ジェノサイド・リアリティー

風来山

第一部 『ジェノサイド・リアリティー』

第1話「プロローグ」

 最初は、ただの地震かと思った。

 ガタガタと机が激しく揺れ始めて、国語教師の浦部が「みんな机の下に隠れなさい」と叫んだ瞬間。


 パッと教室の明かりが消えて、辺りが闇に包まれた。

 そう思った瞬間に違和感、教室の蛍光灯が切れても『闇に包まれる』なんてあり得ない。だって、今は真昼間だ。


 時刻は午前十一時、おそらく二十分頃だったと思う。教室の左後ろという絶好の座席で、カーテンの隙間から差しこむ陽光の下、優雅に読書に耽っていた俺が証言しよう。

 天気は雲ひとつ無い晴天で、暗闇になる要素など微塵もなかった。


 太陽が雲に隠れても、たとえ日食が起こったとしても、完全な真っ暗闇になるわけではない。

 それなのに、何も見えない暗闇。


 いきなり夜になったとでも言うのか、一体どうやって?

 地震に揺られながら、混乱する思考をまとめようとして見たが何が起きているのか皆目わからない。


 じっとしているのは不安だったが、突き上げるような激しい揺れが収まるまで、動きまわるのも危険。

 俺は机の下に隠れて、うずくまりながらこのクソッタレな地震をやり過ごすしかない。


「チッ……」


 俺は、不愉快さに下唇を噛み締めた。どうしようもない大きな力に巻き込まれて、自分では状況をどうすることもできない無力感。

 出席日数にはまだ余裕があった、たるい現国の授業なんてサボってしまえばよかったのだ。こんなときになぜ、まともに授業に出ようなんて思ってしまったのか。


 そうか、読書をするのにちょうどいいかと思ったんだったな。

 手元にあるのは、ハンナ・アレントの『責任と判断』で、今日はゆっくりと黙考しながらこの大著を読み通してしまおうと考えていた。


 もちろん、まだ読みかけのままだ。もう少しで結論の『悪の凡庸さ』についての部分だったのに……もう読書どころではなくなってしまった。

 地震に見舞われた緊急事態のさなか、こんなどうでもいい思考に埋没しているのは現実逃避だ。


 闇の中で、状況に流されて為す術もなくしゃがんでいるしかないのは辛い。

 もしかしたら、このまま死ぬんじゃないかと思うとやり切れなかった。


 俺はまだ何者にもなってないし、何もやっちゃいなかった。

 流されるままに生き続けていただけのクソみたいな人生の最後がこれか、誰が悪いってわけじゃないが無性に腹が立つ。


 俺の腹の底からの怒りに呼応するように、さらに揺れは激しくなりギッギッと机が軋む。暗闇に沈む教室の中、悲鳴と怒号、何かが倒れる音が聞こえた。

 まるで、荒れ狂う波で翻弄される船の中だ。教室全体が、嵐の海に放り出されたみたいに激しく揺さぶられている。


 このまま揺れが強くなりつづければ、建物が崩れ落ちて圧死するかもしれない。薄気味悪い揺れは、そんな悪い想像をさせる。

 俺が死ぬ、みんな死ぬ。そんな死の予感に揺さぶられ続けるなかで、なぜか俺は笑えてきた。


 別に強がりじゃない。死ぬのは嫌だと思う反面、そんなクソみたいな死に方も俺に相応しいかもしれないと、俺は暗闇の中で独りで嘲笑った。

 死にたいなんて露ほどにも思わないが、俺が消えていなくなれば、それはそれで全ての厄介事にケリがつく。


