第42話「久々の街」

「お前、街に戻らず。ずっと待ってたのか」

「悪いかよ」


 木崎は、地下一階と地上を繋ぐ階段の前で、大斧を壁に立て掛けてじっと座り込んでいた。

 悪くはないさ。


 ただ、目の前にはもう暖かな陽の光が差し込んでいるのに。

 わざわざ俺達を待っている必要はなかったのではないかと思っただけだ。


「街で待ってりゃ良かったのに」

「アタシだって、真城のパーティーだろ」


 なるほど、そういうことか。

 木崎は、俺達がダンジョンにいるのに一人だけで街に戻るのが嫌だったのだ。強情な奴だ。


「そうだったな。じゃあ行こう」

「うん」


 木崎は立ち上がって、嬉しそうな顔で付いてきた。

 パーティーか。緊急避難的な、つかの間の結束だったが、悪くはなかったなと思った。


 久しぶりの地上の街、ちょうど時刻は正午近くなのだろう。

 空から差し込む強い陽の光に眼が眩みそうだった。


「おい、お前達ちょっと待て!」


 地上に続く大門をくぐり抜けたところで、黒い制服に『生徒会執行部(SS)』の赤い腕章を付けた生徒二人に絡まれた。

 こいつらは、門番のつもりなのだろうか。


「ダンジョンから出て来たな。ちょっと話を聞かせてもらおう」

「なんだ」


 一人は知らないが、もう一人の細面の痩せた男には見覚えがあった。ひょろっと背の高い、神経質そうな青瓢箪あおびょうたん。たしか、神宮寺の側近だったな。

 俺の顔を知ってるはずだから、面倒になりそうだと思ったら、執行部員の前に、久美子が前に立ってくれた。


「待ちなさい! 私は生徒会書記の九条久美子よ。貴方達も知ってるわね」

「これは……九条書記。しかし、ダンジョンからの人の出入りは、例外なく監視しろとの神宮寺部長の命令なのです。生徒会への割り当て金の取り立てもありますし」


「割り当て金ならちゃんと払うわよ。まさか、私がごまかすとでも思ってるの?」

「いえ、決してそのようなことは……」


 リュックサックから金貨を取り出した久美子に、下っ端らしい執行部員は恐縮した。

 そこまでは順調だったのだが、俺の顔をジッと見ていた生徒会執行部の細面が顔色を変える。


「あっ、その顔は、真城ワタル!」

「なんですと、本当ですか祇堂さん! おーい、指名手配犯がいたぞ!」


 ウザい、果てしなくウザい。下っ端が仲間を呼んでいる。なんだよ指名手配って、SSごっこの次は警察ごっこか。

 ガキどもめ、だから街に戻りたくなかったのだ。


「はぁ、まったく……」


 俺が溜息を吐くと、長槍を構えた青瓢箪はとんでも無いことを言い始めた。


「真城、神妙にしろ。お前には生徒殺害の嫌疑がかかっている!」

「なんだそりゃ?」


 あまりに意外なことを言われたので、思わず聞き返してしまった。


「正確には、殺人であるとはまだ断定できてないが……。F組の加藤学かとうまなぶ以下八名が街から消えた『生徒消失事件』の件について、何か事情を知っているんじゃないか」

「……」


 ヤバイ!

 加藤って、あの加藤だよな。何か知ってるどころではない。あいつらを奈落タルタロスの穴から落として殺したのは俺だ。


 そうか、問題児だった加藤達といえども生徒ではある。急に居なくなったら生徒会だって、問題視するよな。

 すっかりダンジョンの価値観に染まっていた俺は、それをすっかり忘れていた。俺は顔色を悟られそうになったので、顔を背ける。


「おい、その反応は図星か? 詳しい事情聴取をさせてもらうぞ。そこの番所までご同行願いたい」

「ちょっと待ちなさい貴方達! 殺人容疑者なんて……言いがかりも大概にしてちょうだい。勝手に動いてた加藤達は、モンスターに殺されたんじゃないの。ワタルくんは、私とずっと一緒にいたのよ。言いがかりもいいところだわ」


