第66話「鏡の騎士」

 いよいよ、地下十五階層。

 黒い階段を降り立つと、そこは水晶宮クリスタルパレル。地下の底には、場違いに感じるほど綺羅びやかダンジョンだった。


「旦那様、綺麗デスね」

「……そうだな」


 綺麗な花には刺がある。

 そんな月並みな言葉が浮かんできたが言わないでおいた。


 フラグなど立てるものではないからな。

 むしろ刺があるなら、早く出てきて欲しいものだが。


「では、行きますデス!」

最上級ハイエスト 放散フー 刻限ウーア 敏捷ロス


 ウッサーへの返事の代わりに俺は最上級ハイエストのスローの呪文を唱えた。

 呪文は、長いほど難しい。いかに、魔術ランクが上がったと言っても、これが一発で成功するとは思えなかったが、成功した。


「幸先がいいデスね!」


 身体が軽くなったことに、躍り上がって道を閉ざす水晶の扉を蹴り破って、飛び込んでいく。


「おい、調子に乗るなよ」


 俺が、追いかけて部屋に入るが。

 斧を構えた虐殺斧戦士デスアスクマン三体が崩れ落ちるところだった。抜群の瞬発力を誇るウッサーは速い。


 辛うじて最後の一体が、鉄兜ごとウッサーに首を飛ばされているところは見えた。

 身体のバネを存分に使い、遠心力で手刀を首に叩きつけて瞬殺。


 スローの魔法でスピードが上がっているせいもあって、その手には衝撃波すら巻き起こった。

 このランクのモンスターでは、ウッサーの相手にはならないようだ。


「旦那様の呪文のおかげで、身体が軽すぎて……殺り過ぎてしまいましたデス」

「はしゃぐのも程々にしておけ」


「旦那様と二人っきりデスから嬉しいんデスよ」


 そうも直截に言われると、二の句が告げなくなるが……。

 チラッと舌を出しておどけてみせたウッサーに、俺は渋い顔で忠告する。


「いきなり飛び込んで、敵が紅の騎士カーマイン・デスナイトだったらどうする」

「敵の大将はそんなに強いんデスか?」


「お前は紅の騎士カーマイン・デスナイト対峙たいじしたことはなかったから、どう言っても分からないだろうが、俺より強いよ」


 現状では、そう言わざる得ない。

 俺がポリシーを捨てて、ここまで装備を固めて準備を整えてもまだ一歩届かないと思える強敵だ。


「自信家の旦那様がそう言われるんデスから、よっぽどなのデスね」

「そうだ、よっぽどだ。だから絶対に油断するな。お前のスピードでも、避けられるとおもうなよ。初手で必ず攻撃を食らうから、手甲も絶対に外すな」


 ウッサーは、超鋼の板を付いた手甲や脚甲を付けるのを少し嫌がっていた。

 こいつの戦闘スタイルは、俺と一緒でスピード重視だからちょっとでも重さがあると嫌なのだろう。


 ウッサーの戦闘センスがあって、速度に勝る相手ならばそれでもいい。

 だが、紅の騎士カーマイン・デスナイトの攻撃は速い。


 最上級ハイエストのスローの呪文をかけて、ようやく相手と同じ土俵に立てるのだ。

 ウッサーがいかに速くても攻撃を喰らってしまう。


 生身であの攻撃を喰らったら、命にかかわるダメージになる。

 だから俺も、付けたくもない当世具足とうぜいぐそくで身を守っているのだ。


 鎧の重みがあっても、付けない時と同じように速く動けるよう訓練しておかなければならない。

 それなのに――


「チイッ!」


 ウッサーに続いて、俺も虐殺斧戦士デスアスクマンを相手にしたが、ぜんぜんなっていない。

 斧を振り上げて、振り下ろしてくるスピードが緩慢すぎる。


 その間に五回は殺せるところを、あえて斧の攻撃を受けてみたのだが。

 これも軽すぎた。物足りなさに舌打ちしながら、そのまま斧を斬り払って吹き飛ばしてやった。


 無手になってどうするか見ていると、殴りかかってくるのだから呆れて腕を斬り飛ばしてから、胴体を叩き斬った。

 ウッサーには相手を試すような真似をするなと言いながら、あまりに退屈過ぎて俺もやってしまう。


 それにしても、つまらない戦闘だ。

 思えば黒の騎士ブラック・デスナイトは強化されており、スローの呪文まで使ってきたのに、雑兵の訓練は全くされない。


 あれほど強烈に攻めてきたと思えば、守りにまったく気を払わない紅の騎士カーマイン・デスナイトの無頓着さを雑魚の弱さに感じる。


「一撃で死ぬ敵ばかりデスね」

「だな、こんな敵では訓練にもならない」


 強くなりすぎてしまったと、うそぶいてみたいところだが……。

 敵の本拠地に向かって進めども進めども、紅の騎士カーマイン・デスナイトどころか、黒の騎士ブラック・デスナイトすら出てこないのだから楽勝なのは当たり前のことなのだ。


 俺の計画だと、黒の騎士ブラック・デスナイトの必死の抵抗を斬り崩しつつ戦闘経験を十分に蓄えて、十六階を守る紅の騎士カーマイン・デスナイトと互角に戦えるようになりたかった。