 この怖さも怒りも、堪え難い苛立たしさも、自分が消えれば全部消えてなくなる。面倒なことを何も考えなくて済むのは悪くない、きっと楽になれる。

 俺が死んだ後の世界など、どうとでもなればいいではないか。そう思ったら、本当に笑えてきたのだ。


 いいぞ俺を殺せよ、いっそ楽にしろよ。そんなことを考えた瞬間、激しい揺れは何の前触れもなく収まった。


「はぁ……」


 俺は深いため息を吐く。こんな事だと思っていた。

 人生なんてこんなもんだよ。生きたいと強く願う奴があっけなく死んで、生きてる理由なんて毛ほども無い奴ほど生き残ってしまうのだ。


 俺はもちろん後者だ。

 生きる理由なんて、これっぽっちもありはしないくせに、死ぬかも知れないと思えば意地汚く生に執着する。


 それでも人は生きてる限りは、生き続けなければならない。

 神が死んでから、もう百三十二年も経っている。この世界に救いなんて、どこにもない。


「大丈夫か!」「なんで暗いの? 何とかしてよ」「電気、だれか電気つけろ」


 闇の中に、ポッ、ポッといくつか明かりが灯る。

 そうだったな、みんなスマートフォンという便利な光源を持っているんだ。


 俺もスマホを取り出した。仄かに点る画面のロックを外して、まず確認したのは、携帯の電波……届いていない。

 電話で救援は呼べないわけだ。街の真ん中にあった学校のはずなのに、電波の届かないエリアに居るということは、近くの電波塔が壊れたか。


 あるいは、電波の届かない場所に教室ごと移動しているってことだろう。

 次に時刻。午前十一時二十六分。あれほど長く感じた揺れは、たったに五分程度のことだったか。


 ちなみに、日付も正常だ。漫画とかでよくある戦国時代にタイムトリップしたとか、そういうことはないらしい。

 いや、時間移動したとしても、スマホの時計が連動しているとは限らないか。


 いきなり真っ暗闇になったんだ、もしかしたら外は夜かもしれない。

 タイムトリップというのは、さすがに冗談だが、一応確認してみるか。


 窓の外をスマホのライトで照らして見て、俺は背筋が凍りついた。窓をガラリと開けて、手で触れる。窓の外は、びっしりと石の壁に覆われていた。

 いきなり暗くなったのは、窓が岩に塞がれたせいだったんだ。


 俺たちは、教室の中に閉じ込められてしまったのか。『石の中にいる』なんて、冗談じゃないぞ。

 これはちょっと笑えない、自分の頭からサーッと血の気が引く音が聞こえた気がした。


 SF気分でふざけて、現実逃避している場合じゃなかった。

 これは、何らかの大災害に見舞われたんじゃないか。地震で巨大な石の塊が学校にぶつかったとか。それなら、あの建物ごと吹き飛びそうなほどの激しい揺れは理解できる。


 しかし、待てよ。それならば、窓ガラスが無事なのは不可解だ。

 巨大な石が校舎にぶつかって窓を塞いだなら、窓ガラスなんて衝撃ですぐ割れるはずだろう。窓枠自体がひしゃげていてもおかしくない。


 するとこれは、地殻変動で垂直から地中の石が盛り上がって来たとか。

 ……いや、ないだろう。


 石に触れてみたが、まるで昔からそこにずっとあったみたいにスベスベとしていて、ひんやりとした温度だ。

 よくスマホの明かりを当てて確認してみると、遺跡の壁のように石のブロックが積み上げられてできている石壁だった。人工の建造物が、一瞬でできたのか。ますます、わけがわからない。


