第45話「料理の効果」

「でも本当に来てくれて良かった。真城くんと話したいことがたくさんあったんだ」

「そうか」


 ウッサーや久美子のねっとりした好意ではなく、純粋に再会を喜んでくれる友達というものは良いものだ。

 瀬木は、俺みたいな陰険な人間に対しても、まるで子犬が飼い主を見つけたような純真な笑顔を向けてくれる。


「実は、最近料理を始めたんだよ」

「えっ」


 何そのすごく可愛い趣味。


「さすがだね、真城くん。その顔だと、もしかすると料理スキルの効果に気がついていたりしたのかな」

「えっ……ああ、料理スキルのほうか。そっちね」


 あたりまえだ。

 瀬木は瀬木で、必死で弱い自分達がどう戦うかを考えていたのだ。まさか、街で女子達とお料理教室を開いて遊んでいたわけでもあるまい。


「うん、真城くんに教わったように常に敏捷性(アジリティー)ポーションなんかで、各種基礎能力を上昇させるのは抜かり無くやっているんだけど。どうやら料理された食べ物でも、能力値が上がるみたいなんだよ」

「それはもしかすると、ポーションとは別枠にってことか」


 ポーションの能力上昇にも限界がある。

 それとは別枠に、調理された食べ物で能力値が上がるというなら、限界突破出来るということだ。


「真城くんは、普段調理されてないものを食べているんだよね」

「ダンジョンでは料理してる暇なんかないからな」


 せいぜい、肉を焼くことがあるぐらいで、生の魚肉を齧ることも多い。

 無限に入るリュックサックの中は異空間になっていて肉が新鮮に保てるせいかもしれないが、不思議とダンジョンで捕れたモンスターの肉を生食しても食中毒や寄生虫などに襲われることはなかった。


 念の為に解毒ポーションを用意はしていたが、使ったことはない。

 まるでそんな死に方は許さないというように、ゲーム上のジェノリアで食べられるものは、食べて腹を壊す心配はなかった。


 正規の方法でしか破壊できない壁や扉にぶつかったときと同じだ。

 生肉を食らうときには、このダンジョンは魔法で作られた人工的な環境なのだと感じる。ジェノリアを創ったのは狂った神だというから、あるいは神工的と言うべきかもしれないが。


「そうだ、これを試しに食べてみてくれないかな」

「もしかして、このケーキは瀬木が作ったのか」


 瀬木は、容器から可愛らしいタルトのフルーツケーキを取り出した。

 鉄製の携帯容器も、手先が器用な瀬木が作ったのだろうか。堅焼きのタルトで表面を覆っているとはいえ、よく型崩れせずに運んできたものだ。


「そうだけど、甘いものは嫌い?」

「いや、好きだ」


 瀬木が手ずから切り分けて皿に載せてくれる。

 可愛らしいフォークまで添えてくれたが、こんなものは素手でパクっと食べてしまう。


「じゃあ、お口に合うといいけどね」

「ありがとうございます!」


 なんで敬語と、瀬木が当惑してるのが面白かった。なんとなくありがたかったので。

 うん、美味いなこれ。


「最初は外食にも飽きたし、携帯食ならなるべく美味しい物をダンジョンでも食べたいって気持ちでやってみたんだけど。じゃあ食べたら、今度は能力値が上がったか確かめてみてくれるかな」