 できれば職業ランクを『剣聖』から『剣神』に上げたかった。


「そういえば、ウッサー。お前の職業ランクは、何になってる」

「フヘヘ、『武神』になったのデスよ。これも、旦那様のおかげデス」


「そうかよ……」


 ウッサーに一足先にいかれて、少しイラッとする。

 まあ、武闘家は中級職だからランクが上がりやすい。俺や久美子とは違うのだ。


 そう思っても、俺も早く『剣神』になりたいと気が焦る。そうなれば、元から騎士ランク最上位に設定されている紅の騎士カーマイン・デスナイトとも同列になる。

 ずっと戦いやすくなる。


 それなのに、敵の本拠地をもぬけの殻にされては経験値の上がりも悪い。空城の計という言葉が頭に思い浮かんだが、そんなバカなことがあるかとも思う。

 敵は、自分の階層の防衛を放棄できないはずだ。


 待てよ……。

 十六階のボスの部屋である、黒の騎士団本拠地に入って行っても、紅の騎士カーマイン・デスナイトが存在しなければどうなる。


 そんなことはシステム上あり得ないと思い込んでいたら、むしろ敵の狙いがそうだと考えればどうだ。

 紅の騎士カーマイン・デスナイトが捕まらなければ、十六階のボスが守る扉の鍵が手に入らず、俺達は永久にそこから先には進めないことになる。


 姿をくらますだけで、扉の鍵が開かないのだから、階層を守るというボスの役割も果たしていることに……。


「……いやいや」


 それはないだろう。

 ジェノサイド・リアリティーの存在意義に反する。


 モンスターが自由意志を持って動いているとしても、ゲームマスターである狂騒神ロアリング・カオスに創られた存在であることに違いはない。

 その目的に反してまでの自由が、与えられているわけがない。


「旦那様、独り言デスか?」

「ああ、口に出てたか。どうしても、ダンジョンに入ると誰も居ないから……」


 人に気兼ねすることがないから、独り言をつぶやいてしまうこともある。

 これは、ダンジョンに一人で篭った人間でないと分かってもらえないとおもうが、そうしないとそのうちに話し方を忘れてしまいそうな気もするのだ。


「この二股道は右ですか、左でしたか?」

「左だ」


「……それでなにか、気がかりなことがあるんデスか?」


 分かれ道を進むと、ウッサーは出てきた虐殺槍戦士デスフェンサーマンの槍を即座に奪い。

 奪った槍で薙ぎ倒す。呆れるほどの早業。


「どれだけ進んでも雑兵しかでてこないから、逆に心配になる。敵の意図がまったく読めなくなってきた」

「最短距離で攻略するんデスよね?」


「それを今やってるところなんだが……。このままどこまで行っても、敵の親玉が出てこない気がして当惑している」


 俺は、後ろから挟み撃ちにしようと近づいてきた虐殺斧戦士デスアスクマンを斬り飛ばす。

 黒の騎士団の配下である、雑兵しか出てこないのは明らかにおかしい。


「相手は守ることを目的にしていないんじゃないデスかね。聞いた話だと、黒の騎士ブラック・デスナイトは綺麗な人間の死体に憑依すると強くなるんデスよね?」

「そうだが」


「だったら、材料に使える死体を増やすことを考えるのは当然デス」