「おい、蛍光灯が点かないぞ、どうなってんだよ!」


 明かりのスイッチをカチカチ入れているらしい生徒のそんな叫びが、俺の思考を妨げた。「どうなってんだよ」とは、誰もが聞きたいことだろう。

 そして、人生というクソゲーでは、大事なことに誰も答えてくれない。自分で何とかするしかない。


 俺は、スマホのライトアプリを起動させて、辺りを照らしてみた。

 激しい揺れのせいか、机が横倒しになったりして中身をぶち撒かれてひどい有様。ロッカーが倒れて、これも中身が飛び出している。さっきの激しい音はこれか。


 俺は反射的に、床に落ちている掃除用具のモップを手に取った。何があるか分からないから、念のため。

 安全確認を叫んでる教師や、右往左往しているクラスメイトを尻目に、床に散乱した物を踏まないように気をつけながら教室の外に出てみる。


 何となく廊下から明かりが漏れているように感じたから……だったのだが、出てみて絶句した。

 そこには廊下がなく、石畳の通路ができていた。まるでRPG(ロールプレイングゲーム)のダンジョンだ。


 もちろん、壁も石のブロックが積み上げられている。さっきと一緒の材質。時間に磨かれたつるりとした石の感触が、本物の洞窟だけにある重厚感を感じさせる。


 俺が感じた仄かな明かりは、松明の炎だったらしい。

 石の壁に、鉄の金具で打ち付けられて金具に、松明が立てかけられている。


 手に持ってみると、木の棒の先に布が巻かれていている。布に可燃性のものを染み込ませていて、それが燃えているわけだ。煙に独特な匂い、人工物ではなく松脂だと思う。

 こんな物を、誰が……。古ぼけた鉄の金具も、まだ真新しい松明も、誰かが置かない限りは存在しない。


 学校の廊下が、何かの遺跡か、あるいはダンジョンの通路に変貌してしまった。石の通路を目を凝らして眺めると、点々と松明の明かりが見えた。

 誰か知らないが、ご丁寧にきちんと照明を用意しておいてくれているらしい。


真城しんじょうくん……」

瀬木せきも出てきたのか」


 瀬木碧せきみどり。俺のクラス一年F組では、唯一の友達と呼んで良い男子生徒だ。

 詰襟の学生服に身を包んでいても、女の子と見間違えそうな中性的な整った顔立ちに生白い肌、線の細い美少年といっていい。


 瀬木は少し青みがかって見える鮮やかな黒髪を、肩のあたりまで伸ばしている。

 こうして、松明の明かりで照らしてみると、パッチリとした黒目がちの虹彩が、緑がかって見える。


 だから、みどりなんて、女みたいな名前を付けられたのかもしれない。

 普段は温和な瀬木だが、名前を呼ぶとそれだけで怒るので口にはしない。


「女みたいな名前だな……」なんてことを瀬木に言おうものなら、相手が軍人でも殴りかかるだろう。

 俺の顔はともかく、瀬木の細腕が折れそうなのでそんなことは言わないけど。


「真城くんが、出ていくのが見えたから追いかけてきたんだよ」

「この暗闇でよく気がついたな。あいかわらず眼が良い。瀬木、ちょっと外を調べて見ようぜ」


 瀬木を連れて、石畳になってしまった廊下を歩く。

 ひんやりとした空気、まるで本当のダンジョンのようだ。


 隣のクラスからも、生徒が出てきた。

 知らない顔だ。おそらく、E組の生徒だろう。無視して、通路を進む。


 一学年は、六クラスある。

 A、B、C、D、E、Fって、入試の成績順で振り分けられているわけだ。


 おっぱいなら、Fが最高だろうが。

 残念ながら、俺と瀬木がいるF組が、成績最低のクラスだ。


 うちの高校は、県下でも有数の進学校なので、F組でもそこまでバカばかりってわけではないが。

 やはり校内でヒエラルキーというものが厳然とあって、F組は見下される。


 F組は、進学校にもきちんと存在する不良(しかも気合の入ってない中途半端な連中)とか、事情があって留年した者とか、単純に俺のような不真面目な生徒もいるごった煮のようなクラスだ。