「良し、やってみるぞ……ハァッ!」


 俺は孤絶(ソリチュード)の刃を構えて、全力で振り払う。白刃の一閃サムライブラスト

 野太刀の大振りに剣風が巻き起こり、ブワッと『減術師の外套ディミニッシュマント』が震えた。


「キャー!」


 カマイタチとまではいかないが、旋風が巻き起こって近くの女子達のスカートが捲れた。

 未だに学校の制服のスカートなんか着てるほうが悪い。


「わざとじゃないんでしょうね……」


 久美子にそんな嫌味を言われたが、小学生じゃあるまいし、今更スカート捲りをやるわけないだろ。

 さすがに魔法の光源だけでは、捲れたスカートの奥まで見えなかったしな。


 俺も男だから見えたらラッキーぐらいの気持ちはあるが。

 痴漢扱いされても嫌なので黙っておく。


「さすが、真城くんはすごいね……」

「すまない瀬木。全力でやれといったから、少し驚かせてしまったようだな」


 久美子が後ろで、「瀬木くんにだけは謝る……」とかぶつくさ言っている。

 小声でも聞こえてるぞ。


「僕は大丈夫だけど。それよりどう、威力の違いとかは?」

「うーん、体感的にそこまで上昇したような感じはないが……」


 そこは、冗談で返す場合でもないので正直に返した。剣豪にランクアップしたばかりなので、力が上がっている感覚が分かりにくいのだ。

 料理に能力値を上げる効果があるなら、これから俺も検証していくつもりだが。


「そうか、僕らは弱いから上昇が見えやすいんだけど。ワタルくんだと、上昇値が相対的に小さくなるか。料理って、かなり特殊な部類のスキルになるみたいだから、意外と女子にも得意な職業の子がいないんだよね。僕も一からの訓練になってるだろうし、スキル能力値の習熟は眼に見えないからなあ」


 瀬木は、頬に人差し指を当てて考えこむ。

 なんで男の癖にいちいち動作が小動物的に愛らしいんだよとか、ツッコんだら怒るだろうか。


「料理人か……」

「職業:料理人って存在するのかな。料理スキルなんてものがある以上、料理人もいておかしくないのだけれど。知り合いに聞いて回っても、いなかったんだよね。真城くんは知ってる?」


 もちろん、俺は料理人を知っている。

 七海の幼馴染、竜胆和葉(りんどうかずは)が、その役立たずとされたスキルの専門家(オーソリティー)だ。


 ちょうど彼女に会いに行こうとしていたところだから、渡りに船?