「それは分かってる。だから、七海達にバリケードを張らせて防衛させているわけだ……」


 各個撃破して、返り討ちにもしてやった。

 痛い目を見たからこそ、相手は上階への『侵攻』を諦めたのではなかったか。


 また攻めてくるのか。

 本拠地の一歩手前まで攻められても?


「ワタルくん!」


 そこで後ろから俺を呼ぶ声が聞こえて、俺は後ろを振り返った。

 久美子が追いかけてきたのだ。


「おおっと、モンスターと間違えましたデスゥ!」

「わざとでしょ、チビウサギ! 今度やったらあんたもモンスターと判断して斬るわよ」


 相変わらず、つまらない小競り合いをやっている。

 じゃれあうのは良いが、ふざけてるときに敵が来たらどうするのかと思うが、まあ気持ちが緩むのも分かる。


「久美子、よく道が分かったな」

「地図を書いてくれたのはワタルくんでしょう。どうせ、最短ルートで進むと思ってたし、そうでなくても転々と宝箱が残ってるんだから分かるわよ」


 久美子は、俺がノートに書いた地図の複製らしきものを手に持っている。

 抜け目ない久美子だから、俺達が放置してきた宝箱も、ちゃっかり中を開けながら追いかけて来たのだろう。


「なるほど、そういうことか」

「それより私がいないあいだに、何かなかったでしょうね」


「なさすぎて困ってるんだけどな」

「そう、なかったならいいけど……」


 何もなくても、久美子は困らないらしい。

 何かの悪いフラグじゃないかというのは、俺の考えすぎなのだろうか。


「せっかくワタシが旦那様と二人で冒険してるのに、何を平然と集団パーティーに加わってるんデスか」

「あら、私が忙しいから一時的に譲ってあげたのにご挨拶ね」


「お前ら緊張感ゼロだな」


 地下十五階の空気に飲まれないコイツらのマイペースさには呆れる。

 まあ、雑兵しかいないダンジョンになっているのだから分らなくもないが。


 高ランク忍者が加わって、さらに容易になった探索を進めながら。

 久美子に経過報告を聞く。


「上も異常なしね……。七海くん達も襲われていないし、街の連中は……いつもどおりよ」


 街の連中という言葉を口にしたときに、久美子は少しばかり眉根を顰めたのが気になった。

 不機嫌な久美子は、苛立ち紛れに前で戦っているウッサーの顔をかすめるようにクナイを投げつける。


 鋭利なクナイはウッサーを通り越して、前で弓を構えていた虐殺弓兵デスアーチャーマンに直撃するのだが。

 ウッサーは怒って久美子に向かって拳を構え、ウサギ耳をピンッと伸ばしている。


「わざとデスね!」

「あら、助けるつもりで投げたんだけど。わざとなら、その無駄な胸に目掛けて投げつけるわよ」


 俺のかかわりのないことだが、街はまたろくでもないことになっているらしい。

 俺はそこまで面倒見切れないので、久美子と七海に任せて話は聞かないけどな。


 ウッサーと久美子は、モンスターと戦闘する振りをしながらお互いにドカドカ殴りあって喧嘩しているのだが、レクリエーションを兼ねた一種の訓練のようだから放っておくことにした。