 俺をかばって前に出ている久美子は、指導部員相手に一歩も引かず、むしろ上から恫喝した。

 さすが久美子。俺も含めて木崎やウッサーですら「マズ……」と言う顔をしているのに、何事もなかったかのように涼しい顔をして平然と抗弁し始めたのだ。


 相手が先に手を出したからとはいえ、俺が加藤達を落としたあげくに、呪いの鎧で操られたあいつらを斬り殺したのは久美子も見ている。

 それなのにここは正当防衛の主張よりも、一切の事実を認めない方向で行くらしい。どんな強いハートだよ。


 地下十階の加藤達の死体がいつまで残っているか知らないが、行く道を閉鎖している限り誰もたどり着けないから、誰かに殺害されたという証拠は上がらない。

 この場では、しらを切るのが妥当な判断とは言える。


 だが、そちらのほうが無難そうとはいえ……。

 加藤達を殺った事情を説明して正当防衛を主張するよりも、即座に事実の隠蔽のほうを選択できる久美子は少し怖い。


「九条書記とはいえ、生徒殺害の容疑者を庇うことは許されませんよ。この嫌疑がなかったとしても、真城ワタルは生徒会に逆らった生徒です。危険な人間を取り調べもせずに街に入れることはできません」

「貴方達執行部の捜査なんて信用出来ない。ワタルくんの身柄は渡せないわ。こちらこそ、神宮寺の命令なんか聞くいわれはないんだから、止めるなら押し通るまでよ」


 久美子はそう言うが、街の出入口での押し問答を聞きつけて「事件か!」と、街の方から生徒会執行部(SS)の腕章を付けた黒服がまた三人走りこんできた。

 とりあえず五人、こいつら執行部員は何人いるのだろう。敵の数が多いとなれば、街の中ではネガティブ行為が出来ないということが逆にやっかいになる。


 こいつら陰険メガネの部下がどれほど凄んだところで、何が出来るというものでもないのだが。

 集団で並ばれて手を広げられて囲まれると、ネガティブ行為が禁止されている街では押し退けることはできない。


 俺一人なら、フェイントをかけて魔闘術の大ジャンプで囲みを跳び越えるという手もあるが、そんな目立つ真似をすればいろんな生徒に目をつけられることになるだろう。

 街にいる間じゅう執行部に追われて付きまとわれるとか、考えるだけでもウザすぎる。


 街の方から来るのは、生徒会執行部(SS)の増員だけではなく。

 一般生徒も騒ぎを見に来て、人だかりが出来てしまった。ほらな、こういう面倒なことになるから、街に来たくなかったんだよ。


 生徒の中には横暴な執行部に不満を抱いているのか、俺を弁護する久美子の言葉に賛同する連中もいる。久美子の人望があるのは良いのだが、そのせいで騒ぎはドンドン大きくなっていく。目立ちたくない俺にとって、最悪の事態に成りつつある。

 さてどうするかと考えていると、聞き覚えのある声が響いた。


「済まないが、ちょっとどいてくれ!」


 集団がぶつかり合う怒声やざわめきのなかでも、通りの良い澄んだ美声。


「副会長だ」「七海さんが来た」


 みんながその人が通る道を開けようと声を掛け合い、さっと囲みが開く。

 ただ歩いているだけで、様になる美丈夫イケメン


「七海修一か……」


 颯爽と現れた七海は、俺に向かって笑顔で手を上げると。

 俺達の道を阻んでいた生徒会執行部(SS)達を叱咤した。


「君達は一体何をやっている! 祇堂修しどうおさむ執行部副部長、この場の責任者は君だな」

「ハッ、生徒殺害の嫌疑がかかった容疑者を捕らえようとしています」


「なぜ事前に報告しない! 真城ワタルくんたちが来たら、僕にまず知らせろと番所に通達したはずだ」

「しかし、相手は生徒殺害の容疑者で、反生徒会主義者でもある男で……」


「まず、その殺害嫌疑とはなんだ」

「はい。真城ワタルには、加藤学かとうまなぶ以下八名がダンジョン内で行方不明になり、おそらく殺されたであろう事件の嫌疑がかかっています。加藤達のグループと真城ワタルが衝突していたという情報から、動機は十分にあると考えられます」


「動機だけで、殺害の嫌疑ありとするのか。残念だが加藤学くんたちはモンスターに殺されたかもしれないではないか」

「一気に八人の集団パーティーが全滅ですか。九条書記もそう言われていましたが、加藤達が一気に全滅するほど危険な層域に自ら行くのは、状況からみてもあり得ないのではないかと愚考します」