 違うな。


 俺の持つゲーム知識にない料理スキルの特別な効能。

 まるで、誰かにあらかじめ引かれたレールの上を歩かされている感覚は不愉快だ。


 俺は自由に攻略を進めているようで、誰かの意図に乗せられているのかもしれないという気持ち悪さ。

 昔の俺なら反発して逃げ出しただろう。


 ジェノサイド・リアリティーに来てからは、それでも良いと思っていたのだが、今の俺はどうだろうな……。


「まあ、乗ってみなきゃ分からないか」

「どういうこと?」


「料理人には、心当たりはある。俺は俺で調べてみよう」

「ぜひお願いするよ。今は、少しでも戦うための力が欲しいところだから」


 ジェノリアを創ったゲームマスターの思惑も気になるが。

 それ以前に、瀬木の頼みじゃ俺は断れないのだ。


     ※※※


 瀬木達を送り届けたあと、俺は地下四階の落とし穴の奥にある隠し部屋、『庭園(ガーデン)』に転移(ルーアン)した。


「ここも久しぶりだな……」


 見回す美しい光景は、ダンジョン唯一の癒やしエリアであるちょっとした森の緑と、清い湖の青。

 他にはどこにもない自然豊かな心和む光景だが、何か違和感がある。


 驚いた。

 ログハウスが二軒に増えている。


「誰が、ログハウスを建てたんだ」


 よく見るとあらかじめ用意されていたログハウスとは、ちょっとかなり違うデザインだ。

 既成品の完璧なログハウスに比べて、湖畔に建てられているログハウスは丁寧に作られてはいるのだが、おそらく同じ大きさの丸太(ログ)が手に入らなかったのだろう。


 屋根に塗装もされていない。

 大きさも小さいし掘っ立て小屋とまでは言わないが、手作り感溢れるというか、野趣溢れる造りになっている。


 まあでもよく出来ていると感心してから、のんきに見ている場合ではないと気がついた。

 このログハウス、誰が建てたのだ。


 あの弱々しい和葉が建てられるわけがない。

 ということは、誰か他にいるということか。あるいは、敵の手に落ちたのか。すると、和葉はもう……。


 いや今はそんなことを考えている場合じゃない。

 現実の対処が先だ。俺は、そっと新しい方のログハウスに近づいた。


 木の扉のノブにゆっくりと手をかけて、ガバッと一気に押し開く。

 覗いてみると、そこは立派な檜風呂だった。


 そうして、その湯船には。


「えっ……真城くん?」


 俺が来たと認識したのであれば、そのまま湯船に浸かっていればいいものを、何故か和葉は立ち上がってしまう。

 風呂に入っていたわけで、遮(さえぎ)るものは何もないわけで。


「お前やっぱ……着痩せするほうだよな」


 デカッ! デカイわ、こいつ。

 何がとは言わんけどデカイ。クラスに居た時に、ここまでデカイとは意識してなかったわ。隠れ巨乳だわ。


 あっ、巨乳って言っちゃってるわ。

 ともかくも、そのようにして数秒固まったまま、ジッと息を呑んで見つめる。まるで時が止まったようだ。


 言い訳をさせてもらえば、扉の向こうが風呂場だと気づけというのがムリだろう。

 扉の向こうに敵がいることも予想しての行動であったため、俺は冷静に目の前の事態を見つめてしまう。


 戦闘モードに入って、血眼になっている俺の視界の先で。

 和葉のたゆんたゆんに弾む胸の先から、水弾きの良い肌を伝った雫(しずく)がポチャリと湯船に落ちるところまでが克明に見えた。


 それにしても、デカ!

 いかん、思考がループしている。


「あーあの、すまん」


 俺はようやく、粗末な木の扉をバタンと閉めた。

 そのまま返事を待っていると、ようやく絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。


 おっとりしているというか、こいつは本当に鈍い。

 そのおかげで、お湯をかけられるとか桶を投げつけられるような、変なラブコメみたいな展開にならなくて良かったとしよう。


 そういえば置いてある木桶まで、新しく作られたものだった。

 なかなか芸が細かい。ここで和葉がのんきに風呂に入っているところを見れば、ログハウスの風呂をすべて和葉が作り上げたということか。


「ごめんなさい、真城くん」

「いや、さすがにこれは、謝るのは俺の方だな」


「じゃああの、使って申し訳ないんだけど外に干してあるバスタオル取ってくれない」

「ああっ、これか」


 外の物干し竿にバスタオルが干してあった。

 ここまでしっかり風呂場を作るなら、脱衣所も作っておけばいいのになと思いながら俺は扉越しに、ピンク色のバスタオルを手渡した。


「俺は向こうのログハウスに居るから、落ち着いたらこいよ」

「はーい!」


 バスタオルを巻いた和葉なんかと鉢合わせしては困る。

 ゆっくり服装を整える時間を与えることにする。


 やれやれ、七海への手紙のことで文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、これでは言いにくい。

 そこまで考えて、俺に入浴シーンを見せたとしたら和葉は相当な策士と言えるのだが……。


「違うな、あれは間が悪いだけだ」


 そういう人間ってたまにいる。

 何をやるにも時期というものを外してしまう。


 タイミングを人と上手く合わせることができない、どこか抜けている。

 俺もそっち側の人間だから、そこは俺に叱るような権利はないだろう。


「ごめんなさい、お待たせしました!」


 服装を整えた和葉。

 相変わらずの制服姿であるが、白いガウンのようなものを上から羽織っている。服まで自分で作ったのか。


「まず聞くが、あのログハウスを造ったのは竜胆なんだな」

「ここの食べ物がいいせいかな、なんだか元気になっちゃって。暇だったからいろいろ作っちゃった。ここって凄いんだよ。でっかい木を切っても、三日したら生えてくるんだから!」