 瀬木は生まれつき身体が弱く、入試後のクラス分けテストのときにも体調を崩していたそうだ。そうでなければ、たぶんもっと上のクラスだっただろう。


 何らかの異変に巻き込まれたのなら、F組だけのほうが良かったのに。松明を持って石畳の通路を確認すると、きちんと一年のA組からF組まで揃っていた。

 まさか学校全体がこうなってるってわけじゃないよな、二年や三年の教室や、職員室などはどうなってるんだろう。


 学校ごとダンジョンのように変化したというわけではないと思う。それなら、廊下だけではなく教室の中も石化していたはずだ。

 何かのイタズラにしては規模が大きすぎる、事故にしたって不可解な点がありすぎる。


 おそらく、教室だけがダンジョンの部屋とすり替えられたように、テレポーテーションしたと考えるほうが自然だろう。

 超能力ならテレポーテーション。魔法だとしたら転移か、召喚か。この類推は非科学の極みだが、眼の前の現象は魔法とでも考えたほうがよっぽど合理的に思えてくる。


 仮にこの異変を無理に科学的に考えようとすると、特殊なガスでも吸わされて、催眠にでもかかっているなんてことも想定しなくてはならない。

 これがリアルな夢、明晰夢めいせきむである可能性も考えて、頬をつねったり石を拾って投げてみたりしたけど、痛みはあるし物理現象にも変化はない。


「瀬木、物理法則におかしいところはないかな」

「なるほど。ヴァーチャルリアリティの世界に迷い込んだとか、集団催眠にかけられてるのを想定してるわけだね。ちょっと松明を横に振ってくれる?」


 歩きながら、俺は松明を横に振って見せた。

 瀬木は、小首を傾げて微笑んだ。


「見た限りでは、揺らめきもリアルだね。ほら小石を投げてみるよ……。放物線から見て、大雑把だけど地球とほぼ一緒の重力だと分かるよ」

「小石を投げて、そんなことで重力が分かるのか」


「うん、僕は放物線が好きで、よく眺めているから間違いはないと思う」


 ……放物線が好きって、秀才の発想はよく分からない。

 瀬木は学校の数学研究部に入っていて、一年生なのにもう数検一級を取得している。


 数検一級ってのがどれぐらい凄いのか俺は知らないが、瀬木が冷静な観察力と数学的な才能を持っていることは確かだ。

 数学オリンピックという大会でも、本選のいいところまで勝ち抜いたそうだ。理数系限定だが、かなり優秀なのだ。


「さすが、瀬木は面白い発想をする。ここが地球じゃないなんて可能性は、考えても見なかったよ」

「うん、違う惑星にワープしちゃったなんてロマンを感じるけど、怪我した人がいるかもしれないから今はそれどころじゃないよね」


 ゲーム好きの俺だとRPG(ロールプレイングゲーム)だが、この異常事態を瀬木の想像だと、SF展開みたいな解釈をするわけか。

 観測者である俺たちの頭がおかしくなった……なんてことを考慮するよりは、まだ超科学エスエフか、魔法ファンタジーとでも考えたほうが良い。


 では、そんな超常現象が起こった原因はなにか、起こした奴が居たとしたらその目的はなんなのか。

 そんなの俺が知ったことではない。それより今は現実的な対処のほうが先だ。


 順番に教室を確認して、最後にA組の前を通りかかって、壁にぶち当たった。ここで終わりらしいから、きた道を引き返そうとしたときに、一番会いたくない人間と出会ってしまった。

 俺は思わず、声を上げてしまう。


「うわ……」


 薄闇の中、松明に照らされる彼女の輪郭がくっきりと見えて、俺にはすぐに誰か判別できてしまった。


 艶やかな長い黒髪に、二重まぶたのつぶらな瞳。

 やたら整った気品のある顔立ち。背丈はやや低くほっそりした身体だが、揺れる灰色っぽいプリーツスカートと白いセーラー服がよく似合っている。


 女子の制服は白っぽいから、暗闇でも目立つのだよな。

 何とか気が付かなかったことにして、そのまま引き返そうとしたのだが、無駄な抵抗だった。


「ああっ、ワタルくん! 無事でよかったわ。真っ先に私の下に来てくれたのね。さすがは私の運命の人ソウルメイト

「誰もお前に会いに来たわけじゃねえよ、処女ビッチ」


 処女ビッチこと、一年A組の副級長。九条久美子くじょうくみこだ。お嬢様で通ってるコイツをビッチのアダ名と呼んでいるのは俺だけだが。

 久美子は、成績では総合学年二位をキープしているA組でもよりすぐりの優等生だ。おまけに、家柄もよろしい九条家のお嬢様。見ての通り、かなりの美少女でもある。


 一年生なのに、その才覚を嘱望されて、生徒会役員も務めている。

 学年でも顔の知れた有名人だ。品行方正、才色兼備の特待生として通っている。


 ちょっと小柄すぎるのはマイナス点だが、スレンダーな体型にアイドル並の整った顔立ち。

 こういう見た目が美しくて清楚系に見える女が好きな奴は多い、だから久美子は学校でもファンが多い。


 外目から見たら、理想のヒロインだろう。しかし、一皮剥けば久美子の中身は淫乱のメス豚だ。

 俺はさる出来事から、清楚なお嬢様を気取っている久美子の本性を知ってしまい、それ以来なにかというと絡まれて付きまとわれる日々が続いている。


 クラスが違って本当に幸いだったと思える程度に、ことあるごとにまとわりついてくる久美子の存在はウザい。

 俺は清楚な美少女は大好きだが、やたら絡んでくるビッチはお断りだ。


「もう、久美子怖かったんだよぉぉ」

「一刻も早く黙れ、クソビッチ」


 俺の抗議も虚しく、久美子は思いっきり俺の身体を抱きしめてきた。温かい体温と柔らかさを感じた。痩せてほとんどないように見えるくせに、胸の柔らかい感触はしっかりとあるのは女の子だ。