 それはそうだ。ダンジョンの情報はすでにある程度知れている、加藤達が自滅するほど特攻する理由がない。

 この祇堂修しどうおさむ執行部副部長は、なかなか鋭い。


 そう口にはしないが、俺がそれなりに強い力を持っているのを知った上で。

 加藤達を一気に全員殺れるのは、生徒会の精鋭でもなければ俺だけだと言外に語っているのだ。


「では嫌疑があるのは良しとしよう。だが、生徒会を抜けようとしていた加藤学くんたちのグループと直接口論していたのは、僕達のほうじゃないか。だったら、まずその嫌疑は僕に向けられるべきだ。僕にも君達にも動機はある、違うか?」

「いえ、そのようなことは……」


 七海が庇ってくれるのは嬉しいが、微妙にむず痒い気分になるので止めて欲しい。

 正当防衛とはいえ、加藤達を殺ったのは俺なんだよ。七海は知らなかったか。


「そうであれば、真城ワタルくんにだけ嫌疑をかける君達の推論は成り立たない。真城くんは、生徒会には入らなかったが僕の個人的な協力者である。彼の行動は、生徒会にも有益だ。彼に手出しをすること、行動を妨げることは許さない。そう厳命する!」

「しかし、神宮寺執行部長が……」


「君達の指導者フューラーは誰か。神宮寺司くんか!」

「いえ、七海副会長閣下です」


「よろしい、では聞こう。君達は、僕の友人である真城ワタルくんをどうすべきか!」

「七海副会長の……ご友人である真城さんを……街に、迎え入れます」


 問いかけに、少し不服そうに細面は答えた。

 七海はその答えに満足そうに頷くと、さっと手を振るって命じた。


「分かればよろしい。各自自分の仕事に戻り給え」

「ハッ、マインフューラー!」


 七海に敬礼した執行部の部員達は、一瞬だけ忌々しげに顔を歪めてこちらを睨むと、各自街と門番の持ち場へと散っていった。

 少なくとも、七海が見ているところでは手出しはできないということか。


「真城ワタルくん、謝罪する。僕の連絡が不徹底だったために、嫌な思いをさせてしまった」

「いや、こちらも騒ぎを起こして悪かった。七海だって、あんなキツイ言い方はしたくないはずだろ」


 七海は、やはり変わった。

 元来が優しい性格なのだから、あんな強権的な物言いはしたくないはずだろうに。必要があれば、神宮寺のような汚れ役もやってみせるという凄みが出てきた。


「そうだな厳しい言い方ではあったが、彼らのためでもある。真城ワタルくんとまともにぶつかったら、結果的にやり込められるのは彼らの方だろう」

「それはまあ、そうかな」


 俺は面倒事が避けられるなら、あんな連中どうでも良い。

 本格的に敵対してしまえば、それはやり込めるどころか殺ることになるかもしれない。


 ただ、街に向かって強敵の『侵攻』の可能性もある。ここは、無駄に潰し合って街の戦力を減らすことは避けたい。

 街では、せいぜい絶対的指導者である七海副会長のご威光を利用させてもらうことにしよう。


「九条久美子くんも、木崎晶くんも、アリスディ……えっと、ウッサーさんもご苦労様でした。後で話も聞かせていただきたいが、まずゆっくりと街で冒険の疲れを癒してください」

「済まない七海」


 七海副会長の配慮に、みんなは口々にお礼を言う。


「真城くん、他にも僕に協力出来ることがあればなんでも言ってくれ。僕達は助け合う、硬い約束があるのだから」

「ああ、そうだった……」


 紳士協定。

 七海修一は、言外に幼馴染である竜胆和葉りんどうかずはとの繋ぎを期待していると言っているのだ。


 それもしてやらなきゃいけなかった。

 それぐらいは、この悲壮なリーダーに骨を折ってやっても良い。


「何はともあれ、少し休んだほうが良いね。宿を用意させようか、それとも食事が良いか」

「いやまず、神託所だ」


 街での俺の用事は、ランクアップなのだ。

 深下層ランクのモンスター相手に異常な死闘をくぐり抜けたのだから、ランクアップできないはずがない。


 「剣豪」、もしかすると「剣聖」ランクまでいけるんじゃないかという期待がある。

 俺達は足早に、神託所へと向かった。

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