 元気になっちゃってってレベルじゃないだろうこれ。

 ここでどれほど訓練したかしらないが、元々弱かった和葉が短時間に丸太を抱えられるほどの力を持つというのはやはり。


「料理スキルは、上限値アップ効果がある料理を作れると断定していいな」

「そうみたいだね。ここのお魚が美味しくて良いのかもしれないね」


 味は関係しているかどうか分からないけどな。

 というか、のんきな和葉は俺の言っている言葉の意味を理解しているかどうかも分からないので確認しておく。


「つまり竜胆、お前の卓越した料理スキルは十分に役に立つ道具になるってことだ」

「そうなんだ、私の料理も真城くんの役に立つんだね。よかった!」


「良かったといえば、良かったけど。はぁ……」

「浮かない顔だね。私は久しぶりに人に会えて嬉しかったんだけど……ああっ寂しいって意味じゃなくて、会えたのは真城くんだからなんだけど!」


 妙にテンションが高い。言っている意味がいまいち分からない。

 まあ分かるよ、久しぶりに人に会うと反転してそうなるときあるよな。


「こっちは大変だったんだぞ。お前が七海に書いた手紙のせいで、危うく殺しあいだ」

「えっー嘘っ! なんでそんなことになったの……」


 俺が事情を説明すると、和葉は泣き出してしまった。

 あー、普通の女の子ってこうだったよな。久美子とかウッサーみたいな猛者ばっかり相手にしてたので忘れてた。


 面倒なことになった。

 これは、予想しておくべきだったな。


「もういい、お前のせいじゃない」

「ごべんなさい……」


「ほら、鼻かめ」

「ううっ、ありがと。ティッシュとか生活用品を持ってきてくれたんだね。真城くんは、こんなに私のこと考えてくれてるのに、私は……」


 まあ、生活必需品ぐらいは持ってきてやってるけどさ。

 それは、死なれても気分悪いからなんだけど。まあ、そんなこといちいち言い添えてる場合でもないか。


「はぁ……。そうやって鬱られるのも困るんだけどな。悪いと思うなら、手伝って欲しいことがある」

「なに、何でもやる!」


 また何でもやるかよ。

 だから、不用意にそういうことを言うなって言ってんだ。


「じゃあ、竜胆。七海とちゃんと話して仲直りしろ」

「それは……いやぁ」


 ほら、何でもじゃねえじゃねえか!

 女の繰り言と思っても、イラッと来る。まあ落ち着け、拒絶は計算に入っている。ちょっと面倒だが、交渉で処理しようと決めたじゃないか。


 俺の頭脳のライブラリーには、『交渉で勝つためのディベート術』の知識もあるからな。

 落ち着いて、言葉を選ぶんだ。


「お前にはそうは見えなかったかもしれないが、七海修一にとってはたった一人の幼馴染のお前が心の支えだったんだ。だから、お前がもう一度仲直りすると約束して、頑張ってと一言励ましてやらないとみんなが困るんだよ」

「だって私は、もう七海くんと会わないって決めたもん!」


 明確な拒絶。

 和葉は顔をうつむかせて、いやいやと濡れた長い髪を左右に振った。


 大事にしてやった幼馴染に、ここまで嫌われることを七海はやったのか。

 俺には分からんが、そういや和葉もその理由をゴチャゴチャ言ってたな。


 七海みたいな大きすぎる存在は、近くにいる人間には重荷になったりもするか。

 よく考えろ。俺の目的は、七海修一と竜胆和葉を仲直りさせることではない。


 幼馴染同士のラブコメめいた喧嘩沙汰に頭を突っ込むつもりも、恋のキューピッドなんかになるつもりはない。

 表面上、取り繕えばいいのだ。


 七海をやる気にさせて、モチベーションを維持させるだけでいい。

 よく考えれば、嫌だと言う竜胆和葉の気持ちだって分かる。


 みんなのためにやれなんて、よく考えもせず俺も酷いことを言ってしまった。

 そのみんなに虐められてここまで逃げてきたのが和葉なのに。


 どの面下げて、みんなのために助けてくれなんて言えるんだ。残酷すぎるだろうが。

 クソッ、俺のバカが。


 浮ついた綺麗事なんて言うもんじゃねえな!

 俺は、ログハウスに置かれている『遠見の水晶』を拾い上げた。


「竜胆、嫌なら七海と会わなくていい。ほら、この水晶はテレビ電話のような役割をするんだ。これで通信して、元気な顔を見せて一声かけてやるだけでいいんだ。そうしないと、俺が竜胆は監禁してるって疑惑が解けないからそれだけ頼む」


 最低限それだけはいる。

 せっかく俺と七海が通じて街の大勢がコントロール出来ているのに、ここで七海との約束が決裂したらまた街の情勢が厄介なことになる。


「演技でいいなら……。みんなじゃなくて、真城くんのためだったらやってもいい」

「そうか助かる!」


「でも、条件があります」

「良いだろう。言ってみろ」


「七海くんとその『遠見の水晶』で話すときは、真城さんが私と一緒に居てください」

「なんでそんな面倒な真似を……」


 いちいち七海修一に渡してからまた戻ってくるのも手間になるんだが。

 俺が一緒にいるところが七海に見えたら、疎外感を与えるかもしれない。心象が悪くなる恐れもあって、そんな真似をして良いことはひとつもない。


「そうじゃなきゃ、話しません」

「分かった、なんとかしよう」


「あと、真城くんには恩があるから。私は全部、真城くんのためにやるんだってちゃんと分かって欲しい」

「それは、分かっている」


 普段はおっとりとした和葉に息を呑むほどに真剣な顔で言われたら、俺は深く頷くしかなかった。

 こいつは、こいつなりに必死に生きているのだ。


 うーんしかし、余計な面倒を避けるために動いているのだが。

 なんだかどんどんと面倒な方向に転がっているような気がするのは、気のせいだろうか。

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