 腕にわざと胸を押し付けてきているのだから、当然かもしれない。


 右手に松明、左手にモップの柄を持っていたために、俺はされるがまま。

 松明を持っているので、危ないなと思ってこっちがおとなしくしていれば、つけあがりやがって。


 久美子は、調子に乗ってそのまま「ん~」と、壊れた掃除機みたいな声を上げながら、唇を尖らせて迫ってくる。

 もう我慢の限界だ。


「おい、久美子。お前、ふざけるのも大概にしないと……引火させて燃やす」

「もー、マジに怒んないで、冗談じゃない。さすがに私もこんなときにふざけないわ」


 こんなときに、冗談言ってる段階で、完全にふざけてるわけだが。

 この処女ビッチに言ってもしょうがないのか。


「で、ワタルくんは、この現象をどう解釈するかしら」

「そうだな……。地震が起きて、収まったあと、俺たちはF組からA組までの通路を歩いてきた。こっちは壁で行き止まり。F組の向こう側は、さらに先があった。確かなことはそれだけだ」


「すると、そっちに進むしかないってことね」

「そういうことだな、念のために聞くがA組の窓はどうだった」


「石に塞がれてたわ」

「じゃあ、そっちしか道がないってことなんだろう。おそらく」


 九条のお嬢様は、さすがに優秀だ。調べるべきところはすでに確認済みで、話が早い。

 だいたい俺たちと同じ思考ルートをたどって、教室の外に出てきたのだろう。


「じゃあ、さっそく行きましょう!」

「お前……この状況で腕を組んで俺の利き腕を潰すとか、本当に死にたいのか」


 俺が怒気を発すると、久美子はむくれた顔で唇を尖らせて、組んできた腕を渋々と離した。ピクニック気分も、いい加減にしろ。

 もうチラホラ、教室の外に生徒が出だしてきている。やはり、どこの教室も石壁に窓を塞がれているってことなんだろうな。


 しかし、普段は猫を被って他人の眼をやたら気にしている久美子が、人前でこんなにはしゃぎ回ってスキンシップを求めることは珍しい。

 わざとおどけて見せてるだけで、実はこいつなりに不安がってるんじゃないだろうか。


 それはそれとしてウザイだけだけどな。

 瀬木も、俺と久美子の掛け合いを呆れて眺めている。


 両手が塞がってる状況で、九条久美子に会ってしまったのは、本当にミステイクだった。A組まで確認せず、さっさと向こう側に行けばよかった。

 終わったことを言ってもしかたがないが。


 来た道を引き返すと、教師たちが集まって善後策を協議しているようだった。俺たちが勝手に動きまわっても注意はされない。深刻な顔で話し合っている彼らは、それどころではないらしい。

 こんな状況で大人を頼りにしてもしょうがないので、勝手にさせてもらおうとF組の先の通路を進んだ。


 通路の先は、石畳の大広間になっていた。

 特に変わりはないが、松明の数が多くて明るい。無造作に先に進もうとする瀬木に声をかけた。


「待て、瀬木。そんなにズンズン進むな」

「でも行くんでしょ」


「注意して進めって言ってるんだ。こういうところで、いきなり道が広がったら要注意なんだよ」

「RPGみたいに、罠があったりモンスターが出てくるってこと?」


 瀬木は少しおどけた口調で言ったが、全然笑えていなかった。震える口元に、恐怖心が透けて見える。

 罠にモンスター、今の状況からすれば全く冗談になってない。


「三人もいるのに、モップが一本に松明が一つか。素手では心もとない、もう一度戻って何か武器になるものを探すか」

「ねえ、真城くん。化け物が出るとか、冗談だよね」


 瀬木は、自分で言って怯えはじめてしまったようだ。

 まったくしょうがない。


「瀬木、お前は観察力があるんだから、よく見ろよ。モンスターはともかく罠は分かるんじゃないか」

「えっとそうだね、気になるのは、あそこら辺の窪みかな」


 瀬木が指差す先に、石畳に線が入っているのが薄っすらと見える。ちょうど、広間の中央から左端あたりか。

 俺も言われないと見えなかった、松明の薄明かりでよく気がついたもんだ。


「瀬木の勘の鋭さは頼りになるな。よし、モップでその辺りを突っついてみるか」

「えっ、止めようよ。危ないよ!」


「ワタルくん、私がやるわ」


 さっと俺の手からモップを奪って、久美子が罠がありそうな石畳に柄の先で触れた。

 久美子は咄嗟のときに、行動力がある。止める間もなかった。


 急いで周りに目を配る。罠のスイッチが入ったとして、その場所に作動するとは限らない。

 別の場所で、何かが起きる可能性もあるわけだ。


 身構える俺たちの前で、カチャリと何かの作動音がした。

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