 雑兵相手よりも、むしろマスターランクの二人が殴りあってるほうが軽業師ランクの向上に繋がるだろう。


 俺も参加したいぐらいなのだが、いつ紅の騎士カーマイン・デスナイトが来てもいいようにと思うと、気が抜けない。

 見えない敵の存在というのは、不愉快だ。さっさと来るなら、来い。


 最悪、十六階を攻略してしまえば終わるのだろうから、とにかく早くクリアしてしまえばいい。

 そう思って、とにかく足を早めた。その結果、十五階層のボスの部屋まで来てしまう。何の障害もなしに。


「行くぞっ」

「ワタルくん、やけに急ぐのね……」


 俺の悪い予感なんて間違っていればいいんだけどな。

 今の俺にできることは、前に進むことだけだから、それをひたむきにやる。


 ボスの部屋の扉を蹴破ると、豪華な水晶でできた椅子に腰掛けて十五階層のボスが待っていた。


「やあ、ようこそ愚かな冒険者諸君」


 水晶宮クリスタルパレスに相応しい磨き上げられた輝く白銀の鎧を着た仮面の騎士。

 部屋中がやたらキラキラ輝いているが、この階層のボスは全身が磨き上げられた白銀で出来ており、それにも増してキラキラとまばゆい。


「鏡の騎士か……」

「ほぉ、我が名を知っているか! いかにも我が名は、鏡の騎士。紅の騎士カーマイン・デスナイト様より、水晶宮の防衛を任された者なり」


 知っているもなにも、俺はこのダンジョンのことなら何でも知っている。

 鏡の騎士は、スペインの古典小説「ドン・キホーテ」をモチーフとしている。


 ドン・キホーテの世界では、中ボスキャラに相当する鏡の騎士は。

 騎士道物語を読みすぎて気狂いとなって遍歴するドン・キホーテを故郷に戻そうと、村の学士サンソン・カラスコが変装した仮装である。


 サンソンは一度は、鏡の騎士に扮してドン・キホーテに負けるものの。

 再び銀月の騎士として登場して、勝利を収めることとなる。


 もちろんこいつの正体が村の学士なんてことはないだろう。

 ジェノサイド・リアリティーのボスは、あくまで神話や物語からモチーフを借りているだけにすぎない。


 それにしても、ドン・キホーテの物語からいけば、鏡の騎士なんて名乗るのは負けフラグなのだ。

 できれば、銀月の騎士の名のほうを貰えばよかったのに。ジェノサイド・リアリティーも意地が悪い。


「どうせお前は、紅の騎士カーマイン・デスナイトの前座ってことなんだろう」

「ほほぉ、我を前座呼ばわりとは、大きく出たな冒険者!」


 大きくねえ……。

 お前は、もう少し小さく出たほうがいいと忠告したいぐらい態度のデカイ鏡の騎士は、豪奢なクリスタルの玉座から立ち上がると、白銀の鎧を煌めかせ、芝居がかった仕草で大きく手を広げた。


