタルくんはまだ単独行動するつもりなの」


 俺は笑った。

 するつもりに決まってるじゃないか。どこにいたって、俺はいつも一人だ。


「それが真城の願いなら……考えてもいい」

「ほら、木崎はやってくれるそうだぞ」


「木崎さん!」

「アタシも、本来なら三上さんの集団パーティーに戻らないといけないんだけど、許可をもらってなんとかするよ。真城には、たくさん借りがあるから」


「さすが、木崎は義理堅い。お前が瀬木達を守ってくれれば、俺は助かる」

「あ、ああ……」


 久美子とウッサーに見せつけるように、俺は木崎の頭を撫でてやった。

 ウッサーは羨ましそうにこっちを見ている。ウッサーは根が単純なので、こういう単純なえこひいきが効果的だったりする。


「私だって、旦那様の言うことなら聞き分けられマスよ」

「待って、ちょっと待って! 私だって佐敷さんたちも心配なのよ。でも一番心配なのが、一人で動きまわってるワタルくんなの!」


 ウッサーは上手く誘導できたのに、久美子はこういうときに限って強情だからな。


「ほら久美子。ウッサーも、俺の代わりに瀬木達を助けてくれるってよ。さすが俺の嫁だよな」

「うふふっ、もっと褒めていいデスよ」


 ウッサーのピンク色の髪も、もしゃもしゃと撫でてやる。

 こいつの頭はマジで撫で心地いいな。高級な絨毯みたいで、瀬木の髪の撫で心地を超えている。ウサ耳まで撫でてさすってやるとブルっと身震いしていた。


「でも、ワタルくんを一人で放っておけない!」

「俺は強いから、誰の助けもいらんし」


「強いからって……どうせ一人であの大量の黒の騎士ブラック・デスナイトや、さらに格上の紅の騎士カーマイン・デスナイトとか言う強敵を相手にするつもりなんでしょう。私は、ハイそうですかと頷けないわね」

「久美子……」


「瀬木くんの大集団パーティーは、盗賊の立花さんもいる。確かに木崎さんや、デカ乳ウサギなら組み合わせ良いでしょうけど、忍者の私は入っても中途半端な立ち位置になるだけだわ」


 近接戦闘をバリバリこなせる久美子がよく言うよ。

 こいつは、あくまでも俺に付いてくるつもりなのだ。


「はぁ、久美子は強情だな」

「どっちが! 早くそのボロボロになった鎖帷子をこっちの新しい鎧に変えてよ。ワタルくんは、私が居ないと装備の補給だってろくに出来ないのに!」


「確かに、装備はありがたいから受け取るけど。重い鎧は俺のプレイスタイルに合わないんだけどな」

「これは軽いから、持ってみてよ」


 久美子の差し出す銀色の鎧は、ほんのりと白く光っている。

 何らかの防御魔法の補助効果が付いているようだ。手に持ってみると、驚くほど軽い。重量が羽のように軽くて、魔法がかかっている。この素材は、もしかすると。


「……ミスリルの鎧か」

「これってきっと、魔法銀ってやつでしょう」


「こんな貴重な装備、どこの宝箱で手に入れた」

「地下十階のボスの部屋」


 ああそうか、大量の黒の騎士ブラック・デスナイトの襲撃を受けて撤退したが、その前に久美子はちゃんとボスの宝物をリュックサックにしまいこんでいたか。

 さすが、抜け目のない女だ。


「この装備があれば、俺も戦いやすい。ありがとう」

「でしょう。ほら地下十階の扉の鍵もあるわよ。ねえ、宝箱が開けられる私も一緒に行ったほうが、絶対に効率が良いのよ。私だけは、ワタルくんと一緒に……」


「でも、それとこれとは別の問題だが」

「ワタルくん!」


「ねえ、二人とも……話も良いけど、とりあえず街に戻ろうよ。僕達も補給に帰るつもりだったから」


 瀬木が、俺と久美子の間に入ってとりなしてくれた。

 そうだな。地下二階層に過ぎないとはいえ、危険な場所で立ち話している場合でもなかった。


 とりあえず、瀬木達とみんなで街に戻るが俺はやはり一人が良い。

 そういえば、俺が一人で片付けなければならない問題がもう一つあった。街まで瀬木を送り届けたら、今度は七海修一との約束を果たさないといけない。


 まったく、人と関わってると考えることが多くて困る。

 竜胆和葉りんどうかずはの処理も、どうするかだが……。

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