 自信過剰で偉そうな奴は、あまり好きになれないが。ペラペラとくっちゃべる敵は、むしろ今はありがたい。

 調子に乗らせれば、情報を引き出せる可能性がある。


「ウッサー、久美子。俺が殺るから、手を出すなよ」

「ほほほぉ、一騎打ちを所望か。女に戦わせぬ気概もある。見た目より騎士道精神の旺盛な男である、気に入ったぞ。もし我に勝利したら、鏡の騎士の称号を与えよう」


 鏡の騎士は、全身に硬い鎧を身にまとった軍馬のようなモンスターに跨って俺に対峙する。馬上槍ランスまで構えてやがる。

 まっ、ここまで本格的な西洋の騎士と戦うのは初めてなのでちょっと面白い戦いになりそうだとは思える。


 騎乗の敵に対して、徒歩で戦うのはやや不利ともいえるが、これぐらいの高さの敵は、俺の孤絶ソリチュードならなんでもない。

 なんなら馬ごと両断してやってもいい。


「称号なんかいらねえよ……それより、お前達は何をかんがえている? ここまで、もぬけの殻だったぞ」

「万が一も、我が負けることなどありえないがな……」


「いや、俺の話を聞けよ!」

「ほほほほぉ、紅の騎士カーマイン・デスナイト様の崇高なお考えが、愚かなる冒険者に分かろうか。まして、何も聞いていない我に分かろうはずもない!」


「結局、なんにもしらねえんじゃねえか! 偉そうに言うなよ」


 情報を聞き出そうとしただけ無駄だったか。

 まあ、十五階層がこの異変に絡んでないと分かっただけでも収穫。おしゃべりの時間は終わりだ。


「騎士は、ただ守るために戦う。それだけでいいのではないか?」

「まっ、それは同意見かな」


 自然と、お互いに距離を取り対峙する。まさか本当の西洋騎士と一騎打ちすることになろうとは、久しぶりに面白い戦いになる。

 ハイヤッ! と、鏡の騎士が掛け声を上げて突進してくるのが戦いの合図となった。


 騎士が向かってきた途端に、ギラッと強烈な光が俺の目を襲う。

 どうやら、鏡の騎士の兜の飾りから光線が飛んで、こちらの視線を遮ったようだ。


 やるじゃないか。正々堂々たる対決に見せながら、こんな小賢しい目潰しの技を使ってくるとは。

 視覚を奪われるぐらいが良いハンディだなと、俺は潔く自ら目を瞑ってみせた。


「ぬぉぉぉ!」

「ほぉ、耐えるかよ」


 馬上槍ランスを構えて突進してくる鏡の騎士の動きなど、見なくても分かる。

 他の感覚を頼りに、鏡の騎士の横っ腹を思いっきりぶっ叩いてやったのだが、この手応え。鏡の騎士は、意外にも孤絶ソリチュードの斬撃を耐えた。


 馬ごと大きく斬り飛ばしてやったというのに、落馬しなかったのだ。

 視覚を奪われて、やや攻撃が大雑把になったと言っても、馬に乗りながらよく俺の攻撃をいなしたものだ。


 人馬一体とはこのことか。

 さっさと、叩き降ろして潰すだけだと思ったが、これは意外に手強い相手だ。俺は目を見開く。


「少しはやるようだな、東洋の騎士よ!」

「それはこっちのセリフだ」


 距離を取って対峙する。次は、目をくらまされる前にやってやる。

 馬上槍ランスを掲げて突撃してくる騎士と、孤絶ソリチュードを振り斬り駆け抜ける俺。


 お互いの攻撃が交差する。

 俺の斬撃を受けても、鏡の騎士は落馬しなかった、だが――


「ぬぁぁ、ここまでとは……」

「馬のほうが先にヘタったか、どうするまだやるか」


 俺の横薙ぎをまともに受けた軍馬のほうが、先に頭から崩れ落ちた。

 ご自慢の馬上槍ランスも、半ばから折れている。


「まだだっ、東洋の騎士!」

「そうこなくてはなあ!」


 馬から飛び降りて、腰の長剣を抜いてかかってくる。

 俺はその一撃を受けて、ギガガッと刃の上を滑らせる。自然と鍔迫り合いだが、こちらもマスタークラスのサムライだ。膂力りょりょくでは負けない。


「なんと強い、東洋の騎士ッ!」

「お前程度の相手に負けては、紅の騎士カーマイン・デスナイトには勝てんからな」


 鍔迫り合いには負けたもの、鏡の騎士も稲光のように鋭く叩き込む斬撃を見せる。

 久しぶりに戦闘らしい戦闘、強烈な手応え。悪くない相手だ。


「だが、させん。我が鏡の騎士の名にかけて、紅の騎士カーマイン・デスナイト様のところには行かせん!」

「俺にここまで戦わせたのは褒めてやるが、押し通らせてもらう!」


 再度の斬撃で、ついに敵の長剣が飛んだ。

 鏡の騎士は決して弱い敵ではなかったが、その剣筋はすでに見切った。


「ぬぁぁぁ、バカなっ!」

「悪いが、終わりだ。鏡の騎士」


 久しぶりに良い戦いができた好敵手だった、長くは苦しめまい。俺は孤絶ソリチュードを大きく振りかぶって、一息に袈裟斬りを浴びせた。

 ガラスが砕け散る音がして、鏡の騎士はその場でバラバラになった。


 残ったのは真っ二つになった白銀の鎧だけ。宝箱が出現したのだから、倒せたということなのだろうが。

 あれほど人間の意地を感じさせた鏡の騎士の中身が、空洞であったとは……。


 俺達が戦っているモンスターとは、一体何なのだろうな。

 まあ、良いか……。


「ワタルくん宝箱は、なんだったの」

「宝石と、これは聖銀の剣か……」


 ここはちょっと考えものだ。

 聖銀の剣は、サムライの俺のスタイルには合わないのだが、十五階のボスが出すことからも分かるように、黒の騎士ブラック・デスナイト紅の騎士カーマイン・デスナイトに、二倍の打撃を与える効果がある。


 俺は、孤絶ソリチュードが好きだ。サムライブラストの効果を発揮できるのも刀だけ。

 だがそこを捨てても、紅の騎士カーマイン・デスナイト対策のために戦いやすい聖銀の長剣に持ち替えるほうがいい。


「ワタルくんがこだわりを捨てるなんて、いよいよ本気なのね……」


 俺が、聖銀の剣を腰に差したのを見て、久美子は分かったようなことを言う。

 久美子が、俺のことはなんでもお見通しだという顔をするのはあまり好きじゃない。それが図星だったときほど、そう思う。


「お、おお!」

「えっ、何々どうしたの」


「聖女の修道服が入っているぞ。これはいいものだ」


 宝箱を漁っていると、宝石の間からシスターが着るような修道服が出来た。

 白地に青の縁取りがついていて、かなり可愛いデザインだ。


 デザインが可愛いだけではなく、素材が布でありながらなりの魔法防御効果を誇る装備でもある。

 職業が聖職者なら、男でも装備できるアイテム。


「どうせ『瀬木に持っていってやろう』かしら?」

「俺はそんなこと言わない!」


 久美子が俺の口調を真似て、言いやがった。

 何の揶揄だよ。俺は真面目にやってる!


「ワタルくん、本気でやってたんじゃないの。何よその満面の笑み?」

「……仲間に着せるのに、コホン。良い防具が手に入ったから、喜ぶのは当たり前だろう」


 久美子は、ハァーとこれみよがしに肩を落としてため息を吐いた。

 瀬木に着せてみたらちょっと面白いなと思ったのは事実だが、そこをあまり突っ込まれたくない俺はリュックサックに、宝石と聖女の修道服を丁寧に畳んでしまい込んでから、『水晶の鍵』を握りしめて手を振り上げた。


「さあ、地下十六階だ!」

「ついに、敵の本拠地デスね!」


 俺は、わざと大きな声を出して言った。

 別に何かを誤魔化すためでも、久美子やウッサーに覚悟を促すためでもない。


 このまま、本当に本拠地に攻めてもいいのかと紅の騎士カーマイン・デスナイトに叫んでやったのだ。

 本当にボスの部屋に行っても、もぬけの殻なんてことになったら、途方に暮れてしまう。


 その瞬間、俺が背負ったリュックサックから、七海の声がした。

 『遠見の水晶』だ。


「真城ワタルくん! 聞こえるか、大変なことが起こった!」

「どうした、七海。やっぱりお前らが襲われたのか!」


 そうか、紅の騎士カーマイン・デスナイトは、引き返したのではなく、七海達を襲うことにしたのか。

 ここまで本拠地近くまで攻めこまれながら、まだ攻撃を仕掛けてくるとはちょっと意表を突かれたが、まだ想定の範囲内。また各個撃破して、今度こそ完璧に撃退してやればいい。


 対決する場所なんて、どこでもいい。ようやく見える動きがあったかと、俺は笑みすら浮かべていた。

 今度こそ、叩き殺してやる。


「違う、違うんだ真城くん。僕達じゃなくて、街が大変なんだ……」

「はあ?」


 あり得ないことを言われて、俺達の思考は一瞬止まった。

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